314.メガネ君、絶望に蓋をして
なんてことだ――という絶望的な思いには、いったん蓋をしておく。
どうやら召喚魔法を手に入れるには、とんでもない障害が立ちはだかるようだが……今は目前の狩りのことだけ考えよう。
「――とまあ、こんなところかね」
結構な速さで進む馬車の中、マヨイの上司であるキーロ・フルスバイトから、これからの流れについて簡単に説明があった。
そのついでに、召喚魔法についても聞いてみたが……
正直、これ以上はまずいと、本能的に察した。
だらけている疲れたおっさん、という体であるキーロというこの中年男性は、案の定というか当然というか、見た目通りの人ではなさそうだ。
いや、大帝国軍人の制服を着ている以上、「むしろ普通であるわけがない」と解釈した方が正しいんだろうね。
力なくへらへらしながら「召喚魔法のこと、気になるかい?」と聞かれて、なんとなくまずい気がして「初めて見ましたので」とさりげなく引いたのだが……
おっさんに「召喚魔法のことを探っている」と思われた時点で、色々とまずいことになる気がしたのだ。
おっさんの反応がないので正解かどうかはわからないが――引いて正解だったかもしれない、と。俺の勘は言っている。
――まあいい。
情報なら、それこそ厄介な大帝国軍人以外から引き出せばいいのだ。
わざわざ危険な相手を選んで聞き込みする理由はない。
それより、これからのことだ。
まず、今回の出発に関して。
俺やアロファはともかく、マヨイとキーロは、言わば兵士である。
こんな急に街を離れたり、兵士としての仕事を休んでもいいのか、と聞いたところ。
大帝国では「実務実戦訓練休暇」というものに当たるそうだ。
軍人ならば年に決められた日数取らなければならない、実戦訓練をするための義務的有給訓練休暇、という制度によるものだとかなんとか。
要するに、義務で決まっている訓練をするための有給を取りましたよ、ってことだ。
細々決まりはあるそうだが、基本的に上司が監視がてら同行する形となるので、このキーロのおっさんも参加したそうだ。
「――俺としては若いもんだけではしゃいでほしいんだけどねぇ。煙草いいかな?」
だそうだ。
ちなみに煙草は自重してもらった。
アロファは「猫ちゃんが臭いを嫌がるから」と。俺も単純に猫に嫌われたくないし臭いも嫌いだから。
次に、狙う獲物に関して。
そしてその情報を元に、それぞれができること、隊列、連携などを相談し――
「――キーロ殿、そろそろ降りる準備をお願いします」
ずっと御者をしていたマヨイが声を掛けてきた。
なんだかんだ話が途切れることなく続いている間に、目的地に到着してしまったようだ。
うーん……おっさんののんびり話をするペースが、俺とアロファに合っていたのかもしれない。多少話も脱線したりしてね。
「――お、もう到着か。いやあ、若者と話してるとあっという間に時間が過ぎるなぁ」
キーロがそんないい加減なことを言いながら、俺とアロファに「六 ぬ」と書かれた青い腕章を差し出してくる。
「どっか服の見えるところに付けといて。村での身分証代わりだから」
――開拓村に到着したのは、昼過ぎのことだった。
ここが開拓村か。
…………
うん、めちゃくちゃ活気のある村、って感じだ。
というか、活気だけ見れば村じゃないかもしれない。
まず耳に入るのは、いくつもの金属を叩く賑わいの音。
平屋の家が点々とある程度で、村としての規模はさほどでもないと思うけど、その割には鍛冶場が大きく取られているようだ。
ここが最前線と考えるなら、武具の手入れや購入に至るまで、ここで間に合わせる必要があるからだろう。
人がいるだけでもダメで、また武具があるだけでもダメだから。
最前線を踏ん張るなら、どちらも両立しなければならない。
その結果、人はともかく、武具の供給が止まることはない、ということだ。
次に人だが――これもすごい。
武具を扱う人であるところの大帝国軍人や、見るからに冒険者って感じの連中がうろうろしているのは当然として。
その彼ら相手に商売をしている露店の数がすごい。
十や二十では利かないほどだ。
――馬車内で聞いたキーロの話に寄ると、ここで荷をさばいて魔物の素材を積み街に持っていく、というのが一般的とも言える商売のサイクルになっているとか。
まあ、どう見ても、俺の故郷のような寂れた村とは大違い、というのは確かなようである。
というか、俺の村を基準にするなら、ここはもう村とは言えないと思う。
「お、まず一杯」
「駄目です。着任報告が先です」
露店の前に粗末なテーブルを置いているだけの酒場へ行こうとするキーロをマヨイが阻止しつつ、二人の先導で俺とアロファも続く。……着任報告って言ったな。有給扱いって話なのに。
マヨイやキーロの知り合いらしき、擦れ違う軍人たちが敬礼や帽子を上げる等の挨拶をしてくる中、それに返しつつ進み――一つの平屋に辿り着く。
正確には、平屋の入り口に広げたテーブルだ。
街で見た軍人とは違う作りの軍服を着ている受付嬢に歩み寄る。
「御免。第四師団の者ですが、着任報告に来ました」
マヨイが挨拶すると、
「ご苦労様です」
受付嬢がそう応え……さすがにその先はキーロのおっさんが何やら記入した。だよね。立場で言えば俺たち四人の代表はこの人だよね。
……にしてもだ。
「話には聞いてたけど、すごいね」
受付の平屋から先は、未開拓の地が……人の手の入っていない森がある。
――ただの未開拓地なら俺も入ったことはあるが、ここは規模も程度も困難の度合いも違う。
「エイルさんは、魔水晶を見るのは初めてなんですよね?」
アロファの問いに頷く。
「近くで見るともっとすごいんだろうね」
ここはかつては、人が済むには過酷すぎると言われた土地である。
その原因の一旦は、確実に、あの森にある。
――魔晶の森。
魔水晶でできた大木がそびえる、生物の生きることを禁じたかのような、緑の恵みのない森。
ここから視ればだいぶ遠くではあるが、確かに見える樹木の色は水晶のようで、空より浴びる光を受けて真っ白に輝いていた。




