331.メガネ君、忘れていたあのことを思い出す
竜人族と言えば、暗殺者の村からクロズハイトに移動する際、世話になったことがある。
ドラゴンを使った運び屋をしていて、名前は確か、クラーヴァ……なんか長い名前だったけど、クラーヴとしか出てこない。
竜人族とは非常に珍しい種族で、田舎育ちの俺には、おとぎ話の中の存在というくらい縁がなかった。
空の旅の最中、王都でもほとんど見ない種族だ、とセリエが言っていた気がする。
かつてはドラゴンだったとも言われる種族で、身体のどこかにドラゴンの特徴がある。
唯一出会ったことのあるクラーヴは、両手足の皮膚が鱗で、爬虫類のようなカギ爪になっていた。確かにドラゴンっぽい特徴はあったかな。
きっとほかの竜人族も、どこかしら鱗だったり鋭い爪を持っていたりするのだろう。
それと、竜人族はドラゴンと共に生きる、と言われている。
珍しいだけに、それくらいしかわからないが……少なくともクラーヴは、噂の竜人族らしく自分のドラゴンと行動し、若干グレー気味な運び屋という仕事をしていた。
間近で見るのも初めてだったドラゴンに、俺とサッシュ、リッセ、フロランタン、セリエの五人は運ばれたのだ。ああ、あとソリチカ教官もいたか。
決して快適ではなかった、とにかく怖かったという記憶が強く残っている空の旅。
あれは忘れられない、良くも悪くも貴重な体験である。
で、だ。
ワイズの話をまとめると、
「つまり竜人族が『メガネ』を欲しがっている、と」
――俺が王都に到着して、城に納品した二十数個の「メガネ」。
外注で受けた納品である。
……きっと公式には「献上品」と銘打ってあるとは思うが。とにかく納めたのは確かである。
納品を終えてから、それからすぐに、俺は暗殺者育成学校へ入るべく、暗殺者の村に移動を開始。
俺がちょうどあの地獄の馬車の旅を味わっている最中である。
その頃、ナスティアラ城に滞在していた竜人族の要人が、城務めをしている人が掛けている「メガネ」を見て、並々ならない興味を抱いたとか。
それが、俺が献上した「俺のメガネ」だった、と。
「これはここだけの話だ」
ワイズはそう言い置いて、秘密の話をした。
「ナスティアラは、ずっとドラゴンを欲しがっていてね。今回竜人族を呼んだのも、なんとかドラゴンを手に入れるためだった」
あ、なるほど。
ちょっと話が見えてきたな。
「要するに、『俺のメガネ』で恩を売りたい。なんならドラゴン入手まで話を詰めたい、と」
「結論を言えばそうだが、そう焦らんでくれ。そこら辺の交渉は専門の担当者がまとめるだろう」
おっと、話を急ぎ過ぎたか。
「竜人族はあまり欲のない清貧を好む種族で、金品ではなかなか動かない。
酒、食べ物、嗜好品、技術と、色々と見せてはみたが反応はいまいち。
目の色を変えてまで欲しがるものはなかった。
そんな彼らが強い関心を示した。
それが『君のメガネ』だったわけだ」
そうか。
「俺のメガネ」にだけ目の色を変えたと。メガネだけに目の色を変えたと。……つまんないし掛かっているとも思えないから口には出さない。
「彼らはとにかく『メガネ』を欲しがった。
だがナスティアラとしては交渉をしてからじゃないと、『メガネ』も『それに類する情報』も与えられない。
とにかく交渉からと言うナスティアラと、とにかく『メガネ』を求める彼ら。
彼らとしても、ドラゴンを渡すというのは、かなりの無理難題なのだろう。
『メガネ』を欲しがる態度は崩さないのに、ドラゴンは渡せないの一点張りだ。
正直、交渉にならなかったくらい、譲歩ができなかったそうだ。
そして彼らは痺れを切らして、彼らはナスティアラには内緒で民間の機関に『メガネの探索』を頼もうとした。
君の姉がいる冒険者チーム『夜明けの黒鳥』にね」
……あ。
もしかして、グロックが言っていた「おまえに懸賞金がかかるかも」って話、これか?
竜人族の要人が、俺を探すために「夜明けの黒鳥」に依頼を出そうとした。
王都で一番優秀な冒険者で、優秀だけに依頼人に関する情報漏洩などの決まりも厳しいはず。守秘義務というやつだ。
秘密の頼み事をするなら、確実な人たちと言える。
間違いなく優秀な人たちだしね。
――そして、依頼内容の「メガネの探索」と聞き、俺の情報を城から買って知っていたという「黒鳥」は、すぐに俺のことだと気づいた。
「夏頃のハイディーガで、黒皇狼がやってきたって騒動がありましたけど、把握してますか?」
「ああ、聞いているよ。思わぬ活躍をしたそうだね?」
ボイン騒動のことか。
グロックにすげー怒られたし、白い女騎士に尻を撫で回されたし。
嫌な記憶ばかりだから、あまり思い出したくない。
初めての酒で前後不覚になったのも、あの一件からだし……ほんと思い出したくない。
「その時に会った『黒鳥』のメンバーに、俺に懸賞金がかかるかも、みたいな話を聞きました。もしかして――」
「間違いないね。実際、懸賞金を掛けようともしたようだ。瀬戸際でなんとか止めたようだがね」
おいおい……
「まあそんな感じで、上はちょっと手が付けられないと判断したようだ」
そりゃそうだ。
犯罪者でもあるまいし、拘束するレベルで城に留めておくわけにもいかない。
だが放っておけば、勝手に依頼を出そうとしたり、懸賞金を掛けようとしたりと、どこでどんな組織と繋がるかわからない。
ドラゴンという明確な目標がある以上、ナスティアラ側もあまり強く注意はできないのだろう。
ナスティアラ側が竜人族を呼んだのであれば、尚更だ。
竜人族はいつだってナスティアラを去ることができるし、「メガネの探索」をナスティアラ王国領内から始める必要もない。
たとえば隣国に行ってから、その国の冒険者なりなんなりを頼ればいいのだから。
時間は掛かるが、探す手段は色々あるだろう。
それこそ「メガネの探索」を、なんだかんだ阻止するナスティアラの目の届かないところから、ね。
更に言えば、竜人族が騙されたり悪い連中と繋がったりして色々こじれたら、ドラゴン入手は更に遠ざかるだろう。
――話を聞く限りでは、どうも竜人族は、交渉事が上手くないみたいだしね。
もし上手ければ交渉を成立させて、今頃俺は王都に戻っていたと思うし。
「ナスティアラはひとまず、エイル君。君を竜人族の里に、一時的に引き渡す約束をした」
待ってほしい。
「俺の意志を無視して決めたんですか?」
薄々こういう流れになるんじゃないか、とは思っていたけど。
まさか決定事項のように通達されるとは思わなかった。
……というか、すでにそこまで話が進んでいるのか。
「君の今の所属は?」
……暗殺者育成学校の候補生にして、広義的な意味では暗殺者の首領ワイズ・リーヴァント傘下の一番下っ端、って感じですかね。
「言いたくないなら私から言おう。
君の身柄は、一年間は私が預かっている、という形になっている。ならば私の部下同然だ。つまり?」
「上からの命令ってことですかね?」
「――筋を通すために私自ら来たのだ。まだ候補生でしかない君の正式な所属場所は、どこにもないからね。
もし君に直属の上役と呼べる者がいるなら、暗殺者の代表であり、君をこの道に誘った私だけだろう。
悪いとは思うが、直接君に命じられるのも私だけだ。
命じ……たくはないが、その方が納得できるというならそうしよう」
……うーん。
師匠の命令は絶対だと思っている俺に、それ以上の上からの命令が来たわけか。何せ師匠たちの上司であって、その上貴族でもあるわけだしね。
確かに、ワイズが直接俺に命じることで、命令系統の筋を通したことにはなるのだろう。
そのためだけに大帝国まで来たと言うなら、筋どころか誠意の証でもあると思う。
……竜人族か。
あの時聞いた懸賞金云々の話が、ここでこんな形で絡んでくるとはな……本当にわからないものだ。




