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302.メガネ君、少しだけ手を伸ばす





「明日だ。明日の朝、出発する」


 シカを仕留める、防寒具を買うという一応の準備が終わった翌日。

 今日の座学の講師だったヨルゴ教官に、教室を出たところでそれだけ告げられた。


 明日出発、か。

 一昨日の夜に「数日後に大帝国へ向かう」とは聞いていたが……こんなに早いとは思いもよらなかった。


 まあ、拒否権のない定められた用件である以上、さっさと済ませてしまいたいのは確かだ。

 俺だって、急な呼び出しの理由はとても気になっているし。監視されるのも疲れるし。一刻も早く邪神像 (真)を返却したいし。


「明日? なんかあんのか?」


 たまたま横にいたハリアタンが聞いてきたが、すでに背を向けて歩き出しているヨルゴ教官同様、俺も適当に「さあ?」と流しておいた。


 ――さて。


 一階に降りてきた。

 暗殺者チームの皆も、すでにやってきている。


 今日は俺とセリエが料理当番なので、皆の食事を用意しなければならない。

 というかみんなもう待ってるし、早く作らないと。


「早く火を入れろ。早く」

 

 当番でもないのに台所に入り浸る料理人ベルジュ監修の下、朝から仕込みをしている大鍋を火に掛ける。


「灰汁は朝取ったから、もう取らなくていい。あまり取り過ぎると旨味まで奪ってしまう」


 はいはい。


「セリエは手際が悪いな。野菜はこう剥け。こうだ。――こうだ。こう、ちゃんと見ろ、こうだ。包丁を動かすのではなく、持っている手を動かしてこうだ。……こうだと言ってるだろ! 見ろ! このようにやれ!」


 うるさいなぁ……

 でも、うるさいけど間違っちゃいないし、実際言われた通りにすればうまい飯にありつけるので文句も言えない。


 ……しかし、あのセリエがちょっとイラッとした顔をしているのは、なかなか珍しい気がする。


「ベルジュ。なんか一品作ってよ」


「お、そうか? じゃあ作るか」


 ――彼を黙らせるためには、料理をさせるのが一番である。


 散々口を出して面倒を見ていたセリエをほったらかしにし、ベルジュはいそいそと階下の食糧庫へと向かっていった。……本当にブレないなぁ。


「手伝うよ」


 邪魔者がいた場所――セリエの隣に立ち、野菜を手に取る。これらは夕飯の仕込みになる。


 昼はだいたいスープとパン。

 そしてほぼ毎日ベルジュの「趣味の一品」が付く、というのが定番となっていた。


 午後からは各々訓練があるので、あまり重いものは入れない方がいいという意見があったので、こういう形で落ち着いた。

 ここでの生活の本分は、やはり訓練と課題だからね。


 あまり手間暇かかった料理までは誰も求めないし、誰からも求められない。

 たとえ失敗料理でも食べられれば食べるしね。

 食材ももったいないし。


 例外はベルジュくらいだ。


「スープはいいんですか?」


「あとは煮るだけだから」


 ベルジュが考案したスープのレシピがベースになっている。


 拾ってきた海藻と、前日に出た野菜くず、肉の切れ端、魚のあらや獣の骨などと一緒に煮立てたものに具材を投入したスープは、煮込みと灰汁取りに時間は掛かっているが、作り方自体は簡単なものである。


 これがすごくうまいんだよね。

 後を引く味というか、もはや完全にくせになっている。


 それに、料理が苦手、下手って候補生もいるけど、これは簡単なだけに大きな失敗がない、というのも嬉しい。

 完成品に調味料を振ればまた違う味わいになるのも、飽きが来ないのでいい。


 そして口うるさいベルジュが口うるさく口出しするのを許容し、誰もが彼の口うるささを我慢できる理由でもある。

 あのスープは、彼がそこそこ試行錯誤して完成させたものだから。製作者として譲れないこだわりもあるのだろう。


 ――まあ、料理はさておき。


「セリエ、魔法陣について少し教えてもらいたいんだけど」


「はい?」


 俺の発言は相当意外だったのだろう。セリエは手を止めてまじまじと俺を見る。


「魔法陣について、と言いますと……種類のことですか?」


「それは前に聞いたからいいよ」


 暗殺者の村にいる時に、魔法陣とはどんなもので、どんな効果があるのかを教えてもらったことがある。


 セリエ自身の切り札になるような強力なものは教えてもらっていないとは思うが、それは仕方ないとして。

 だが、ずっと興味はあったのだ。


 特に、先日の馬車襲撃事件で見た魔法陣――「落とし穴」と「重量で発動」は、とても魅力的に見えた。

 これはぜひ欲しいな、と思ったのだ。きっと使い道はたくさんある。


 今まではほかのこと……「ほかの素養」の試行と模索に忙しかったが、少し落ち着いてきたのだ。

 ブラインの塔に来てからは行動範囲も狭くなったので、「新しい素養」を登録する機会がなかった、というのもあるのだろう。


 「前の素養」の試行が終わる前に「新しい素養」が入ってくるので、本当に手が回らなかったのだが。


 でも、今なら、落ち着いている。

 新しいものを受け入れる態勢が、できている。


 これまで魔法方面は、全然手付かずだった。

 でも、今なら手を伸ばしても、対応できると思う。


「じゃあ……使い方とか、ですか?」


「うん。この前の『落とし穴』とか、使えるなら覚えてみたい。あんまり難しくないって言ってたでしょ?」


「あ、はい。あれは『一時的な物質の圧縮』なので設置する場所は選びますが、それ自体は難しくないですよ。魔法陣としては初歩の初歩です」


 俺が再現できる「素養」はオリジナルに大きく劣るので、きっと俺が使うには初歩の初歩くらいでちょうどいいと思う。


 というか、そんなに幅広く覚える気もないしね。

 一つ二つしっかり使えるものが習得できればそれでいい。ほかは「ほかの素養」で補えるだろうから。


 リオダインの魔法とも迷ったけど、優先して習得したいのはやはりこっちである。


 だって魔法陣は、設置したら単独で動く。

 もちろん任意発動もできるらしいが、「単独で動く」という事実が俺には重要なのだ。


 単独で発動するなら、一度設置してしまえば「素養」を切り替えても魔法陣は残る、ということだから。


 きっと「俺のメガネ」と相性がいいと思う。


「でもエイル君、魔法は……使えます?」


「たぶんね。がんばってみるよ」


 「君の素養」はすでに登録してあるからね、とは、さすがに言えない。





 昼食の後、セリエに初歩の魔法陣を教えてもらった。


 これで道中の空いた時間に訓練することができる。

 早めに、実戦に使えるくらいには、馴染ませておきたい。


 ――そして翌日、ヨルゴ教官の宣言通り、俺は大帝国へと向かうことになる。





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