338.メガネ君、私利私欲のためではなく召喚魔法を憶えたい決して私利私欲のためではなく!
ソリチカ教官が「呼んでくるからここで待っていて」と言って消えて、しばし。
「――お帰りなさい。ワイズとは会えた?」
エヴァネスク教官がやってきた。
「会えましたし、近い内に塔に来るそうですよ。詳しくはヨルゴ教官に聞いてください」
「そう。彼が来るの。……厄介事の臭いがするわね」
まったくだ。プンプン臭うよね。
実際厄介事だしね。
「エイルの用事も、その厄介事に拘わること?」
まったくその通りです。
相談があると話すと、彼女は快く受け入れてくれた。
「エイルとはまったく訓練の話はしなかったわね」
「今のメンツには結構多いんじゃないですか?」
何せエヴァネスク教官は、魔法系に強い師だから。魔法を使わない連中はあまりエヴァネスク教官と接点はなかったんじゃないかな。
リオダインやセリエは、すごくお世話になっていると思うけど。
「最近は、朝から晩まで秘術の訓練に付き合わされていて疲れる」とぼやくエヴァネスク教官と、座学を受けていた三階の教室にやってきた。
適当に座り、俺は早速本題に入った。
――正直ちょっと時間がないのだ。
疲れた身体を休ませるより優先したいくらいに。
「もう隠さず話しますが、『召喚魔法』が使えるようになりました。使い方を教えてほしいんです」
俺が「いくつかの素養」を使えることは、教官たちには大いにバレている。バレッバレにバレている。
一緒に大帝国へ行った時にヨルゴ教官から教えてもらった。
それでも、多少のリスクはあるのだろう。
しかし今は神経質に覆い隠した安全より、隠さないことで得られる実が欲しい。
「ずいぶんストレートに来たわね」
驚いているような呆れているような顔で、エヴァネスク教官は二度三度と、思案気な顔で頷く。
「察するに、時間がないのね?」
本当に話が早いな、教官たちは。
いや、いつかロダに言われた通りか。
向こうが鋭いというのもあるけど、それを含めて、俺がすごくわかりやすいんだろう。
――まあ確かに、今まで個人的な相談をしたことがなかった相手が、いきなり重要な相談事を持ち掛けたのだ。
裏に相応の理由があることくらい、誰でも察せるだろう。わかりやすい流れである。
「教えるのは構わないけれど、少し予備知識がいるわ。構わない?」
俺は頷き、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「召喚魔法は、大きく分けて三種に分類される。
一つ、契約した存在を呼ぶ。
二つ、支配している存在を呼ぶ。
三つ、契約も支配もしていない存在を呼ぶ。
一が最も簡単でオーソドックス、三がもっとも難しく――危険な方法になる」
うん、なるほど。
大帝国領ネルイッツで会った蜘蛛のヤトは、一に当たるわけだ。でもって召喚獣たちは……二になるのかな?
三は、あれだろう。
おとぎ話で聞くような、いわゆる生贄を使った悪魔召喚とか邪神召喚とか、そういう類の危険なやつだと思う。
「教官も使えるんですか?」
「得意ではないけれど、一応ね」
と、エヴァネスク教官は右の手のひらを差し出し、その上に小さな魔法陣を生み出した。
緑色に淡く発光するそこから――一匹のネズミが出てきた。
「これは二、私が支配している召喚獣よ」
――なるほど。こうやって出すのか。
「なぜ一じゃないんですか?」
「一は魔物にしか適用されないから。正確には対象に魔核がないと契約ができないの」
ふうん、魔核がないと契約が……ん?
「教官は大帝国のネルイッツに行ったことはありますか?」
「あそこの召喚獣のこと? 額に宝石がある」
そうそれだ。
俺が聞きたいことを先回りしたエヴァネスク教官は、ポケットから出した炒り豆をネズミに与えつつこう答えた。
「あれは二よ。宝石は術者との拘わりを深める魔道具にして、召喚獣であることの目印でもあると聞いたわね。
――要するに、宝石に術者の魔力を吹き込んで、より強く関係を結びつけているわけ。
……って、よくわからないかしら? まあ誰でもできることじゃないし、そういう技術もあるということだけ覚えておけばいいわ」
そうか。
アヤの召喚魔法はかなり優秀だって聞いたし、すごい人ならできるって認識でいいんだろう。
「俺のメガネ」で再現するならどうしても「素養」は劣化するし、いろんな方法がわかっても使えない可能性が高い。
詳しく知りたい気もするけど、それは追々でいいだろう。今は先に進もう。
「召喚魔法の練習はどうすればいいですか?」
「最初はネズミがいいわ。小さい存在ね。捕まえて召喚魔法陣を近づけると、対象の意志みたいなものが伝わってくるの。あとは交渉次第」
え、交渉?
「交渉って、報酬みたいなものが必要になったりするんですか?」
「そういうのを求める存在もいるわね。――だいたいは、時々呼び出して食い物をくれ、程度だけれど」
あ、今やってるそれですね。すげー豆食ってるそれですね。
…………
ネズミなんて害獣でしかないって認識なんだけど、こうして見ているとちょっと可愛いな。ネズミも悪くなさそうだ。
……いや、ダメか。ネズミは事故が起こりそうだ。
事情を知らない第三者には、召喚獣じゃなくてただの害獣にしか見えないだろう。見付けた誰かに潰されかねない。俺がネズミを見たら始末すると思うし。
「一が一番簡単なんですよね? 魔物と契約するってやつが」
「そうね。魔物はほぼ向こうから襲ってくるし、強さによる上下関係を認識しやすい。魔物より自分が強いことを教えれば、すぐに屈服するわ。
もちろん逃がさないようにしないといけないから、手間は多いと思うけれど」
そうか。なるほど、そうか。
「つまり魔物を死なない程度にボッコボコにして、捕まえて『交渉』して、それが成立すれば召喚獣として契約できるわけですね?」
「そう。簡単でしょ?」
まあ、簡単かどうかは魔物次第って感じだけど、わかりやすくはある。
その後、もう少しだけ召喚魔法について教えてもらい、エヴァネスク教官に礼を言って別れた。
うん。
今の疲れている体調では、狩りに出るのは危ない。時間がなくとも危険すぎる賭けには出られない。
とりあえず風呂に入って休んで、明日の朝一番に魔物を捕まえに行こう。
――猫型だったら個人的にすごく嬉しいが、それは別として。
「俺のメガネ」を使い劣化した召喚魔法でも、契約できる魔物がいるといいんだけど。
できれば猫がいいんだけど。




