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326.代官屋敷侵入作戦開始 4





 足止めに遭っている間に、いつの間にか包囲網ができあがっていた。


 駆け付けた軍人たち。

 代官屋敷に詰めている、武道の心得があろうのだろう武器を持った者たち。

 唯一、接触らしい接触をしたアヤとヤト。

 少し離れたところには、いつもは影から見張っているだけであろう「隠れた護衛」の姿もある。


 総勢三十名ほどだろうか。

 やや遠巻きだが、全員が武器を構え、正体不明の賊――エイルを取り囲んでいた。


 更に――


「――フルスバイト隊、参上ですよっと」


 代官屋敷街の人員、外回りの軍人までやってきて外壁の上に立つ。


 フルスバイト。

 数日前に、エイルと一緒に開拓村で狩りをしたおっさん、キーロ・フルスバイトだ。

 視線を向ければ、おっさんの隣にはマヨイの姿もあった。


(――いよいよ大詰めだな……)


 せめて外壁を越えられれば、逃走のチャンスもありそうなものだが。

 しかしあそこに立たれては、正攻法での脱出は不可能だろう。


(――女装しててよかったな)


 この衆人環視の状況である。


 性別を偽っていなければ、後日必ず追手が付いたことだろう――エイルとして面識のあるマヨイとキーロまで来ているのだ。下手な変装では誤魔化せない。


 ヨルゴはここまで想定して、女装用の衣装を用意したのだろうか。


 ――きっとそうなのだろう。


 何せ「見つかること」が最初からシナリオに織り込まれていたのだから。発覚し、追われることも、こうして囲まれることも、「想像しうる流れ」だったのだろう。


 そして、もしかしたら――


「――こんなところで会うとはな」


 聞きたくない声を聞いた。


「――会いたかったような、会いたくなかったような。少し複雑だな」


 見たくない姿を見た。


 包囲網の中、ゆっくりと前に出てきたのは、馬車襲撃事件で対峙したカルシュオク・シェーラーだった。


 ――もしかしたら、彼と会うことも、想定していたかもしれない。





 第四師団兵長カルシュオク・シェーラー。


 調査に来た時に遭遇したことから、もしかしたらまた会うかもしれない、とはエイルも思っていた。

 まさか実現するとは思わなかったが。


 ――前回のあの時は日中だったが、今回は暗がりである。


 エイルを囲んだまま火まで焚かれて、絶対に逃がさない万全の体勢が整いつつあるが、それはさておき。


 髪の色や長さは、あの時の「メイドのエル」とは少し違うのだが――光源が乏しいので細かいことはどうでもいいのだろう。


 大事なのは、カルシュオクは間違いなく、エイルを「因縁のあるあの時のメガネの女だ」と認識している、ということだ。


「――投降しろ。殺したくはない」


 つまり、あのゼット盗賊団の仲間であるエイルを捕まえれば、盗賊団の情報を引き出せると考える。


(――状況はそんなに悪くないな)


 カルシュオクが問答無用で殺る気ならともかく、そうじゃないなら、突破口が見つかりそうだ。


「――私の腕は知っているはずだ。万が一にも勝てるとは思うな」


 思えるわけがない。


 前回の勝負では、あまり使いたくない緊急回避――「霧化(ミスト)」を使用してなんとか辛勝を納めた、とエイルは思っている。


 実際、「なんか知らないけど剣が効かない時がある」とカルシュオクにバレている時点で、もはや緊急回避は使えないのだ。

 ただ普通に返す刃があればいい、それだけでエイルを斬るには事足りるのだから。


(――よし。少しばかり釣って(・・・)みようかな……) 


 カルシュオクがしゃべっている間は、周りは手を出さない。


 そもそも、エイルが何者なのかを計りかねているのが大きい。

 大胆にも警備の厚い代官屋敷に忍び込んだ賊である。この場の誰もが「何のために来たのか知りたくない」なんて絶対に言わないだろう。


 ただの賊なら斬り殺せばいいが、師団兵長であるカルシュオクが顔見知りのように話していることからも、掴みかねているはず。


 こいつをこのまま殺してしまっていいのか、と。


 ――ならば釣れる(・・・)と、エイルは考える。


「お久しぶりです。本当に奇遇ですね。あなたとは二度と会いたくなかったし、二度と敵対もしたくなかったのに」


 周囲を警戒し身構えていた身体を起こし、普通に日常会話でもするかのように無警戒に、エイルは話し出した。


 どの道、この状況では正攻法での脱出は不可能。

 少し場を揺さぶる必要がある。


「あれからお変わりなく?」


「そんなわけがあるか。賊を逃がした挙句、生かして還されるという屈辱も味わった。減俸処分だ」


 それは災難としか言いようがない。

 エイルだって必死だった。彼の減俸か自分の命かと問われれば、迷う余地はない。


「本当はこの服も返上したかったのだが、認められなかった」


「ああ、だから減俸ですか」


 責任を取って職を辞する覚悟だったのに、断られたわけだ。


「積もる話は牢屋で聞こうか。抵抗はするなよ。……これでも生かされたことは屈辱だが、一応の恩も感じている。悪いようにはせん」


 ――ここが勝負どころだ。


「あら? もしや次は勝てる(・・・・・)と? 本気で思っています?」


 そう言った瞬間、比較的穏やかだったカルシュオクから殺気が溢れ出した。


 いや、元々殺気立ってはいたのだろう。屈辱だと言う通りに。

 ただ抑え込んでいただけで。


「……なんだと?」


 ――どうやら釣れた(・・・)ようだ。


「何度やっても一緒ですよ。私が勝つだけ。あなたは私には勝てません」


 完全に挑発の体に出ているエイルに、「ふざけるな殺せ」だの「兵長殺っちまえ」だの「早く斬らせろ俺の刀は血に飢えている」だの、恐ろしい野次が飛んでくる。

 正直、カルシュオクより周りの方が怖いくらいである。気が逸って何人かが襲い掛かってくるだけで対処ができない。


「やれやれ……」


 獲物は釣れた。

 ここまで場を引きつければ大丈夫だろう。


 エイルはメガネを外し、もう必要ないとばかりに勢いよく放り投げた。


「――今度は本気を出してもいいんですよね? やります? 死にたい人から掛かってくるといいですよ」


 雪が降る静かな夜に、狂おしい烈火のような殺意が広がる。





「――まずいぞヨルゴ」


 ニヤニヤしながら候補生の失態を見ていた闇と「影」だが、この流れは予想外だった。


 囲まれた時点で絶体絶命、もはや生きる道はない。

 完全なる手詰まりである。


 彼らが笑っていたのは、ここで未熟な候補生が身の程を知って投降する、と思っていたからだ。


 候補生時代や一人前になり立ての頃なんて、失敗が付き物だ。いろんな失敗をしてきて一端の暗殺者になった者ばかりである。


 まあそうだろう、現役でさえ失敗しそうな代官屋敷侵入なんて難しい任務は失敗して当然だろう、と。

 これは、ほぼ全員が納得できる結末だったと言える。


 なのに、まさかの続行である。

 しかも挑発して怒らせ、火に油を注ぎ――もう投降という手段は、自らの手で握りつぶされた。


 こうなると、「できる候補生」という前提が間違っているとさえ思える。

 この状況で引かないのは、引き際を弁えられない未熟者にしか見えない。


「おい。……おい、笑ってる場合か」


 エイルを知らない者たちは、唯一知っているヨルゴを見るのだが、当人は笑うばかりである。何がおかしいのか教えてほしいくらい楽しげに笑っている。


 止めるなら今しかない。

 割り込むなら、今が最初で最後のチャンスだろう。すでに状況は一触即発なのだから。


 初老の「影」も、ヨルゴたちを見ている。


 止めた方がいいんじゃないか、と。

 今なら自分が止められるから、と。


 しかし、笑うヨルゴからの返答は違った。


「撤収の準備だ。もうすぐ終わる」


 ひとしきり笑うと、ヨルゴははっきりそう言った。


「単純な話である。

 恐らくはこの形も奴の想定内だった、というだけのこと。

 こうなった時の対処法も考えていたようだ。だから引かなかっただけだ」


 多少エイルを知る者なら、むしろそう考えない方がおかしい。


 選択肢を誤った?

 投降の機会を自分で握りつぶして窮地に陥った?


 そんなことはありえない。


 小さなミスはあっても、自分の命が掛かるような大きな選択を間違えることはない。それは課題での動きを見れば一目瞭然だ。

 エイル一人いるだけで、どれだけハイリスクを避け、大きなリターンを狙ってきたことか。


 あえて命が危うい選択を選ぶことはない。

 あれはそういうタイプだ。


 今回の代官屋敷侵入だって、ヨルゴが強く推して逃げ道を塞がなければ結局やめていただろう。

 思いつくことは誰にでもある、しかし実行に移すかどうかは別問題だから。


 そして。


「――賭けは自分の勝ちだ。金を用意しておけよ」


 あっても困らない選択肢をわざわざ握りつぶしたのであれば、もうエイルには勝機が見えたということである。


 あとは、どんな手段で逃げるのか、見届けるだけだ。





 殺気が広がる。

 もはや殺意と視線で人が殺せるんじゃないかというくらい、周囲からの殺意がエイルだけに向けられている。


「――殺す殺す殺す殺すぅぅぅうううう!!」


 殺意の衝動が我慢の限界を超えたのか、殺人鬼のように発狂しながら、一人の軍人が斬りかかってきた。


 それがきっかけだった。


「――血を見せろぉ!!」


「――我が刀の錆となれ!!」


「――まさに美少女の三枚おろしやぁぁぁあ!!」


 え、悪党なの?


 エイルが小さくそうつぶやくくらいには異常な、斬ることへの渇望と狂気が一斉に群がってくる。


 怖いのは「時間を飛ばして」くるカルシュオクだが……どうやら彼も軍人たちの狂人っぷりに若干引いているようだ。忘れているかのように剣さえ抜いていない。


 一刀目、二刀目と。

 エイルは華麗に剣を回避するが――その姿は十を超える翠の軍服の波に飲まれ、呆気なく見えなくなった。


 切り裂かれた衣服が舞う。


 ――とてもじゃないが、助かる余地がない状況だった。
















「――ふう、怖かった」


 エイルは息を吐き、うっすらと積もる雪の上に投げ出された「メガネ」を拾い上げる。


 ついさっき放り投げた「メガネ」である。

 まあ、すでに「新しいメガネ」を掛けているので、消すだけなのだが。


 セットしたのは「素養」は「聖剣創魔」。

 ブラインの塔で一緒に暗殺者候補生をやっているエオラゼルの「素養」で、割と普通に雑談交じりに見せてもらい、登録した。


 「聖剣創魔」。


 世界的に有名な剣士が使っていたという拍の付いた「素養」で、元は「剣を生み出す」という物理召喚魔法である。エイルの「メガネ」と系統は同じだ。


 ただ、この「聖剣創魔の特性」には、「剣のある場所に瞬間移動できる」というものがある。


 色々と規制があったり有効範囲が厳しかったりと制約は多いのだが、今回エイルが脱出の手段に使ったのは、「放り投げたメガネに帰属する瞬間移動」である。


 ――本当に邪魔だったのは、外壁の外側付近を見回る軍人たちだった。


 「聖剣創魔付きのメガネ」を屋敷周辺に仕掛けようかとも思ったが、発覚する可能性を感じたので、あえて仕掛けなかった。

 もし「代官屋敷周辺に怪しいメガネがあった」なんて話が浮上したら、いろんな意味で警戒されるだろう。


 もちろん、仕掛けるのも一苦労だ。


 「聖剣創魔」の有効範囲に接地しないといけないので、また代官屋敷の近くに来なければならない。

 そして、今度見つかればきっと職務質問くらいは受けるはめになっただろう。


 屋敷内の動きは観察できた、外回りの軍人の動きがとにかく掴めなかったのだ。


 そんな彼らが、警笛を聞いて集まってくれたのが、エイルの勝機だった。


 あとはぐっと注意を引き付けて、自然な流れで「メガネ」を屋敷の外へ投げるだけでいい。


(――さっさと消えるか)


 たぶんまだ、屋敷では狂った軍人たちが、「瞬間移動」するのと同時に捨ててきた衣装を追っているだろう。


 まだ距離は近いのだ。

 たとえ外回りの軍人たちも引き付けていたとしても、消えたことがわかれば素早く探索の手が広がるに違いない。


 その前に、とっとと帰ってしまおう。


 ――衣装の処分も済ませて薄着になったエイルは「即迅足ファストブーツ」をセットし、闇夜の中に消えていった。





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[気になる点] メガネ型の剣を造ったのか、瞬間移動先のポイントとしての特性だけ元のメガネに付与出来たのかどっちだろ
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