318.メガネ君、本気の悪だくみをする
戦力が整っていることも然ることながら、魔物についての情報も出揃っているという状況下では、苦戦する理由がない。
マヨイ、キーロの強さは半端じゃない。
全体的に余裕があることからも窺えるし、きっとあの二人は全然本気を出していない。
実力を発揮しているのは、魔鋼斬りの時だけだろう。
アロファも、安定した動きで魔物を翻弄する。
武器らしい武器を持たないので戦力にはなっていない。
だが、強いて言うなら「気を引き躱し続ける」という行動こそが彼女の武器であり、攻撃方法なのだろう。
一回だけ、一度に十匹を超える陽炎と二頭の薄羽竜に強襲され、前衛二人では一度にさばき切れなくなったことがあったものの。
彼女は余裕で、二頭のドラゴンと四匹ほどの陽炎を引っ張って手玉に取り、前衛と俺が魔物の数を減らしていく間の時間稼ぎを、無傷でこなした。
こと回避と防御に限れば、一流と言えるのだろう。
そして俺は、あらかじめ決められた弓での援護と、手が足りないと思えばアロファの支援を不足なく楽にこなした。
こうして暗殺者候補生以外の人と行動すると、意外とわかることも多い。
たとえば、俺の弓の腕は、確かに上がっていることだとかだ。
前までは「視認からの射撃」という流れだったが、今ではある程度の距離は「気配で察知して射撃」という流れで確立するようだ。
視認して撃つより、気配で察知して撃つ方がはるかに速い。
特に、視界外への警戒ができることが大きい。
気配を察知できる時点で、それは振り返り様でも狙えるということだから。
あとは矢を番える、弓を引くという動作次第で、もっと早く撃てるようになるだろう。
……少しだけ師匠の連射速度の秘密が見えてきたかな。
絶対真似できないってくらい早い動作で連続して矢を放っていたが、今の俺なら似たようなことができそうだ。
あの人はきっと、長年の狩人生活の経験で、この境地まで辿り着いたのだろう。
俺もようやく届きそう、って感じだ。
はずれの陽炎、少しはずれの薄羽竜、そして大当たりの魔鋼丸獣。
連日、それも日に何度も狩場へ出向き、着実にお金を稼いでいった。
大帝国軍人は有給という体なので決められた日当しか貰えないらしいが、アロファに関してはボロ儲けである。
バカみたいに高値で売れる魔鋼と、それなりの額で売れる薄羽竜の素材と。
元々、彼女の夢の猫屋敷の資金にと始めた狩りなので、もう笑いが止まらない勢いで稼ぎまくっている。俺の分も基本的にないからね。
厳密に言うと、大帝国軍人はここでの狩りで得たお金を自らのサイフに入れた時点で、横領的な扱いになってしまうそうだ。
裏でこっそり受け取る、みたいな穴はありそうなものだが――それこそ大帝国は不正に厳しいので、バレた時点で斬られるらしい。容赦なく。
罪に対する罰が非常に重い、というのも、大帝国の特殊な国柄なのだそうだ。怖いね。
マヨイ曰く「金が欲しいだけなら軍人である必要もないだろう」とのことだ。
まさにその通りである。
これだけ強ければ、ほかにいくらでも稼ぐ方法はあると思うから。大帝国軍人の身でお金のために不正、というのは割に合わないのだと思う。
俺は猫屋敷の夢を一緒に見たいから、別にお金はいい。
確かに、お金ができればすぐに見られるわけではない。
引っ越しにリフォームにと、準備に掛かる時間は数日どころの話ではないだろう。俺の大帝国滞在中に完成なんて絶対にしないはずだ。
でも、それでもいい。
ブラインの塔での生活が終わったら、絶対にまた来るから。
俺、いつかきっと猫屋敷に泊まるんだ。
猫と一緒に寝るんだ。
…………
まあ、それはそれとして。
本当に最近、「猫がいる生活」という野望が芽生えた俺は、一つ、ものすごい悪だくみをしていた。
本当に悪いことを思いついてしまった。
いや、結果的に「悪いことになってしまう」だけで、決して悪いことだからしたいわけではない。
ハイドラとか嬉々として悪いことを考えていたが、俺は違うからね。したいわけじゃないから。
結果的にそれは悪いことだ、というだけで。
俺ならやれるんじゃないか。
今の俺なら、誰に迷惑を掛けることもなく、誰に見つかることもなく、やれるんじゃないか。
そう思っている。
――まさか王女の寝室に忍び込もうだなんて。
そんな大それたことを企む日が来るなんて、思いもよらなかった。
しかし、それが必要となってしまったのだ。
「――ああ、召喚魔法。あれは『大帝国のお偉いさんの素養』らしいですよ」
開拓村での狩り生活が始まって、三日目の夜。
この即席チームは、つまずくこともなく、手間取ることも戸惑うこともなく、かなり効率よく稼げたようで。
アロファの猫屋敷資金は、三日目にしてクリアしてしまった。
今日のところは開拓村の宿代わりにしている平屋に泊まり、明日の朝一番にネルイッツに帰る予定となっている。
狭い平屋は四人以上の団体に貸しているようで、この三日、俺たちは同じ屋根の下で雑魚寝している感じだ。
狭いながらも一応二間で、女性二人は寝室、俺とキーロは囲炉裏という火を起こす居間のような場所で寝ていた。
板張りで堅いし寒いけど、布団があって眠れる分だけ、外よりはマシである。
この村には風呂もあるし、ソバもあるしね。
ソバ。
あれはうまい。
最初こそスープの奥深さに注目したが、あれのメインは実は麺である。
黒い麺の持つ独特の風味が、なんだかくせになってしまった。ちなみにどんぶりに入っていた白い食べ物は、かまぼこという魚のすり身だそうだ。
まあ、難を言うなら、少し腹持ちが悪いけどね。すぐ消化してしまう。
ここ三日の狩り生活の中、俺が考えていたのは例の召喚魔法のことである。
色々知りたいことはあるのだが、大帝国軍人に睨まれてもいいことはないだろうから、彼らの前で話すことは避けていた。
なんとか隙を見て情報収集をしたかったのだが。
ようやくチャンスが巡ってきた。
マヨイとキーロは、今夜は同僚と呑むとのことで、遅く帰ってくる予定だ。
ついさっきソバを食って夕食も終わり、囲炉裏を囲んでしばらくはアロファと二人きりというこの状況。
やっと気兼ねなく情報を得られるシチュエーションだ。
計算通りちゃんとあるのか、お金を出して数えているアロファは、硬貨を数えながら俺の仕掛けた世間話風の情報収集に乗ってきた。
「お偉いさんっていうのは、どこかの王女様だって話だったっけ?」
ここまでは聞いている。
キーロが怖くて、これ以上の情報収集は避けたのだが。
俺が欲しい情報は、ここからだ。
俺は召喚魔法で猫を呼ぶことを考えた時点から、召喚魔法を登録することを決めている。
そしてその召喚魔法の持ち主が、考えている以上に遠い存在だと知ったことで……それも絶望するほど遠いと知ったことで、一旦考えるのをやめていた。
それどころじゃなかったしね。
狩りの直前だったし。
だが、狩りが一段落ついた以上、やはり諦めきれない気持ちがあった。
正直、やるかどうかはまだ決めていないが――もっと情報を集めて、本当にできるかどうか、やるかどうかを決定したい。
ヨルゴ教官にも相談したいし。
まあ、あの人のことだから、「好きにしろ」って言いそうだけど。
「ええ、まあ、王女様というか、代官にして華族の娘さんですね。国の要職に就いている方の娘さんなので、王女様ではないですが。
でもお姫様といってもいいくらいの身分の方らしいです」
お姫様……か。
「貴族の娘的な認識でいい?」
「まあ、いいんじゃないですかね」
どうでも、とでも付きそうなくらい何気なく答えるアロファ。
というか本当にどうでもいいのだろう。
――まさか、目の前で弓と矢の手入れをしている小僧が、そのお姫様の寝室に入ってやろうなんて企んでいるとは、予想もしないだろうし。
彼女にとっては、どこまでもただの世間話に過ぎないのだから。
狙うのは夜、寝室だ。
昼は絶対に近づくことができないだろう。
そもそも目的がアレだからね。
命を狙うわけではなく、まあ、もう、なんというか、遠目でも召喚魔法を使っている姿が「視」られればいいわけだし。
だが、遠目で見られる場所にはいない。
たとえば一般人とかなら監視をすることもできだろうけど、身分のある人となると話は別だ。
それも、あまりアクティブに動き回るような立場にない人となれば、なおさらだ。
警備体制も相当なものだろう。
ついさっきまで一緒に狩りをしていたあの人たちが守っているのなら、困難なんてレベルではない。
下手をすれば即死ものだ。
だから、やはり表立って近づくことはできない。
夜、一人きりでいるであろう寝室に忍び込むのが、一番可能性があると思う。
一人きりでいるところに、なんなら寝ているところに忍び込み、お姫様に「メガネ」を掛けて強制情報開示して召喚魔法を登録し、速やかに脱出。
これが理想だが……
「お姫様ってどんな人なの?」
――今はとにかく情報がほしい。どんな些細なことでもいいから。




