282.馬車襲撃事件 14
時系列で言えば、エイルとシロカェロロが略奪の現場から逃げ、林に入って腰を落ち着けた頃だろうか。
その頃、先に荷を持って逃げた部下たち、少し遅れてゼットたちが隠れ家に到着した。
年若い者が多い盗賊たちだが、これで経験豊富でプロ意識の高い者ばかりだ。
略奪が成功しようと、頭領が無事に戻ってこようと、まだ気を抜いている者はいない。
「――酒と食い物は好きにしろ!」
到着したゼットの開口一番の声に、ようやく小さな歓声が上がった。
これでようやく、仕事の一区切りである。
そびえる崖に空いた穴は、その昔、ゼットがえぐったものである。
中はそれなりの大きさの広間があり、三十名ほどが入ればかなり手狭ではあるが、冬の寒空の下で眠るよりははるかにマシなねぐらとなっている。
何年も使用する内に、部下たちが勝手に改造して個室代わりの横穴を増やしたり、簡易ベッドを置いたり椅子を置いたりと、すっかり知らない物が増えている。
ゼットが関わらない仕事でも、ねぐらを利用している者がいるようだが――ゼットは細かいことは気にしないので、特に何も言わない。
……という事情を知らないパチゼットが、コードのさりげない誘導の下、足を止めずに洞穴に入った。
コードとキーピックが続き、そして――
「待てよ新入り」
ハイドラ、セリエも続こうとしたところで、ここまで一緒に戻ってきたギランに止められた。
「あの三人は、これから分け前の分配をする。その間は誰も入らないって決まりだ」
ギランの態度や雰囲気からして、新入りのくせにゼットに近すぎる的な反感も敵意もないとは思えないが。
「そーだそーだ! あたしのアニキにべったりして! 図々しいんだけど!」
トリメがここぞとばかりにゼットの所有権を主張しているが、構うだけ時間の無駄なので無視だ。
しかしこれは、本当の決まり事であるようだ。
「あ、その二人はいいから」
じゃあ仕方ないかな、と思いかけたハイドラだが、今中に消えたコードが顔を出し、そんなことを言った。
「な……ふざけるなよコード!」
声を荒げるギランに、部下たちが注目する。
浮かれていいと言われた部下たちではあるが、プロ意識の高さから大騒ぎすることもなく、割と静かに酒と飯の準備をしていたのだが。
それだけに、ギランの大声は非常に目立った。
トリメが騒いでいるのはいつものことなので、あまり目立たないのだが。
「ふざけてないよ。ゼットが呼んでるんだから」
「……おい。あのゼットは本物――」
「滅多なことは言うなよ。言ったら仲間から外すことも考えなきゃならなくなる」
ギランを見るコードの目が据わる。
「ゼットが決めたことに文句を言わない。それがルールだろ」
「だが何も知らない新入りだ。恐らくクロズハイト生まれでもない。信じられんぞ」
「君の意見はそうだってだけだろ? ゼットは彼女たちを信じているみたいだ。だったら僕も信じるさ」
まあ、そりゃそうだろう。
コードにしてみれば、自らが選んで雇った助っ人だ。信じてもらわないとハイドラたちも困る。
――その辺の事情がわからないギランには、なかなか不愉快なやり取りだったようだが。ついでにトリメにも。
「わかったなら、ギランは大人しくここにいろ。――君たちは来て」
コードに誘われ、ハイドラとセリエも洞穴に入る。
ものすごく不愉快そうな顔をした、ギランとトリメ。
そして、含むことがありそうな目で、少し離れたところで酒を飲みながら見ていたリッチに見送られて。
――ゼットの様子がおかしい。
それは、ギラン、トリメ、リッチが持つ共通認識だった。
ギランは洞穴のすぐ横で、門番のように壁に寄り掛かって動かない。
いつもうるさいトリメは、一人空いた木箱に座り、珍しく真剣な顔で何かを考えている。
リッチは、なぜだか好まない安酒をゆっくり飲んでいた。
三人とも違う場所にいて、同じことを考えていた。
ゼットがおかしい、と。
三日の道中は、「いつものゼットより大人しい」程度にしか思わなかったが。
先の馬車襲撃中での動向は、どう見てもおかしかった。
まず、護衛たちの反抗だ。
ああいうのは誰がなんと言おうと、ゼットが真っ先に動いて自ら潰す。
元々好戦的な男だ。
目の前にケンカ相手がいれば、遠慮なんて一切しない。
――ただ、新入りの腕を見せるために譲った、というのは、ありえない話ではない、とも思う。
この集団の中、ゼットが唯一無条件で信じているコードとキーピックが提案すれば、これくらいのイレギュラーは起こりうる気はする。
だが、次は納得がいかない。
大帝国の軍人が現れた時の、ゼットの態度。
――いつものゼットなら、カルシュオクが姿を見せた瞬間、まず何を置いても殴りかかっている。
何度もやりあい、それでもまだ決着が着いていないのだ。
好戦的で強すぎるゼットが遠慮なく楽しめる、数少ないケンカ相手なのだから――向こうはそうは思っていないとは思うが。
それなのに、まさか何も言わずに逃げるだなんて。
あの時のゼットはどう考えてもおかしい。
一ヵ月以上も消息を絶っていたゼット。
帰ってきたと思えば、正体不明の女たちを連れていて。
早速仕事をしたと思えば、不自然な点が浮き彫りになった。
――考えれば考えるほど、やはりおかしい。
「――あーもう! あーもう!!」
珍しく静かだったトリメが、イライラを隠そうともせず真っ赤な髪をガシガシ掻いて立ち上がった。
こうなったらもう、直接確かめるしかない。
思いつく限りのいろんなことが頭の中をぐるぐる回り、そして結局は何もわからない。
もう、本人に聞くしかない。
聞いてすっきりするしかない。
特にトリメからすれば、「ゼットは新入りの女たちに骨抜きにされていいように扱われている」という最悪のケースだけは、何がなんでも阻止したい。
もしすでにそれが出来上がっているなら、絶対にぶち壊す。
あの男は自分の物だ。
絶対に絶対に誰にも渡さないと決めている。
突然喚き出した唖然とする周囲など気にも留めず、トリメは洞穴に近づき――
「わかってるだろ。立ち入り禁止だ」
当然のようにギランに止められる。
そしてトリメは、それにも腹を立てた。
「なんでどこの誰とも知らない新入りの女は通して、ずっとアニキに付いてたわたしたちが一緒にいられないんだよ! どけよ!! こんなの納得いくわけないじゃん!!」
感情をむき出しにした、力強くもストレートな要求。
それはギランの本音にもよく似ている。
――よく知らない者を近づけるボスなど、口には出さないが、密かに舎弟を自負するギランだって気に入らないに決まっている。
「今回は俺も同意見だ」
安酒の瓶をぶら下げたリッチが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「こんなにすっきりしない気分じゃ安酒でも酔えやしねえ。――ギラン、おまえもわかってんだろ? あいつ絶対おかしいぜ」
「…………」
「どけよ。おまえはずっとそこにいりゃいいだろ。俺はおまえをぶっ飛ばしてでも入るぜ。野郎に直接確かめてやる」
「横から邪魔だし! わたしが先に行くんだから!」
「あ? 好きにしろよ。どっちが先とかどうでもいいぜ」
ギランを無視して洞穴に入ろうとするトリメを……ギランは止めなかった。
それどころか、
「……俺も行く」
覚悟を決めた。
やはりギランも、どうしても気になってしまう。
トリメやリッチじゃないが、こうなればもう、直接確かめずにはいられない。




