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315.メガネ君、ソバを食べて狩りに行く





「我々は三巡目ですか。少し休憩できそうですね」


「そうだね」


 受付を済ませたマヨイとキーロの会話はよくわからないが、まあ、俺がわかる必要はないだろう。


 道中で軽い打ち合わせは済ませている。

 あとは実戦ですり合わせて、最適な行動が取れればいいだろう。


「――馬車を預かります」


 受付の傍に控えていた、いかにも村人って感じの素朴なおっさんが、俺たちが乗ってきた馬車を運んでいった。

 たぶんあの馬も馬車も大帝国が所持しているのだろう。


「アロファさん、エイル君。もう昼だし、軽く腹に入れとこうか」


 あ、昼飯か。

 朝が早かったから適当に干し肉をかじっただけだし、言われてみれば、確かに腹は減っている。


 でも今から狩りに行くとなると、あまり食べるのは良くないと思うが……なんて愚問か。


 軍人だし、言わばこの人たちは俺より戦闘のプロだもんな。

 その辺を踏まえた上での発言だろう。


「蕎麦でいいかい? ここの蕎麦屋はうまいんだ。それに温まるよ」


 ソバ?





 カウンターのみという小さな屋台は、まさかの椅子なしの立ち食いというスタイルだった。


 キーロが指差した先は、受付のすぐ近くにあった屋台である。

 少し見ている間にも、ひっきりなしに軍人がやってきては麺のようなものをずるずるすすり、あっという間に完食して去っていく。

 

 なるほど、とにかく客の回転を早くするために、あえて椅子を置かないことにしているようだ。

 落ち着く場所ではなく、本当にただ腹を満たすためだけの場所にしているわけだ。潔いやり方である。


 これも一つの効率化を図った結果だろう。

 おばちゃん一人でやっているようなので、手間が増えると大変なんだろうね。


 食べたらすぐに去る、というのがマナーのようだ。

 空いたスペースに、キーロやマヨイ、アロファと、一人ずつ埋まっていくという形でどんどん入店していく。


 俺も素早く空いたスペースに混ざり――


「はい、お待ち」


 注文する必要もなく、そしてさほど待つこともなく、俺の前に湯気昇る大振りの器が出された。


 いわゆるスープパスタのようである。

 麺は灰色の細麺。透き通ったスープに山ほどの刻みネギ。あとよくわからない白いもの。なんだろうこれ。トウフじゃないよな?


 おっと。

 さっさと食わないとダメなんだよな。


 それも、音を気にせず麺をすすり込んでもいいらしい。

 音を立てて食べるのは品がないと俺は両親に教えられたけど、たぶんここでは許されるのだろう。


 だって隣の知らないおっさんとお兄さんの境目みたいないい歳の軍人も、ずるずると麺をすすってはスープをずずっと飲んでいるから。


 というか全員そういう食べ方してるから。

 これも文化の違いというやつだ。


 すっかり慣れたシュレンに貰ったハシを使い、まず熱そうな麺を口に運ぶ。


「……うまい」


 大帝国の食事には少し触れたが、これはまた未知の味だ。


 いや、風味は知っている気がする。

 この感じは、たぶん食べたことはある味だ。ただなんなのかはわからない。

 

 スープの味をじっくり味わってみる。

 あまり馴染みはないはずだが、すっきりと甘く優しい。冬の空気に凍えた身体に染みわたる優しい口当たりは嚥下する喉までおいしさが広がる。


 うーん、なんだろう。

 スープの原料がなんなのかわからない。


 でも、うまい。


 それに動物性の肉や脂がまったくないせいか、かなり軽い感じがする。これなら運動の前に軽く食べるには丁度いいかもしれない。

 冬場に食べる分には確かに温まるし。


 ――おっと、だからまずいって。


 明らかに俺だけ食べるスピードが遅い。

 隣にいた軍人が、いつの間にか知らない人になっていたし、なんならマヨイたちはすでに食べ終わろうとしている。


 味の分析は置いといて、まず腹に納めてしまおう。





 ソバを食べ終わった後、受付近くにある扉のない平屋に入る。

 ここは出発前の待ち合わせ場所、あるいは待機場所なんだと思う。


 やはりここも軍人たちが多い。

 と思えば、冒険者もいるようだ。

 ……ああ、まあ、傍目には俺やアロファもある意味冒険者の体ではあるのか。


 食休みがてら座り、最後の打ち合わせをする。


 ちなみに、俺は先に宿に寄るかと思っていたのだが。

 村にやってきて受付を済ませて軽く食事したその足で、このまま狩場に直行するらしい。


 だってほら、荷物を預けたりとか、あるだろうしね。


 しかし、そもそも物資は現地で入手できるし寝床もあるということで、最低限の荷物しか持ってきていないから、預ける荷物がない。

 強いて言うなら、俺の荷物はすべて狩りに使うものだけだ。


 俺はそういう感じだが……マヨイとキーロはほぼ手ぶらだし、アロファも俺と似たようなもので背負い袋は小さい。

 

 というわけで、本当にこのまま狩場に直行するらしい。

 まあ別にいいけどね。


 まず、狩りは時間が決まっているらしい。

 正確に言うと、狩場にいられる時間、かな。


 魔晶の森は魔物が多いので、探すまでもなく遭遇する。

 だから探索と移動の時間がかなり省略される。普通の狩りとはかなり異なるようなのだ。


 と同時に、魔物がかなり強いそうだ。


 ――要するに、短時間だけ全力で戦う、というやり方が確立されている。


 さっき言っていた「三巡」というのは、森に入る順番だ。

 みんな制限時間で動いていて、自分たちの順番が来るまで待っているのだ。



 常に後続が控えているので、後先考えずただ目の前の魔物に集中し、危ないと思えば引けばいい、という考え方になっているようだ。


 制限時間いっぱい戦ってもいいし、これ以上は無理だと思えば引けばいい。

 そういうことだ。


 ちなみに勝手に森に入るのは、禁止とまでは言わないが、推奨されていない。

 獲物の奪い合いになったらかなり揉めるので、相当面倒臭いことになるらしい。


  ドォン!


 近くにある物見櫓にある太鼓が鳴った。

 これが、交代の合図だ。


 合図と同時に、隣のテーブルにいた軍人三人が立ち上がり、森に走っていく。……ああよかった。さっきからやる気が逸っていたのか殺気が漏れてて怖かったんだよね。


「若いねぇ」


 キーロのおっさんが煙草をくゆらせながらつぶやく。


「エイル君は落ち着いたもんだね」


 そりゃそうだ。


「俺は前に出ませんから」


 役割分担の打ち合わせは済んでいる。


 弓使いの俺は前に出る予定はない。

 つまり一番安全である。危険だと思えば逃げてもいいとも言われているし。気が逸る理由もないし。


 ――まあ、気が抜けているのは論外だが、気負い過ぎるのも良くないからね。俺の場合は平常心が一番大事ってだけだ。


「我々は次だな。キーロ殿、そろそろ煙草を消してください」


「はいはい。舞鶴は真面目だねぇ」


 いよいよ出番らしい。


 ――次の太鼓の音が空に響く。


「行こうか」


 気負いなく……というか、傍目には気が抜けているようにさえ見えるキーロがぬるりと立ち上がった。


 大丈夫かこのおっさん、という気もしないでもないが――


 この歳でなお翠の軍服を着て現役である以上、やはりただの俺の杞憂なのだろう。






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