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354.メガネ君、リオダインに掛ける言葉が見つからない夜に





「――え、まずくない?」


 とりあえず「あれから俺たちのその後」を軽くリッセに説明すると、彼女は事の重大さに気づいた。


「というか会ってすぐにいきなり宿って……その、そんなに? そんなにガーッと来ちゃうの? こっちの女子」


 そうだね。

 女子って言い方に異を唱えたいくらいガーッと来たね。


 あれらはもはや女子じゃない。

 ただの肉食獣だ。


「いやエイルだけだろう。俺はさすがに違ったぞ。酒を飲みにいこうと誘われて、移動中に撒いたんだ」


 あ、ベルジュは違ったのか。


 まあ、そりゃそうか。

 あんな肉食獣がそんなにいてたまるかって話だ。たまたま俺に集中しただけで、ほかはさすがにそこまでアレじゃないだろう。


「いや、それって、酔い潰して既成事実的な……その、むしろ悪い男の常套手段じゃ……?」


「…………」


 ……やめろよリッセ。


 思っても口に出さない優しさとデリカシーって必要だろ。必要だと思うんだ。


「…………危なかった、のか……?」


 ほら見ろ。

 ベルジュの顔色がすごく悪く。


 ……まあいい。今は話している場合じゃない。


「とにかくリオダインを探そう」


「あ、うん、そうね。結構状況は切迫してるみたいだし……あっ」


「あっ」


 あ? ……あっ。


 リッセ、ベルジュの視線を追ってふと通りを見れば――見覚えのある少年がこちらに歩いてくる姿が見えた。


 リオダインだ。

 あの姿は間違いない。無事だったんだ!


 …………


 あれ?


 なんで泣いているんだ? ……泣きながら帰ってきたじゃないか。


「……エイル任せた!」


「待て」


 素早く逃げようとするリッセのベルトを反射的に掴む。


「こんな街にいられるか! 誰も信用できない……俺は塔に戻るぜ!」


「待て!」


 なぜだかはぐれた瞬間何者かに襲われそうなことを言いながら素早く逃げようとするベルジュの腕を反射的に掴む。「怪鬼」をセットして掴む。


「俺一人にあんなのどうにかできるわけないだろ!」


 どうするんだ!

 リオダインがそのなんか……なんかあったとして、どうすればいいんだ!


 俺だって何もできない!

 掛ける言葉も見つからない!


「エイルなら大丈夫でしょ!? 離せ!」


「大丈夫じゃない!」


「女が怖い! 女が怖い!」


「俺も怖いよ! もう帰りたい!」


 と、俺たちが揉めていると……


「……あ、みんな……」


 揉めている間に、泣きながら帰ってきたリオダインの接近を許してしまった。


 なんたる失態。


 ……かくなる上は――


「あ、おいあんたふざっ、まじか、二人がかりでまじかおい。おい、うそっ、うそっ」


 こうなってしまったら、もう脱出はできない。

 目の前で露骨に逃げるなんて、できるわけがない。


 かくなる上は、俺とベルジュは無言のまま意志を重ね、――二人がかりでリッセの背中を押し出し、リオダインの前に立たせた。


 さも「俺たちの代表です」と言わんばかりに。


「…………」


 リオダインがリッセを見る。


「……あ、あー……」


 もう完全に目が合った。


 逃げられないことを悟ったリッセは、おほんおほんと咳ばらいをして、……慎重に、慎重に言葉を選んで、言った。


「え、えっと…………き、気にしなくて、いいと、思うよ? その、事故みたいなもんだと、思うし……ね?」


「え? ……ああ、うん。そうだね」


 リオダインは、フッと寂しげに笑った。


「――とにかく結婚は無理だ、ごめんなさいって何度も言ったら泣かれて、最後は殴られてフラレたよ……痛かった」


 …………


「え? それだけ?」


「え? うん。思いっきり鼻殴られたから、涙が出ちゃって……」


 …………


「よかったな」


「ああ、何事もなくてよかった」


 誰も不幸にならなかった。

 襲われたリオダインはいなかったんだ。こんなに救いのある話はない。


 さて宿に入ろう、としたところで、


「待て」


 リッセに捕まった。


「――さっき押したよね? 私のこと生贄にしたよね?」


 …………





 本当に久しぶりに、リッセの避けられない早い平手をベルジュと一緒に食らったりしつつ、とにかく全員宿に到着した。


 高そうな宿だけに、さすがに襲ってくるような獣人種はいないようだ。

 つまり宿の中なら安全と考えていいのかな。


 ここで二泊してまた移動、と言っていた。


 滞在中は自由に過ごしていいと言われているが……

 観光や珍しい物を探しに行きたいけど、宿で大人しくしていた方が無難かな。


 本当に、想像以上に肉食獣が多そうだ。

 出歩くとトラブルしか起こらない気がする。


 ――そんな(主に男だけ)思うことがあった夜、せっかくだからと全員で近くのレストランに行き、トカゲ肉のステーキというものを食べた。


 なんでもトカゲ肉は、獣人の国ではもっともポピュラーな食材らしい。


 魔物ではなく大きなトカゲというだけで、別名「なりそこない」とも言うとか。

 ドラゴンになり損ねたトカゲ、という意味だ。


 淡白で、脂身の少ない鶏のような味の肉だったが、結構うまかった。


 ……トカゲと言うと、景色に溶ける空蜥蜴(ソラトカゲ)を思い出すなぁ。あいつはうまかった。また食べたいなぁ。


 高級宿だけに風呂もあり、遠慮なく湯を借りて部屋に戻ってきた。


 と――





「待っていたよ」


 俺の部屋にワイズがいた。


「――始めようか。秘術の訓練を」


 …………


「よろしくお願いします」


 さっさと休むつもりだったが、予定変更だ。





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