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348.それぞれの思惑 2  前編





 ゼットが帰ってきた。


 ボサボサのくすんだ金髪に、目つきの悪い灰色の瞳に、タトゥーだらけの身体。

 冬だけに少し着込んでいて目印のタトゥーが目立たないものの、見る者が見ればすぐにわかる。


 夏からずっと行方知れずになっていたゼットが、無法の国クロズハイトに帰ってきたのは、冬が本格的になってきた頃だった。


 雪がちらつき、息が白くなり、路上で夜を過ごすのはスリや強盗より危険すぎる季節。


 本物の“悪ガキのゼット”が帰ってきた。




 が、少し前に「パチゼット」がゼットのふりをして帰ってきていたので、特にインパクトはなかった。


 ――偽物だったことを知っていた者を除いては。





 クロズハイトに帰ってきたゼットは、まず真っ先に三人――自分とキーピック、コードの三人だけが利用している隠れ家に顔を出した。


 そして到着するなり、腹を出して寝ていたキーピックに無言で引っ張られ、一番の隠れ家……孤児院近くにある地下室へ移動した。


 ここは、万が一の時に集まる、三人だけしか知らない秘密の場所である。本当にヤバイと思った時だけ使うのだ。


「――おいなんだぁ? 久しぶりに会うってのによぉ」


 呑気なゼットを引っ張って地下通路に入った“鍵穴のキーピック”は、ドンとゼットの横の壁に勢いよく手を着いて、突然の行動にちょっと引いているゼットを至近距離で睨む。


「――久しぶりに会うからだろ! どこで何してたんだよ!」


 いつもへらへらしている、帽子がトレードマークの“鍵穴のキーピック”は、久しぶりに本気で怒っていた。


「……悪かった。どうにもならねぇ事情があってよぉ」


「知ってるよ! じゃなきゃ帰って来ない理由がわかんないから! 黙って付いてこいバカ!」


 ――ゼットとキーピック。そしてコード。


 物心ついた頃から過酷なクロズハイトで協力して暮らしてきた三人には、何人も入り込めない絆があった。


 周囲を裏切ることはあっても、この二人だけは裏切らないし、裏切れない。

 自分もそうだし、向こうもそうだと、掛け値なしの無条件で信じて、背中を預けられる存在である。


 それこそ――ゼットを真正面から叱りつけ、それを文句も言わず甘受するのは、キーピックとコード以外いない。


 黙ってキーピックについていくゼットは、「これは長引きそうだ……」と、ひっそり溜息をついた。 


 いつもはカラッとして、何事も適当にやっているようなキーピックは、本気で怒ると結構長引く。


(あっちも怖ぇなぁ……)


 そしてコードも、なんというか、本気で怒った時は細く長く怒り続けるのだ。





 会話もなく、秘密の地下室にやってきた。

 相変わらずじめじめしていて、決して過ごしやすい環境ではないが、隠れる分には持ってこいだ。


 この地下室はおろか、ここに通じる地下通路はクロズハイト中に走っていたりする。

 道が崩れていて通れないところも多いが、緊急避難するくらいには使えるだろう。


 ちなみにコードは、通じる道を全部覚えている。


 その地下室には――二人掛けのソファーで横になり本を読むコードがいた。


 近くのテーブルには本や書類が散乱し、長くここで過ごしていることが伺える。


「――ゼット!?」


 扉の開く音に反応し、視線を向けたコードは――来るのはキーピックしかいないだけに、興味なさそうに胡乱な目で見ていたが。


 後から入ってきたゼットの姿に、ソファから転げんばかりに驚いた。


「おう。ついさっき帰ったぜぇ」


「――バカ野郎!! 今までどこで何してたんだよ!!」


 ここまで有無を言わさず怒るのは、コードには非常に珍しい姿だった。いつも冷静で、感情を表に出さないタイプだけに、キーピックより迫力がある。


 ――本気で怒っているということだ。


「だから悪かったよ! キーにも同じこと言われたよ! どうにもなんねぇ事情があったんだよ!」


 ゼットとしては、もうそれしか言えない。

 だが、思えばそれが合図だったのだろう。


 彼らの我慢は、一線を越えた。


「うっせーバカ! こっちがどんだけ心配して探したと思ってんだよ! わたしなんか何度森に探しに言ったかわかんないよ!」


「そうだバカ! 君がいなくなったせいでクロズハイト(ここ)の均衡が崩れそうになったんだぞ! というか死んでないならさっさと帰って来いよ!」


「あーうるせぇうるせぇ! キレる前に俺の話を聞け! マジでどうにもなんねぇ事情に巻き込まれてたんだよ!」


「なんだその態度この野郎!? 一発殴らせろよ!」


「僕も殴らせてほしいな! 何があったか聞くのはそれからだ!」


「ふざけんなよ! 俺も被害者なんだよぉ! ぜってー殴らせねぇからいってぇなガキがぁ!!」


 言ってる傍から、キーピックの素早いローキックがゼットの太腿に入った。


 その瞬間、三人の殴り合いが始まった。





「超いてぇし」


 ぼたぼた鼻と口から血を流しながら床に座り込んでいるキーピックが、憮然としている。


「やっぱり僕に荒事はダメだぁ……」


 ボディに食らって胃の中のものをぶちまけそうになったコードは、床に倒れたままである。


「――ちょっと落ち着け。ちゃんと何があったか話すからよぉ……つーかハゲてねぇ? なんで髪離さねぇんだよぉ……」


 実力的に無傷であるゼットは、しかし二人がどうしても己の髪を掴んで離さなかったことが気になっている。むしられてないだろうか、と。


 非常に嫌ないやがらせだった。





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― 新着の感想 ―
勝てないのわかってるから少しでもダメージを与える手段を取るの面白い。何回読んでもこの話好き。
結局、あの竜人族は何者だったんだ!?
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