289.それぞれの今 1
2019/02/08 誤字を修正しました。
「――行くぞホルン! しくじんじゃねえぞぉ!!」
「――いつでもいいぞゼット! それと腹減った!」
「――俺もだぁ!! さっさと終わらせて浴びるほど酒飲んで肉食って寝るぜぇ!」
「――何肉がいい!? ねえ何肉がいい!?」
戦闘開始から優に半日以上。
朝早くから始まった討伐の仕事なのに、もう夜である。
ナスティアラ王国トップクラスの冒険者チーム「夜明けの黒鳥」の四人と臨時の一人は、忘郷の森の奥地を訪れていた。
標的は、足長竜の群れ。
目的は、討伐。
何頭いるかはわからないが、狩った数はすでに二十頭は超えていて、ボスを含めた四頭ほどが残っている状態だ。
ようやく追い詰めた、というところである。
陽も落ちて薄暗い――だが広い範囲に光が差し込む森の中、「黒鳥」たちは、朝から今まで、ほぼずっと走りっぱなしである。
少しでも足を止めたら、すぐに囲まれてしまうからだ。
足長竜は、簡単に言えば野生の陸竜である。
王都ほか大きな街では大抵飼われている陸竜は、人や荷物を運搬するための家畜とされている。
それと種類は一緒、とは言われているが――しかし足長竜は野生に生きてきただけに、それぞれの個体差も大きく、また長所である脚力も飼われている種より発達している。
特に、この足長竜のボスは、ベテラン冒険者でも見たことがないほど体格がいい、大きな個体である。
頭も悪くないようで、仲間を殺されて怒り狂っているくせに、冷静に立ち回り、仲間と連携を取っている。
ドラゴン種からすれば小さいが、それでも伊達にドラゴン種ではないということだ。
木々の間を縫うように、複雑に走りながら獲物――人間を追い詰めてくる。
森は自分たちの狩場だと言わんばかりに。
いや、実際そうなのだろう。
しかし障害物の多い森だからこそ、「黒鳥」たちも生き延びている、とも言える。
単純な足の速さでも、数でも負けて、おまけに頑丈な鱗も食らいつけば噛み切れる牙もない人間だ。
むしろ開けた場所の方がきついだろう。
「――タイミングを合わせろ!」
森のどこかを走っている「黒鳥」のメンバーの一人・グロックが、大きな声で指示を飛ばす。
どうやら向こうの準備が整ったようだ。
「――俺とベロニカがボスの左右の奴を同時に殺る! アインは残りの一頭の足止め!」
ホルンとゼットを追って並走している四頭。
その中の一際大きな一頭が、グロックの声に反応し、走りながら首を巡らせている。
この「声」がした後は、確実に仲間が減っている。
さすがにもう学習したのだろう。
今まで食い散らかしてきた人間とは違う、と。
「――ゼット! ホルン! ボスは任せる!」
ようやく追い詰めたところである。
そして、ようやく決着が着きそうだ。
「――ねえ何肉!?」
「――うるせぇ! ……よし行くぜクソ野郎ぉ!!」
ボスの左右を走っていた二頭は、一頭はストンと静かに首が落ち、もう一頭は上から降ってきた男の槍に頭を貫かれた
それと同じタイミングで、ホルンとゼットを追いかけてきていた背後の一頭から重い衝撃音がし、悲鳴を上げて転んだ。
これでボスを守る仲間はいなくなった。
この瞬間を作るために、どれほど苦労したか。
――「内部爆発」を起こして加速したゼットは、一瞬でボスの目の前に移動し、
「てめぇの顔は見飽きたぜぇ!!」
急に仲間が殺られたことに動揺し、対応が追いつかないボスは、初めてゼットのこの速さについていくことができなかった。
真正面から猛スピードで突っ込んできたゼットの「魔鋼の足」による蹴りが、まともに横っ面にめり込んだ。
深く肉をえぐる金属の足に鱗が逆立ち、立派な牙が数本折れて飛ぶ。
勢いよく地面を転がる先に――「闇狩り」の光を宿した剣をぶら下げたホルンがいた。
「はい、おしまい」
――疲れた。
長い長い時間を掛けてしまった討伐依頼が、やっと終わった今、誰もがその一言に圧し潰されそうになっていた。
「……あぁくそぉ……何度も死ぬかと思ったぜぇ……」
さしものゼットも、ここまでの苦戦は久しぶりだった。
一対一ならいくらでも勝てる相手だ。
だが、群れるだけでこれほど厄介になるとは、考えもしなかった。
――特にあのボスだ。
「魔鋼喰い」全開のゼットの攻撃を、初めて回避した魔物である。
ゼットは足長竜と戦うのも初めてだったが、クロズハイト周辺には、あんなに動体視力のいい魔物はいなかった。
足長竜が、というよりは、やはりあの個体が特別だったとは思うが。
ほかの足長竜には通用していたから――ただし攻撃が成功した瞬間、三頭に襲われて「全身を魔鋼化」して緊急回避したが。
ほんの少し反応が遅れただけで、確実に死んでいただろう。
本当に恐ろしい相手だったと思う。
クロズハイト周辺では、群れる魔物は少ない。
大多数の魔物に囲まれる、という経験自体、あまりなかったのだ。
「おう、お疲れ」
グロックとベロニカがやってくる。――誰もがボロボロで、無傷な者などいない。
「おいおっさん、さすがに一時預かりのメンバーに、ここまでやらせるのは甘えすぎじゃねぇかぁ?」
文句も一つも言いたくなるのは当然である。
本当に何度も死にかけたゼットだから。
「バカ言うな。おまえが手っ取り早く稼がせろって言ったからだろうが」
しかしおっさんことグロックからは、それこそ「甘えんな」と言い返された気がする。
確かに言ったが。
それにしても、想像以上に桁違いのキツさである。
「馬車でも襲った方がよっぽど楽だぜぇ……」
「ん? 今なんと言った?」
「なんでもねぇ」
怖い眼帯の女に睨まれて、ゼットは目を逸らす。今はもう、ただただ休みたい。大好きな揉め事もいらない。
「矢がギリギリだったよ。危なかったねー」
かなりの量を持ってきたはずだが、アインリーセの矢はもう三本しか残っていない。
今回、ゼットが彼女の援護射撃で救われた回数は、片手じゃ足りない。
全員分を入れたら三十回は救ったかもしれない。
間違いなく凄腕である。
「お疲れ様」
この場で唯一元気なのは、夕方頃に駆け付けてくれた赤フードの女、副リーダー・アネモアである。
魔術師である彼女を、こんな乱戦じみた戦場に出すわけにはいかないので、遠くから魔法の光源を作ってもらうことだけ頼んだ。
もう夜である。
暗闇の中で戦闘続行は、さすがに無謀であることは、誰の目にも明らかだった。
森の上に、小さな太陽を浮かべてくれた。
おかげで昼のように、とまでは言わないまでも、しっかり地面が見える程度には薄ぼんやり見やすくなっている。
「ちょっと失礼」
と、彼女は一言断り、二回ほど一帯を照らしている太陽を点滅させた。
「これでいいわ。このまま少し休憩しましょう」
事前に打ち合わせした二回点滅の合図で、森の外で待機している仲間を呼んだのだ。
広い森を広範囲に走り回った。
仕留めた足長竜の場所もまちまちで、素材や魔核を回収するだけでも一苦労である。
もちろん持って帰る労力も相当だ。
見るからに疲弊しているメンバーは、このまま少し休憩し、少し体力を回復したら撤退である。
あとは、アネモアを含めた後発の仕事だ。
「――ねえねえ! 足長竜って食えるんだよね!? 食おうよ早く! 早く!」
いや、元気なのはもう一人いたようだ。
喉笛に深々と剣が生えたままのボスを引きずってきたホルンは、全員の「こいつなんなんだよ……」と言いたげな顔などものともせず、満面の笑顔だった。




