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317.メガネ君、効率よく金策サイクル生活開始!





 はずれである陽炎(かげろう)が十五匹を数え。

 ちょっとはずれの薄羽竜(ウスバリュウ)を四体ほど狩り、魔核と角と皮、爪、肉と、それなりの収穫を荷車に積み上げていた時。


「――お、来た来た。総員配置に着いてー」


 え?


 キーロが、今から戦うという気力さえ微塵も見せないだらっとした態度と口調で、不意にそんなことを言った。

 あまりにも覇気がなさすぎたせいで、一瞬言葉の意味がわからなかったのだが――


「――来たぞ! 当たりだ!」


 マヨイの檄でようやく意味がわかった。


 日中に遭遇する魔物は三種類。

 うち二つがはずれで、もう一つが――あいつだ。


 水晶樹の間からチラチラ見えた、人とも獣とも言えない存在が、のっそりと巨体を揺らし現れた。


 パッと見た感じでは、毛のない熊のようだ。

 だが特徴はカメに近いだろうか。


 ――魔鋼丸獣(メタルアルマジロ)


 俺は見たことがないが、背中にある甲羅的なもので、丸くなって身を守るアルマジロという生物がいる。

 そのアルマジロが熊以上に大きくなったような存在、と聞いている。


 実際、大きい。

 大型の馬車くらいあると思う。


 薄羽竜より巨体で、だが非常に鈍重そうだ。

 あれでは魔晶の森を走ることさえ困難だろう。ガンガンぶつかると思う。


 ただ、異質なのは――魔鋼丸獣は背中に鈍色の鉱石を生やしていることだ。

 まるでハリネズミのように。


 それは非常に不揃いで、杭のように飛び出たものもあれば、根元あたりで折れたかのような痕跡が残っている部分もある。


 話には聞いていたが、見て納得もした。


 ――なるほど、歩く魔鋼石か。


 魔鋼とは、魔力を帯びた金属全般を指す。

 鋼鉄のみ、というわけではないそうだ。

 とある鉱石や金属に人工的に魔力を付加することもできるそうだが、天然のものの方が質がいいらしい。


 魔鋼丸獣の背中に生えている鉱石は、当然、天然の魔鋼である。

 ちなみに奴の持っているものは、魔力を帯びた鉄だそうだ。


 そして、これこそ流浪の武人が斬るためにこの地に居つき、また刈り取られた魔鋼を欲しがった商人たちが流通を始め、大帝国へと至ったきっかけの魔物である。


「くれぐれも殺さないでね。傷つけるのも無しで」


 前にいるキーロが、恐らくは俺にだけ念を押した。

 何せマヨイもアロファも遭遇するのは初めてじゃないっぽいからね。


 ――昔はこいつを斬り伏せて初めて一人前、なんて無茶苦茶なルールがあったらしいが、今は殺さないで魔鋼だけ採取するという方針になっているそうだ。


 いわゆる益獣扱いである。

 魔鋼は高い。天然物となれば値段は跳ね上がる。……らしい。俺は魔鋼って名前くらいしか知らないからなんとも言えないけど。


 無数のトゲのように飛び出している魔鋼が、ところどころ折れているのは、誰かに折られたからである。

 なんでも観察と実験の結果、折られた魔鋼はまた伸びてくるんだとか。


 ちなみに手足や頭にも少し生えているが、あれは伸びないらしい。部分的に硬い皮、みたいな位置づけでいいのだろう。


 欠けた先から樹木になる水晶樹といい、実体のない陽炎という霧の魔物といい、本当に不思議な生態を持っているものだ。


 いや、まあ、魔鋼丸獣に限っては、わかりやすいけどね。

 要するに、人で言えば髪を切っても伸びてくるとか、爪を切っても伸びてくるとか、魔鋼はそういう位置づけなんだろう。


 なお、魔鋼のトゲが綺麗に生えそろっている魔鋼丸獣は、かなり強いらしい。

 丸くなって転がって体当たりしてくるため、体重の重さと防御力の高さがそのまま攻撃になるわけだ。しかも魔鋼という突起付きだし。


 今は不揃いだから、まともに転がることができないそうだが。


 ……なんかちょっと可愛そうだな。

 せっかく生えても搾取されちゃうわけだし。


 そりゃ人を見た瞬間から警戒し、敵視もするってものだ。





「行きます!」


 アロファが前に出て、魔鋼丸獣の気を引く。

 薄羽竜の動きさえ翻弄する身軽なアロファからすれば、陽炎や薄羽竜よりよっぽど楽な相手だろう。


 注目すべきは、やはり魔鋼の甲羅による防御の硬さだが――


「――セイ!」


 それより気になるのは、魔鋼を普通に斬り飛ばしているマヨイである。


 魔鋼丸獣の気が逸れている間に距離を詰め、剣の根元を魔鋼のトゲに当て、超速で振り抜く。

 リィンというかすかな金属音がしたと思えば、すでに魔鋼が宙を舞っているのだ。


 ……あの……この現象、普通に鉄を斬っている、という解釈でいいんですかね?


「――舞鶴、この辺も刈っていいかも」


「――仕事してくださいキーロ殿!」


 おっといかん。

 仕事するのは俺もだ。


 剣を抜きさえせずに、収穫時の魔鋼の位置を指示するキーロだが、あれはあれで必要な役割だと思うので、俺からは何も言わない。

 たぶんあのおっさんも普通にできると思うし。魔鋼斬り。


 それより俺の仕事だ。


 俺は、腰に吊るしている革袋に素早く矢尻を突っ込んで中の液体を付着させ、弓を引いた。

 狙いは鼻先、魔鋼の鱗に当たれば傷付けない。


 しっかり狙って放った一矢は、違わず魔鋼丸獣の鼻の近くにある鈍色の鱗に当たり、カツンと軽い音を立てて弾かれた。


  ギュウウウウウウウ!!!!!


 当たった直後に、魔鋼丸獣は悲鳴を上げながら前足で顔を擦りだした。


 さっきの開拓村で仕入れた……正確にはアロファが仕入れて俺に渡した革袋には、熊除けとは違うが、魔鋼丸獣の嫌いな臭いを発する液体が入っている。

 人間には身近な薬草に近いちょっと臭い程度だが、魔鋼丸獣はとても激しく嫌う。


 殺さない。

 傷つけない。

 魔鋼を採取するだけ。


 これらの縛りがある以上、取れる選択肢は「追っ払う」というのが楽である。


 魔鋼丸獣除けを使うとすぐに逃げるそうだが。

 しかし魔鋼を手当たり次第に狩りつくすのも良くないそうなので、遭遇したら魔鋼二本三本くらい取れれば上出来だそうだ。


 いわば特産品だからね。羊の毛、牛の乳的な。

 やりすぎれば却って収穫量が落ちてしまうのだろう。


 ……まあ、そもそもを言えば、魔鋼丸獣は何気にかなり強いらしいが。

 生半可な攻撃は全然通用しないし、転がれば移動も速いし。


 いざ弓で狩るとなれば、弓の火力で悩むこと請け合いの、典型的な硬い魔物と言えるだろう。





 二本ほど立派な魔鋼の棒をゲットしたところで、魔鋼丸獣は華麗に魔晶の森へと消えていった。


「――本当にいい腕してるねぇ、エイル君。こんなにも無駄撃ちしない弓使いって、軍人(おれら)の中にも少ないよ」


 アロファが「うほっ、この大きさと純度! これは高く売れる!」と、マヨイが斬り飛ばした魔鋼を抱いてはしゃいでいるのを横目に、キーロがそんなことを言ってきた。今撃った矢を拾い渡しながら。


「そういえば、大帝国には有名な弓の道場があるんですよね? なんて言ったかな……」


 ヨルゴ教官が言っていたけど、名前が出てこない。


「弓で有名と言えば、皆守(みなかみ)流かな」


「あ、それだ」


 そうそう、皆守流だ。そう言っていた。


「そこまでの腕がある君なら、道場に行ってもあまり得るものはなさそうだけど」


 どうだろうね。

 そもそも道場ってのに行ったことがないから、俺からはなんとも言えない。


「キーロ殿! 私はあなたの鋼鉄斬りが見たいんですけどね!」


 さっきキーロは剣を抜きもしなかったせいか、マヨイはご立腹である。


「まあまあいいじゃない。誰がやったって結果は一緒だよ」


 というかだ。


「鉄って斬れるものなの?」


 いや、斬れるんだろうけどさ。見てたし。

 尋常じゃない剣速と腕があればできるんだろうけどさ。


「鋼鉄斬りが大帝国軍人の採用試験でもあるからねぇ。この制服を着ている連中は全員できるはずだよ。ま、得手不得手はそれぞれあると思うけど」


 ……そりゃドラゴンの鱗も斬れますよね、って言うべきなんだろうか。どっちが硬いのか、斬りづらいのかは知らないけど。


「先人の教えの賜物だな。できるかどうかわからないことを努力するのと、できることを知っていて努力するのでは、努力に向ける意気込みが違う」


 それはわかる。

 何かをやり出す前に、それが可能か不可能かがわかっていれば、そりゃやる気も変わってくるだろう。


 ……つまり、できる人がいるから努力してできるようになりました、ってことか。鉄を斬るのが。その技術が後世に伝わっている、ということだ。


 俺だって師匠から狩りの技術を継いだ身だ。

 先人が考え辿り着き身に付けた知恵や技を、当然のように使っているけど、並々ならぬ努力がたくさんあったことくらいはすぐに想像できる。


「まあとにかくあれだ」


 話がまとまったようなまとまってないような感じだが、キーロが無理やりまとめた。


「即席にしてはいいチームだ。幸先よく大当たりも引けたし、エイル君の腕も確かなようだし、これからは効率よく狩りを進められそうだ」


 うん、まあ、そうですね。





 こうして、猫屋敷建設の夢に向けた金策サイクルが、数日に渡り行われるのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 最低でも斬鉄が出来る軍人からしかいない国とか恐ろしすぎる…
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