359.メガネ君、七日目を迎えあっさり七つの秘術を仮で習得する
「……くっ……! お、あぶねっ」
丸一日訓練をし、なんとか天井に立つことはできるようになった。
だが、とにかく維持が難しい。
ワイズは平然とやっていたし、恐らく長時間維持もできるだろう。
だが俺は全身全霊で集中して、ほんの短時間だけ。
少しでも気を抜いたらすぐに落ちる――まあ落ち過ぎたせいで着地だけは上手くなったが。
ふと窓を見れば、光が差し込んでいた。
昨日の昼から自室にこもり、ずっと秘術の訓練をしていて。
また一晩明けてしまったようだ。
今日が、七日目。
ワイズの教えを受けるのも、今日で最後である。
……よし、とりあえず風呂に入って飯を食って少し休むか。
「――うむ、さすがはエイル君だ。私が見込んだだけのことはある」
昼過ぎになり、残りの秘術習得のために、昨日に続いてワイズの部屋を訪ねた。
とりあえず、壁はわりと普通に歩けるようになった。……短時間だけ。
昨日丸一日掛けて練度を磨いた「壁歩き」を見せると、ワイズは満足げに頷いた。
「恐るべき習得の早さだ。どうやら君は、元から『魔力の変質』ができたようだね」
やはりそこが骨子なのか。
自分でも覚えが早いのではないか、とは思っていた。
何せ、俺にとっては「元々感覚的にできること」の応用だったから。
――すでに「魔力の変質」は、「メガネの変質」という違う形で、似たようなことを行っていたから。
形の違う「メガネ」を造ることも、「メガネ」に特性を持たせることも。
もちろん「他者の素養」を使えることも。
それらは突き詰めれば、「魔力の変質」に非常に近いものだった。
道理で「なんとなく」感覚でできるはずである。
俺はすでに、「魔力の変質」という難しい部分をクリアしていたのだから。
あとは、安定または一定の魔力の放出に関してだが――これは無駄にしていたと思われた、進展のない五日間で磨かれていた。
足だけに魔力を集中する――そんな極端なコントロールを続けた結果、魔力そのものの操作が細かくできるようになっていた。
何が幸いするかわからないものである。
なんの進展もなく魔力をこねくり回していた、無駄としか思えなかったあの時間が、却って役に立つことになるとは。
それに――この「魔力の変質」に拘わる秘術。
一歩二歩先に進んだことで、この訓練が行き着く恐るべき可能性に、気づいてしまった。
そしてそれこそが、七つ目の禁行術であると、確信している。
禁行術は、人それぞれの切り札。決まった教えはない。
俺も何か考えなければいけないのだろう。
「それでは次の訓練に入ろうか」
しかし、今は置いておこう。
「次は、隠行術と探行術と遠行術ですか?」
隠行術は気配を消し隠れる秘術で、探行術は物の気配を探る秘術で、遠行術は遠くの気配を探る秘術である。
「そうなる。ちなみにやり方はわかるかね?」
わかるわけあるか――と言いたいところだが。
「やはり『魔力の変質』を使うんですよね?」
「その通りだ」
ワイズは右手を伸ばした。
――と、離れたテーブルの上にあった水差しがふわりと浮いた。
考えるより早く「魔力視」で視ると――ワイズの右手の先から、魔力が伸びているのがはっきり「視え」た。
一人でに動く水差しは、空いたグラスに水をそそぐ。
「歩行、走行、疾行の応用でこんなことができる。もっともこれは秘術の中には含まれていないが。なぜだかわかるかね?」
……うーん。
「わかりません。なぜですか?」
「やる意味がないからだ」
ん?
「わざわざ魔力を使ってこんなことができるより、より実戦的かつ実用的な使い方が求められる。
君はいずれこんなこともできるようになるだろう――だから言っておく。
魔力の無駄な使い方は、あえて憶えないようにしなさい。もっと有効に使うように」
…………
「でもそれ、できたらできたで結構便利そうですけど」
「見た目に寄らず魔力の消耗が激しいのだ。それに完全に手動で操作しなければならない。更には有効範囲も狭い。
ならば自分の手でさっさと済ませた方が早いし却って楽である、という話だ」
あ、そうか。
まあ確かに、見える範囲でしか操作できない上に消耗も激しいなら、無理にできるようにならなくてもよさそうではある。
なんでも魔力でやろうとするな、という教訓だろう。
「――というわけで、今のが 隠行、探行、遠行の秘術である。
広げる魔力にそれぞれの特性を付加すればいいだけなので、前の三つを習得した君なら、いずれ必ず使えるようになるだろう」
えっ。
あ、はい……そうですね。
確かに「魔力の変質」には、七つの秘術だけに納まらない可能性がもっとたくさんある。前の三つを習得することで、自ずとそれは見えてくる。
まあそれにしても、身も蓋もない言い方だけど。
「そして禁行術も、君なら自力で編み出せるだろう。――というわけでおめでとう。君は七つの秘術の全てを修めた」
いやだから。言い方が身も蓋もないってば。
「――ただ、努々忘れないように。君が習得した秘術の全ては、まだまだ実戦レベルには達していない。
習得はしたが、使い物にはならんだろう。
昔はいろんなシチュエーションを用意して訓練し、できないと怪我をしたり、最悪死んだりもしたのだがね。
だが、今この時代にそれらをやることはできんからな。
果たして今の、あるいはその時の練度、習得度で実戦に使えるか否か。その見極めだけは誤らないように気を付けなさい」
…………
要するに、ギリギリの仮合格って感じかな。




