286.馬車襲撃事件 18
「――というわけだ」
と、パチゼットはでっち上げの物語を語り終えた。
終わった瞬間、裏事情を知る者さえ思う。
――結構本気で聞き入ってしまった、と。
パチゼット……いや、マリオンの話は、本当だったらものすごく興味深いし、なかなか面白い話だった。
惜しむらくは、完全な嘘だということだ。
最初から最後まで。
一番下に敷いた嘘の上に嘘を乗せて積み上げて行き、巨大な建物を立てはしたが。
でもそれは、よくできた砂糖細工、砂の城、中身のない書き割りである。
面白いだけに残念だと思えるほどに。
裏事情を知る者はそんな感じでもやもやしているが、知らない部下三人は、信じているのかいないのかはわからないが、すでに「それが前提」という捉え方をしている。
つまり、記憶喪失の件は、上に積まれた嘘に埋もれた。
主題の「本当にゼットは本物なのか?」という問題は、知らない間に認められてうやむやになり、すでに違う話にすり替わっているのだ。
やはりどうにも詐欺師っぽい。煙に巻くのがうますぎる。
――だが、今はこれでいい。
「わからないことも多いし、これからのことは何も決めてねえ。ただ、俺はやっぱり記憶を取り戻すしか道はないと思ってる」
三人にとっては、色々と衝撃的な話だった。
ちょっと今すぐはなんともいえないくらい、咀嚼するのに時間が掛かりそうな話だった。
まずはリッチが、一番気になっていることを聞く。
「……おいゼット、おまえ本当に『素養』が使えねえのか?」
「それは間違いねえ」
――実は「ゼットの素養」に関しては、コードとキーピックすら知らなかった。
漠然と「こういうことができる」というのはわかっていたものの。
しかし「素養」の名前も、正確にはどういったことができるのかだのも、ゼットが教えなかった……というより、三人とも「知りすぎないこと」を選んだ。
もしもの時に、仲間の足を引っ張ることになりかねないからだ。
誰かに捕まって自白させられそうになったり、金の誘惑に負けて情報を売りそうになったり、酔った勢いでべらべらしゃべることもありえなくはない環境だ。
だからいっそ、知らなくていいと判断した。
ゆえに三人とも、相手二人が正確に「何ができるか」を知らない。
教えてもいい範囲しか把握していない。
これはハイドラたちも、依頼を受ける段で聞いていたことだ。
色々あってコードとキーピックは、お互いの「素養の名前」を知る機会があったそうだが、「ゼットの素養」については知らないし、知ろうともしなかったそうだ。
「俺は記憶がなくなったし、コードとキーピックは知らなかった。そもそも『素養の名前』も知らないようじゃ、まともに使いこなせる気もしねえ」
仕事だのなんだので、本物のゼットが部下の前で「素養」を使うケースもあった。
そういうので「漠然と知っている」という者はそれなりにいるが、やはり本質を知る者はいない。
ゼットは、バカではあるが頭は悪くなかった。
「自分の素養」が知られたら、あらゆる身の危険に繋がることくらい、しっかり理解していた。
「話せねえだろ。貧民街のゼットが弱くなった、なんて。何が起こるかわからねえ」
「……まあ、そりゃそうだな」
腕っぷしだけで言えばゼットに次ぐリッチである。
強者が弱み、あるいは弱点を晒せばどうなるかくらい、よくわかっている。
「だが、仕事をしなければナメられる。実際最近は俺たちのシマにちょっかい出してる奴もいるらしいじゃねえか。
だから今回は無理をして出てきたわけだ。助っ人も頼んでな」
「ちょっと待ってアニキ。なんかまだ混乱してるんだけど」
話が一段落つき、しばしの沈黙が流れ。
意を決してトリメが口を開き――堂々と横槍を入れられた。
「一生パニクってろよ」
「うるせーバカ貧乳! ちょっとわたしより先に出会ったからって調子に乗りやがってバカ!」
「貧乳はお互い様だろうが! いつでもやってやんよぉむぐぐっ」
キーピックはコードに捕まり、口を塞がれた。
「続けていいよ。さすがにこの話は大事なことだ。疑問があるならここで解いておいてほしい」
コードの許可が出たので、改めてトリメは、混乱しているという疑問を話し出した。
「一から確認していい?
まず、森で記憶を失ったアニキは、しばらく宛てもなく彷徨った。そしてそこの女たちに保護された、……んだよね?」
パチゼットは頷く。ちなみに嘘である。
「それから、保護された段階で、女たちの所属する組織と少しだけ関わった」
パチゼットは「どんな組織か、詳細は聞いてねえけどな」と補足して頷く。ちなみにこれも真っ赤な嘘である。
「女たちの組織は、伝説の盗賊『悪夢収集家』を始めとした、名の知れた盗賊たちの足取りを追って盗品を手に入れるっていう、いわゆるトレジャーハンター系の冒険者で」
パチゼットは「正式な冒険者ではないらしいけどな」と付け足して頷く。ちなみにやっぱり嘘である。
「女たちの調査線上にいたアニキが、もしかしたら『悪夢収集家』の何かに関わって記憶を失ったかもしれない、と……これでいいんだよね?」
パチゼットは――いや、ここで意外な人が口を開いた。
「いいかしら?」
ハイドラである。
振り返ったトリメの顔は、全然よくない黙ってろと言わんばかりに不快そうだが、とにかく今は話が気になるらしく、不承不承そうに首を縦に振った。
「調査結果を漏らすのは規定違反だから、ここだけの話でお願いね。
盗賊『悪夢収集家』はなぜ捕まらなかったのか?
なぜ手掛かりが少ないのか?
彼が盗んだ数々の貴重品はどこにあるのか?
そもそも、なぜ『悪夢収集家』と名乗り出したのか?
諸説あるけれど、一番有力なのは、彼が活動初期の頃に盗んだ『思い出の箪笥』という古代魔道具が由来だと言われているわ」
――ちなみにこれは本当の話である。
「『悪夢収集家』が盗んで以降、この世から消えた『思い出の箪笥』は……人の記憶を操作することができたそうよ。
彼が捕まらなかったのも、手掛かりが少ないのも、記憶の操作にあるんじゃないかと私は思っているわ」
誰かが息を飲んだ。
パチゼットのでっちあげを、こんな形で本物っぽく色を塗り固める者が出てくるなんて、思いもよらなかったのだろう。
「確証はないわ。ただの私の推測だから。
でも、『思い出の箪笥』を持っていた『悪夢収集家』を追っている最中に出会った、記憶喪失の男……
果たして無関係かしら?
私たちにとっても、彼は私たちが探している手掛かりの一つであるかもしれない。私たちが手を貸している理由はその辺にあったりするかもね」
そして、とハイドラはパチゼットを見る。
「彼は最初に『記憶を奪われた』と言ったわ。奪われたと。なぜ記憶がないのに奪われたと言ったのか。
もしかしたら彼は、決定的な何かを見た、あるいは秘密に触れたのかもしれない。
それゆえに、無自覚ながら記憶を失った瞬間のことを、本当は憶えているのかも……
まあ、何一つ確証はない話だけれど。的外れかもしれないし」
――ちなみにパチゼットが「記憶を奪われた」と言ったのは、「第三者の記憶を奪う素養」を持つ者が、過去に実際いたからである。
その辺を突っ込まれたらそう言って「いもしない加害者」を臭わせるつもりだったが……
思いのほか、突っ込みが入らなかったので、そのまま流されていただけだ。
ここで第三者に繋げられるとは思わなかった。
「私たちとゼットの関係は、こんなところよ。
ちなみに言っておくと、私たちは私たちの目的のために彼の身柄が欲しい。
そして彼は、自分の記憶を取り戻すために、私たちを利用するのもいいんじゃないかしら。
――これで疑問は解けた?」
 




