293.それぞれの今 5
「しかし見つかるもんだな。私なんかはさっさと諦めろって感じだったけど」
セヴィアローは、追加されてきた肉をばくばく食べつつぐいぐい酒を飲みながら、そんなことを言う。
「盗難に遭ったそうですね。栄光街の屋敷が襲われて」
「ああ。私も詳しくは知らないが、しこたま貯めこんだ隠し部屋が見つかってごっそりやられたんだってよ。一時は本当に家が傾いたらしい」
その辺のことは、もしかしたらハイドラの方が詳しいかもしれない。
大小の差はあれど、それに関わった者がブラインの塔にいるくらいだから。
リストを渡されて「探してくれ」と言われたものの、その辺の裏事情は、お宝を探す段階で判明した。
そして、調査を進めれば嫌でもわかってくる。
「で、格安で売られ街中に広がって大騒ぎになったんですよね」
何せ紅龍石の指輪が、適正価格から言えばはした金程度で店に並ぶ、そんな事態になっていた。
店の者に話を聞けば、それでも仕入れ値の倍額以上の価格設定だと言うのだから驚きだ。
向こうは「ガラクタを買い取った」くらいにしか思っていなかったのだ。
石の大きさといい状態といいリングの細工といい、紛れもなく一級品。
かのカボット作であると言われて納得できるほどに。
あれほどの逸品となれば、あれ一つで屋敷が建つほどの価値があるだろう。
それが、はした金で売られていたのだ。
恐ろしい街である。
――まあ、この話がハイドラに回ってきたことにも、驚いたが。
今回のこの盗品回収の仕事は、簡単に言えば、孤児院の院長の紹介である。
「娼館街の支配人が、調査の得意な人を貸してほしいと言っている。行ってくれないか」と言われて、ハイドラが対応したのだ。
まさか院長が、ハイドラの父親のことまで話しているとは思わなかったが……まあ、ハイドラ本人にさえ真偽がわからない情報が漏れたところで、大した問題もない。
「この街には、宝石より今日の飯が大事って奴も多いからな。宝石は食えないし、奪われれば傷つくこともある。人によっては厄介事の種でしかないのさ」
そんなものだろうか。
……まあ、求めない者からすれば、そんなものか。
確かにお宝は、食い物に交換することはできても、煮ても焼いてもそれ自体は食べられないものだから。
渡す物も渡したし、用事は済んだ。
長く一緒にいてもいいことはないので、ハイドラはもう席を立つことにした。
「ではこれで」と立ち上がろうとしたところで、「まあ待て」と止められたが。
「今後の方針を聞いておきたい」
「方針?」
「あと二つ、クロズハイトで見つかりそうなんだよな?
私としては、その二つが見つかったら契約完了としてもいいと思うんだが、探している本人からしたらどうしたい?」
確かに、ここから先の調査は難航を極めるだろう。
せめて盗品が出回り始めてすぐに動いていれば、全部探し出すこともできたかもしれない。
――調査したところによると、リッセが回収に当たっていたようだ。
決して悪くはない回収率だったとは思うが――ハイドラから言わせると「正攻法すぎる」という感じだ。
あんなにも正面から当たるだけの調査では、時間と金が掛かりすぎる。
ハイドラは、一応立てていた計画を話してみた。
「この街の外交は、大帝国が主のようです。少なくとも調査期間中に出入りがあったのは、大帝国方面ばかりでした。
だとすれば、盗品が流れたとすれば大帝国へ行っている可能性は非常に高い」
魔道具辺りならどこへ流れるかわからないが、いくら価値があろうとお宝はお宝でしかない。
それに価値を見出す者は、やはり貴族や王族か、その辺の「身を飾るのが仕事の内の金持ち」が多い。
次点で成金の商人辺りとなるが、まあそれこそ調査次第である。
大事なのは、流れ着く先が限られること。
ある程度絞られるのであれば、探すのはそんなに難しくはない。
それに、盗まれたのはたかだか数ヵ月前である。
そこまで遠くには行っていないだろう。
――もし大帝国方面以外に行っていれば、お手上げだが。
輸入輸出の馬車は追えるが、さすがに街の出入りを確認できていない旅人は追えない。
「実は少々用事があり、大帝国方面に行くつもりだったんですが、それは叶わなかったんです」
そう、大帝国へ行く計画は立ち消えした。
――ハイドラは、ゼット健在を見せるあの馬車襲撃事件で、コードたちをそそのかして二つ目の仕事を入れ、大帝国まで行くつもりだった。
あそこまで行けば、大帝国は目と鼻の先だ。
最寄りの街でゼット方面の仕事をしつつ盗品回収の調査をするつもりだった。
そこで見つかるようなら、単独行動で回収しよう、と思っていたのだが。
惜しむらくは、コードが引き際の線引きをしっかりしたことだ。
あそこまできっぱり「君がしたいだけだろ」などと言われては、そそのかすのは不可能だった。
裏があることに確信があって言ったのか、それとも単にそう見えただけなのか。
どっちであったにしろ、あの状況で更に進言は無理と判断した。
「次に行く予定は立っていませんが、せっかくこうして仕事を任せていただいているのですから、できるだけのことはしたいですね」
「わかった。期待しないで気長に待つよう支配人には言っておく」
「お願いします」
と、ハイドラは今度こそ席を立った。
「『選定眼の支配人』によろしくお伝えください」
「わかった。『圧潰膨裂の女』がそう言っていたと伝えるよ」
ハイドラは盗賊である。
先祖代々、凄腕の盗賊として続いてきた家系に生まれた女児で、現在すでに盗賊である。
物心ついた頃から孤児だったので、出生関係のことは詳しくはわからない。
元々ナスティアラ王国系列の孤児院にいたハイドラは、そこで自然と暗殺者の育成を受けて育ち、「選定の儀式」の後に少しだけ親のことを聞かされた。
曰く、父方が代々続く盗賊の家系だったこと。
曰く、盗賊として育ち暗躍していた父親が、ナスティアラ王国の暗殺者である母親に惚れ込み、ハイドラが生まれたこと。
曰く、なんだかんだあったようだが、両親ともに生きていること。
――十歳の頃、「圧潰膨裂の素養」を授かったことで教えられたことである。
ハイドラが盗賊稼業に傾倒し始めたのは、それからだ。
特に生きる目的もなく、ただ目の前の課題や困難をクリアしてきただけの彼女は、古今東西のあらゆる盗賊のことを調べ出した。
盗賊稼業に必要な一通りの技術を習得するのに、大した時間はいらなかった。
まさに憑りつかれたように、盗賊に関するあらゆることを学んできた。
――いや、憑りつかれたのではなく、代々受け継いできた魂が囁いていたのだろう。
盗賊になれ、と。
まあ、両親の情報が本当だったら、の話だが。
それから数年を経て。
それなりに仕事もこなし、いっぱしの盗賊となったハイドラは、暗殺者育成教室に誘われてブラインの塔へやってきた。
とりあえず、大きな目標としては自分の両親を探すことだが……
今更会ってどうする、という気持ちもあるので、あまり気にしていない。
盗賊のことがなくても、まだ見ぬ両親の夢を見るのは、割と早めに卒業したから。
用事を終えたハイドラは、少し酒は入ったもののしっかりした足取りで、孤児院へと向かっている。
(……やっぱりマリオンとエイルは欲しいわね)
などと考えながら。
マリオンの「形態模写」は、仕事の幅が倍以上に広がる可能性があるし。
エイルの「未だよくわからない素養」は、とにかく状況に合わせた柔軟性が高い使い方ができることはわかっている。
意外と接近戦も強いし、底知れない何かを感じざるを得ない。
ハイドラの大きな目標は、どこかで生きているという両親を探すこと。
――だが、目下の目標は、自分の盗賊団を作ること。




