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296.メガネ君、想定外に答えを知ってしまう





 ひとまず、「考える時間が欲しい」と言って、その場は解散してもらった。

 夜まで一人で考えさせてくれと言えば、割とすぐに解放された。


 実際、考えなければならない案件である。

 教官たちの上の人が動くような用事なら、絶対に冗談の類じゃないし、小さな問題や確認事項でもないだろう。


 それ相応の、非常に重要な用事なのだろう。


 なんでよりによって俺に、という感じではあるが……そんなことを言っていても何も始まらないし、終わらないからね。


 用事……あるいは、そうだな……


 俺にさせたいこと、とか?

 俺にしかできないこと、とか?


 …………


 ダメだ。

 身体の芯に残る疲労と不快さが気になって、今はゆっくり考えられるコンディションではない。


 とにかく今は、風呂に入って昼飯を食って休むことにしよう。

 夕方くらいに起きれば、夜まで考える時間もあるはずだ。


 ――よし、そうと決まれば一度部屋に戻ろう。




 考えることは一緒だったようで、塔の横にある小さな浴場スペースで、ハイドラとセリエに会ってしまった。


 彼女たちの手許を見れば、同じように着替えだのなんだのを持っている。


「――エイルに譲るわ」


 同じように着替えだのなんだのを持ってきた俺を見て、二人は俺が理由を察したようだ。


 そう、同じ用事だ。

 俺たちは風呂に用があるのだ。


「いいの?」


 二人からすれば、大きく遅れてきた俺である。

 彼女らを見た瞬間から、順番待ちを覚悟したのだが。


「私たちは待てないから。それにきっとマリオンも来るし。彼女も待てないと思うわ」


 気持ちはわかる。

 でも、だとすれば尚更、俺に順番を譲るのは矛盾しないだろうか。


「――孤児院のお風呂を借りようかって話をしていたんです。あそこなら広いし、二人や三人どころか、十人くらいは一緒に入れますから」


 あ、なるほど。


 こっちはギリギリ二人入れるかってくらいだけど、孤児院の風呂は広い。

 あそこなら一度に何人も入れる。


 待てない女子たちは、俺が来る前から、三人一緒に入る方法を取ろうとしていたわけか。


「じゃあ遠慮なく」


 孤児院に向かうハイドラとセリエを見送り、俺は塔の風呂を借りるのだった。





 ぬるめの湯にゆっくり浸かり、危うく寝落ちしかけたので上がることにする。


 どうやら思っている以上に疲れているようだ。

 休憩自体は取ってたんだけどな……やっぱり気が休まらないというのは、思っている以上に負担が大きいのかもしれない。


 新しい下着と服を着けて塔に戻ると、昼食の時間となっていた。


「――誰が話してくれんだよ」


 ハリアタン、ぼやいてもダメだ。俺は飯食って寝るから。


 どうやら皆、まだハイドラたちから聞いていないようだ。

 馬車を襲った話を聞きたがる皆に「ハイドラに聞いて」と、用事をたらい回しにしておく。これは責任者の責任である。絶対に。


 久々の面々に話や挨拶もそこそこに、飯を食って早々に部屋に引っ込んだ。――傍目にも多少は疲れて見えていたのかもしれない。割と簡単に逃がしてくれた。


 さて寝ようか、と狭い部屋の狭いベッドに寝転び――違和感を感じて身を起こす。


「……ない」


 いつも寝る時に、手で触ってちゃんとあることを確認するのだが……


 感じるはずの厚み(・・)がなくなっていることに、違和感を覚えた。


 シーツの下に隠しておいた手紙が、ない。

 正確には、封筒はあるが中身がない。


 …………


 しばらく中身の消えた封筒を見て、ふと立ち上がり部屋を出る、と――


「……」


 目の前にソリチカ教官が立っていた。


 そこにいるとは思わなかったけど。

 でも、そこにいても不思議じゃないとは思うので、特に驚くことなく受け入れる。


 いや、むしろ「腑に落ちた」と表した方が正確だろうか。


「……」


 手に持ったままだった封筒を見せると、彼女は頷いた。


 ――そうか。ソリチカ教官が触ったのか。


「中へ」


 どうやらこの話は、夜まで待たず、今すぐしておくべきのようだ。





「――謝るよ。勝手に部屋に入ったことも、私物に触ったことも」


 いや。


「今回は仕方ないと思うから、気にしないでいいです」


 何せ、ワイズから問い合わせがあったのだ。


 俺に何があったのか。

 俺が何をしたのか。

 なんの理由で連れて来いと言うのか。


 教官たちの立場上、調べずにはいられなかったのだろう。

 だから部屋に入ったのだ。


 他国の間者という疑いが掛かっているかもしれないし、どこぞの組織と通じていて暗殺者の内情を漏らしている疑いもあっただろう。


 というか、今も疑惑は掛かっていると思う。


 はっきり言って、俺は怪しいのだろう。

 俺としては、心当たりはまったくないのだが。


 でも、今自分が疑われる立場にあることは、わかる。


 ソリチカはいつも通りぼんやり俺を見ているだけだが、心中は割と揺れているんじゃなかろうか。


 簡単に言うと、弟子がまさかの裏切り者かも、なんて状況だからね。


 だからこそ調べたのだろうし、恐らくは――俺の動向を見張るためにも、ソリチカ教官は部屋の前にいたんだと思う。


 あの手紙が紛失したことを知って、俺がどう動くのかを、しっかり見極めるために。

 即座に逃げるつもりなら、それこそ鉢合わせしていただろう。


 ――それに、あれは誤解を生みそうな手紙ではあるから、仕方ないと思う。

 

「手紙を見ましたか?」


「いえ」


 だからか。


「ソリチカ教官なら見られるかなって思ったんですが」


「あの仕掛けは、事前に知っておかないと無理」


 そうか。


 …………


 うん。じゃあ、話すか。


「あれは、クロズハイトの娼館街を牛耳る、アディーロ支配人から貰った手紙なんです」


「……ん?」


 どうやら予想外だったようだ。


 まあ、そうだろうね。

 あの手紙の仕掛けからして、完全に裏切り者にしか思えなかっただろうから。


「あれはアディーロ支配人と個人的に約束して書いて貰った、『彼女の素養』について書かれていた手紙なんです」


 何度も読み返したから、もう内容を諳んじられるくらいしっかり憶えている。


 まあ、長々話すのはアディーロばあさんにも悪いから、言わないけど。


「手紙に書いてありました。

 これには仕掛けがしてあって、俺以外の人が手紙を見たら、燃えてなくなるようになっている、と」


 だから俺以外であるソリチカ教官はその仕掛けに引っかかり、手紙を紛失したのだ。


 手紙は盗まれたわけではない。

 なくなったのだ。

 文字通りに。


 ――さて。


 もし裏切りの疑惑が掛かっている者が、そんな情報漏洩を絶対に防ぐような仕掛けのある手紙を持っていたら、どう思うだろう。


 普通に考えれば、疑惑はより深まる、というものである。

 軽率な者なら断定さえするだろう。


「じゃあエイルは、『アディーロの素養』を知っているの?」


 それがまた微妙なのだ。


「特徴しか書いてませんでした。『素養の名前』もなかったし、具体的なことは何も」


 だから何度も読み返し、必死に情報を読み解こうとした。

 どんな「素養」なのかひたすら考えたのだ。


 結論は、まあ、当然出ていないけど。

 だって正解に辿り着ける情報は、手紙にはなかったから。


「ちなみにエイルは、『どういう素養』だと判断した?」


 うん……


「まだしっくり来てないんですが、恐らくは『いくつかの側面を持つ素養』かと。

 それも、たぶん『視る』ことに関わるものかな、と」


 つまり「俺のメガネ」のように、「情報を視る」ことができて、また他にいくつかできることがある「情報系の素養」だと思う。


 それ以上のことは考えようがないから、なんとも言えない。


「――『複神眼』」


 …………


「『アディーロの素養』は『複神眼』っていってね。いくつもの種類の『魔眼』を一時的に使用することができる、情報系に特化した『視る素養』だよ。


 別名『三千世界の眼』。簡単に言うと『いくつもの魔眼を使う素養』」


 ……えぇ……


「知ってたんですか……」


 俺がずっと知りたかったことを、こんなにも簡単に話すなんて……


「私たちは、クロズハイトにいる目立つ者の『素養』は、全員把握しているから。


 ――ちなみに手紙の消失は『契機眼』……『約束の魔眼』だね」


 そ、そうなんだ……


 うん…………


 …………


 意外な形で答えを知っちゃったなぁ。






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― 新着の感想 ―
[一言] じゃあ知った上で婆さんのとこ行けばコピーできますね
[一言] 結局素養教えてくれてないんかーい
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