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319.メガネ君、引き返せなくなる





 ――たとえばの話ですけど。


 ――もし俺が、この国のお偉いさんの部屋に忍び込まないといけない事情ができたとしたら、教官は止めますか?


「…………」


 遠回しにそう質問し、ヨルゴ教官が即答しなかった時点で、俺はようやく我に返ったのだろう。


 猫酔いしていたのだ。

 冷静ではなかったのだ。

 どうしても猫が欲しくて、自分らしさを欠いていたと、ようやく気付いたのだ。


 本来の俺は、リスクを嫌い危険を遠ざけ危ない橋は極力渡らない、臆病と用心深さの狭間にいるようなスタンスだ。

 というか、師匠からそうなるように学んだ。


 命は一つ。

 身体も一つ。


 たった一度の無茶や無謀でたった一つしかないものを失うことがある、それが狩人の仕事だ、と。

 そう教えられた。


 その考え方に心の底から同意し、俺はむしろ自分からそれを受け入れたはずだった。

 

 なのにだ。


 なんだ、お姫様の寝室に忍び込むって。


 発覚したら死ぬぞ。

 下手したら一族すべてに類が及ぶぞ。


 我に返ってみれば、これほど自分らしくない愚問はない。

 何がお偉いさんの部屋に忍び込む、だ。


 まったく。

 帰って早々、くだらないことを言ってしまった。


 ――愚問だった忘れてくれ、と言おうとしたその時。


「詳しく話してみろ」


 ……ヨルゴ教官は開いていた本を閉じ、俺に座れと手で示しながら詳細を訪ねてきた。


 …………


 あれ?

 こんな反応、ブラインの塔でも見たことないんだけど。


 ……もしかして、結構乗り気……?





 開拓村からネルイッツに戻ってきた俺は、何度も何度もお礼を言うアロファから逃げるようにして、怖い宿である粉雪亭に戻ってきた。


 猫屋敷は俺の夢でもある。

 過剰に感謝ばかりされても困るだけだ。


 時刻は昼時。

 早朝に村を発って、馬車をそこそこ飛ばして、この時間に戻ってくることができた。落ち着いたら俺も昼食にしよう。ソバがいいな。


 ここ数日お世話になった底冷えがひどい平屋とは大違いだが、しかしそれが逆に落ち着かない高級宿には、やはりというか予想通りというか、ヨルゴ教官が居座っていた。


 きっと常にここに詰めているのも、ある種任務の内なんだろう。


 帰ってきたことを報告するために部屋を尋ねると、ヨルゴ教官は備え付けのテーブルに座って本を読んでいた。


「さっき戻りました」


「うむ。――成果は上々だったようであるな」


 ノックすると返事があり、ドアを開けて帰ってきたことを告げると、ヨルゴ教官は俺をチラリと見てまた本に目を落とした。


 見ただけで何がどの程度わかるのか、という疑問は湧くが、確かに成果は上々だったので特に言うことはない。


 ――そして、俺は言った。ついでのように。


「教官、たとえばの話ですけど」


「なんだ」


「もし俺が、この国のお偉いさんの部屋に忍び込まないといけない事情ができたとしたら、教官は止めますか?」


 ページを捲ろうとしていたヨルゴ教官の手が止まった。


 顔を上げ、しばし俺を見て、……俺が引こうとした瞬間に口を開く。


 「詳しく話してみろ」と。





 部屋に通された俺は、教官の向かいの椅子に座り、「代官の娘の部屋に忍び込みたい」と簡潔に告げた。


 なぜとか、どんな理由があってとかは、言わない。


 たぶんわかると思ったから。


「――召喚魔法か? 確かこの街の代官の娘が使い手だったはずだ」


 本当になんでわかるんだろう。

 俺がわかりやすいのか? 顔に出てるのか?


 ……いや、俺の行動を見ていれば、自ずと「俺に何ができるのか」を割り出せたのだろう。そこから推測が立てられたのだと思う。


 明らかに「複数の素養」を使っている節があり、その「複数の素養」には見覚えのあるものがある。


 もしかしたら、サッシュの「即迅足ファストブーツ」の訓練風景を見られていたかもしれないし。

 人目を気にしてはいたが、教官たちが相手では、俺の察知能力では対応できない。


 まだ公では使ってないが、エオラゼルの「聖剣創魔」も登録済みだ。

 たとえ今すぐここで使ったとしても、ヨルゴ教官は驚かないだろう――予想されているから。


 まあ、使わないけど。


 ――というか、もう今更である。


 教官たちには絶対にバレている。


 「複数の素養」を使用することからも、「メガネの特性」もかなりの確信をもって把握されているだろう。


 あえて俺に確認しないし、俺も言わないけど、もはや口に出さないだけの暗黙のルールでしかないと思う。


 もちろん、俺からそれを冒すつもりはないが。


 むしろ教官側が断定的に「おまえのメガネそういうことできるだろ」と言わないだけ、温情を掛けられているとさえ思うし。


「はい、まあ、召喚魔法かもしれないですね」


 今更誤魔化しても、それこそ時間の無駄である。

 まあ往生際悪くぼかしはしますけど。


「そうか。……ふむ」


 ヨルゴ教官は顎をさする。


「貴様が『他の素養』を使うためには、なんらかの条件が必要で、何かしらの法則に則らねばいけないのだろう。

 そのために、召喚魔法を使える人物に接触する必要がある。


 姫君の寝室に忍び込む、という手段を選ぶのであれば、そこは間違ってはいまい。なんらかの条件をこなしに行くのだろう」


 ……やっぱりすごいバレてるぞ……


 いや、仕方ない……というか、当然か。

 むしろそういうすごい人たちだから、俺は今この人たちに教えを乞う立場にいるのだ。


「あの、やっぱりまずいですよね? バレたら殺されちゃいますよね?」


 正直、話の内容もアレだが、「俺の素養」に関して思考されるのも嫌だ。


 それに、要人の部屋に忍び込む、なんてやはり俺らしくない。冷静さを欠いたおかしな思い付きだった。

 そんなリスクを冒すわけにはいかない。


 猫は欲しいが。

 そのくらいのリスクなら受け入れても……という気もしないでもない気もするのは確かだが。それくらい猫が欲しいが。


 しかし、とにかくこの場は、一時退散したい。

 ヨルゴ教官が俺のことを考えているのがとにかく嫌だ。


「――面白い」


 が、俺の弱腰な気持ちとは裏腹に、ヨルゴ教官はニヤリと不敵に笑った。


「面白い発想である。


 要人の家に忍び込む、か。

 自分が訓練生時代に思いつかなかったことが悔やまれるほどだ」


 あ、じゃあ代わりにやってもいいですよ。今からだって遅くないですよ。


「ぜひやるがいい。止める理由などあるものか」


 え、まさかの大賛成?


「だが大帝国でやるには、やや荷が勝ちすぎると言わざるを得んな。いくら個の能力が高いエイルとてやや無謀である」


 ややじゃなくて、完全に無謀ですよ。


 魔晶の森で、大帝国軍人の化け物っぷりは散々見てきた。

 あれだけ腕が立つなら、察知能力も相応に高いだろう。彼らが護衛する邸宅に忍び込むなんて、命がいくつあっても足りないと思う。


 あと、別に能力は高くないと思う。

 訓練生たちと比べれば平凡、並もいいとこだろう。


「自分の予想では、成功率は四割程度しかないな」


 あ、結構高い。

 俺はそんなに高くないと思うけど。


「奥底まで潜入するとなると、この成功率では送り出せんな」


 誰にもバレずに行って、誰にもバレずに抜け出してくる。

 簡単に言えば、俺がやりたいことはそれだけだ。


 そしてお姫様の寝室の場所によっては、確かに邸宅の奥まで行く必要があるだろう。というか十中八九そうだろう。


「――よし、自分が最低限のお膳立てをしてやろう。好きなようにやってみろ」


 いや、やってみろじゃなくて。


「あの。乗り気なところ申し訳ないんですが、やめるという選択も今ならあると思うんです。というか俺ちょっとやめたいなと思ってるんですが」


 猫酔いしていたと認める。

 冷静じゃなかったと認めるから。


 謝るから。


 だから命懸けになる思い付きに、全力で送り出そうとしないでくれ。


「何をためらう。我々にとっても良いサンプルになりそうだ。課題に加えても良さそうだ」


「いや、失敗したら死ぬんですけど」


「その辺は自分に任せろ。最低限の保証はしてやろう」


 …………


 え?

 これ、本当にやること決定みたいな感じ?


 というか、ヨルゴ教官がこんなに乗り気になるなんて思わなかったんだけど。

 いったい何が彼の琴線に触れたのだろうか。





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