287.馬車襲撃事件 19
「へえ。そんなことが」
途中参加のエイルとシロカェロロに、改めて頭からの話を説明する。
あまり興味はなさそうだが。
きっと「まあ俺には関係ないな」と思っているのだろう。もしくは関わりたくないな、と。
色々と衝撃的だっただろう話を聞き終え、部下三人は一旦解散させた。
何か聞きたいことがあればまた来い、と言って。
疑問自体はなくなったかもしれないが、きちんと理解するには、やはり少し時間が必要だろう。
それも、一人で考えるような時間が。
部下たちが去り、改めて全員がテーブルに着いた。
ちなみに、真っ先にシロカェロロ不在の理由を告げると、すぐにコードが連れてきた。
今は少し離れたところで、どこで調達したのかわからない動物の骨をごりごり齧っている。犬感がすごい。
「よくそこまで嘘を吐き通しましたね」
誰もが思っていることをストレートに言うエイルに、みんながみんな苦笑いである。
「全員思ってるぜ」
吐き通した張本人のパチゼットが言う。やったおまえが言うな、という感じではあるが。
「あれって全部嘘なの?」
キーピックはそんなことを言いながら、ハイドラに視線を向ける。
「あの『悪夢収集家』の話とかも、でたらめ? 結構面白かったんだけど」
「『悪夢収集家』関連だけは本当」
「へえ!」
ちなみにブラインの塔で耳にした座学でも、ここまで突っ込んだ内容ではなかった。
なので魔物狩りチームのエイルは当然として、暗殺者チームも初耳の話だったりする。
「それより、下地はできたと思っていいんじゃない?」
「そうだな」
下地。
それは、パチゼットが再び姿を消すための理由付けである。
恐らくパチゼット自身も、この方向になるように嘘を積み上げてきた。
そしてそれを察知したハイドラも、その行為が必然であることを裏付けるような話をした。
ゼットは記憶を探すために、再びクロズハイトを去る。
そのための布石である。
そしてもし本物が戻ったら、「記憶が戻ったら、記憶がなかった間のことを忘れた」ことにすればいいのだ。
これでパチゼットの存在を消して、終わりである。
――あくまでも助っ人であるパチゼットなので、あまり長くコードたちに拘束されるわけにはいかない。
パチゼット――マリオンの本音からしても、やはりブラインの塔での生活が優先だ。
少し手を貸すだけならまだしも、これが一ヵ月以上も続くとなると、さすがに無理だ。
そしてそれはハイドラたちも同じである。
「所詮他人だから、ずっとこのまま演じるってのも、きっとどこかで無理が出る。あとはちょくちょく顔を見せる程度でいいと思うけど、どうだ?」
パチゼットがコードに言うと、
「うん。もしもの時はまた頼みたいけど、ひとまずはこれでいいと思う」
彼も頷いた。
とりあえず、当初の目的である「ゼット不在を否定する」という目的は達成した。
馬車襲撃に関しても、多少の問題はあったものの、怪我人が出ることなく完了することができた。
申し分ない結果である。
「私はとしては、もう一仕事してもいいと思っていたけれど。ゼット健在を強調するために」
「それも悪くないと思うけど、でも君――」
ハイドラの言葉に、コードは若干冷めた視線を向けた。
「――それ君がやりたいだけだろ? 半分、いや、七割くらいは」
「…………」
その指摘に、ハイドラは無言でにっこりである。まあまあ図星だったらしい。
「今のところ、これ以上はいらないかな」
色々と考えた結果、コードが出した結論はそんなものだった。
ハイドラの「次の仕事の予定」は却下だ。
いや、あるいは、延期と言った方が正確か。
またパチゼットが必要な時は、それをやることになるかもしれないから。
「あとはあの三人のことだ」
彼らには裏切り者の容疑が掛かっている。
「――ちょっといいですか」
と、エイルが小さく挙手した。
「ギランさんは違いますよ。彼は裏切り者ではありません」
「理由は?」
「彼は私に、『私たちを見張っている』と面と向かって言ったからです。裏切るつもりなら余計なことは言わない」
エイルは、馬車を止める段差の罠を設置した際、もう一つの罠も仕掛けたことを話した。
もしもの時、前に馬車の護衛、後ろに増援の敵と来て、挟み撃ちになったらシャレにならないと思い、独断で仕掛けたものだ。
裏切り者がいるという前提で考えていたので、エイルはそんな保険を掛けたのだ。
――そして仕掛け終わった後、崖を登れば、そこにギランが待ち伏せしていた。
「彼だけは、私たちが仕掛けた『もう一つの罠』を監視できる位置にいた。上から見ていればいいだけでしたからね。でもそれはしなかったようです」
仕掛けたのは、セリエの魔法陣のことである。
大帝国の軍人がそれに触れ、来ることを事前に察知することができた。
エイルの保険は機能したのだ。
なんらかの理由で、見張りが立っていなかったのだから。
――まあ、それでも、気付いたのはシロカェロロの方が早かったようだが。
「彼は、あくまでも一言告げるためだけに待っていた。
裏切り者なら余計なことは言わない、ただ黙って動向を探り、裏を掻くことを考えるでしょう」
という根拠から、エイルはギランを裏切り者の容疑から外した。
言わないが、セリエも似たようなことを考えていた。ギランは違うかもな、と。
「そうか……なるほどね。確かにギランが裏切り者だとすると、少々理屈に合わないね」
エイルとセリエは知らないが。
そもそもあの時のギランは、仕事の直前なのでゼットから離れるように言われ――でもよくわからない女たちだけは残したことを、非常に不服に思っていた。
あの時のタイミングで言えば、ゼットに離れるように言われた直後、ギランはエイルたちの方へ向かったことになる。
エイルたちに一言言ってやりたい、言わないと治まらないと、内心腹を立てていた勢い任せの行動だろう。
決してつぶさに動向を監視しに行ったわけではないのだ。
腹が立ったから文句を言ってやろうと思った、それだけだから。
――まあ、確たる証拠があるわけではないが、しかしこれでギランの容疑はかなり薄くなっただろう。
「リッチもなさそうよ」
と、今度はハイドラが言う。
「だって彼、ほぼずっと、私と一緒にいたもの」
そういえばずっと口説かれていたな、と。誰もが見ている光景である。
「いろんな話をしてくれたけれど、その中に、私たちのことを探るようなものはほとんどなかった。
彼が言ったことと言えば、『俺のアレは大きい』とか『ケンカでは負けるがベッドでの中はゼットに負けない』とか『ヒュー! 今まで会った女の中でも極上だぜぇ!』とか」
事細かに言わなくていいだろう。
さすがに口説きの言葉を多数にバラされるリッチがかわいそうだ。……まあそれにしても、なかなかひどいものばかりだが。
「不愉快で面倒で鬱陶しくて顔はいいのに中身は下劣で率直に言ってあまり好きなタイプではないどころかいい加減ぶっ飛ばしてやろうかと我慢の限界も近かったけれど。
でも彼の言動は下品ではあっても、何かを探るようではなかったわ」
本人が聞いたら泣き崩れそうなことをさらっと言いながら、ハイドラは太鼓判を押した。
「あれは違うわね。なかなかバカで愚かだったわ。あれが裏切り者なら、絶対にどこかでボロを出している。でも出していないのなら――」
出していないのなら、それは最初から裏がないと言うことだ。
「それに」
ハイドラは、部下三人が来る前に言いかけていた「気になっていたこと」を、ようやく言うことができた。
「クロズハイトから移動している時、彼、言っていたのよね。『トリメの様子がおかしいけど、ゼットからなんか命令があったのか?』って。
さすがにゼット周辺の細々したことまで、逐一私が把握しているわけじゃないから、知らないとしか言いようがなかったけれど」
…………
「それ、確信じゃない?」
キーピックが言った。
そうだ。誰の目から見ても、そのようにしか思えないが。
「どうかしら。そういう目で見れば、何もかも怪しいじゃない。その時の私たちは、コードたちさえ疑っていたもの。
リッチがそう言ったのだって、何かしらの揺さぶりかもしれないって思ったし。
ただ、現時点で考えると、非常に可能性が高いと言わざるを得ないわね」
情報を集めた結果、消去法で残ってしまったからだ。
ギランは違うと、エイルが判断した。
リッチは違うと、ハイドラが判断した。
――だったら、トリメは?
そういう話である。