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279.馬車襲撃事件 11





「――時間が惜しいので、手っ取り早くいきましょう」


 エイルは掛けていた「メガネ」を外し、ポケットから出した柔かい布で拭きながら前に出て、シロカェロロの横に並んだ。


「先程は少々メガネが曇っていました。今度は遅れは取りません」


 エイルより警戒すべき狼を見ているカルシュオクが、刃のような鋭い視線を向ける。


「――引っ込んでいろ。大人しくしていれば殺しはせん」


 殺気交じりの強大な威圧感に、エイルの本能はもうすっかり委縮している。縮こまりまくっている。すごく怖がっている。表に出てないだけで。


 これは本当にまずい。

 時折感じる教官たちの脅威にさえ似ているのだ。


 ここまでの強者となると、エイルの存在なんて、吹けば飛ぶ紙切れのように薄く軽いものでしかない。


 何せ回避に優れた「風柳」をセットしていても、避ける目算を誤ったくらいだ――まあその理由はすでにわかっているが。


 まあ、でも、それでも。


 何がどうであれ、理屈で言えば、エイルに「負ける理由がない」のだ。


 やればエイルが勝つ。

 すでに勝算は出ている。


「試してみますか? それとも」


 と、フェイクの紐をこれ見よがしに構えてみる。構え自体は非常に適当だ。隙だらけに見えるかもしれない。


「よそ見している間に縛られたいですか?」





 メガネの少女より、警戒すべきは狼の方だ。


 並んで立ったことで、よりはっきりする。

 どう見ても、狼の方が強い。


 しかもあの理性を感じさせる目は――ただの獣のそれではない。


 …………だが、無視もできないか。


 先に見せたメガネの少女の早業は、人の技の領域を超えていた。


 何せ、二人同時に縛り上げた。

 片方ずつなら熟練の技とも判断できたかもしれないが、ほぼ同時にやったのだ。


 あの動作は「縛る」などというものではなく――そう、「紐を縛る形で生み出した」ようだった。

 そういう「素養」を持っているのだろう。


 ならば、やはり無視はできない。


 狼の強さはわからないが、隙を見せたら一瞬で殺られることだけはわかる。


 恐らく実力は拮抗。

 もしくは、向こうが優勢だろうか。


 ぶつかり合いが始まれば、絶対にメガネの少女の存在が邪魔になってくる。

 排除するにも、無視するにも、難しくなるだろう。


 絶対に狼だけに意識を向けさせることを許さないはずだ。

 それくらいの腕はある。


 連れてきた部下よりは強いのだから――やはり無視はできない。


 ならば、先に片づけておいた方がいい。


 ――「一秒消失(ロスト・ワン)」で。





(……なんて考えてそうだけど。どう出るかな)


 さっきのはエイルの想像である。


 が、あながち遠くもなかったりする。

 カルシュオクはそれに似た思考を経て、エイルに向き直った。


「ではお望み通り、貴様から始末することにしよう」


 ――先程シロカェロロに助けられたあの時、エイルははっきり「視た」のだ。


 カルシュオクの「素養」は、「一秒消失(ロスト・ワン)」である。


 それで謎は解けた。


 本で読んだ知識で「一秒消失(ロスト・ワン)」のことは知っていたものの、エイルには書いてあった内容が理解できなかったのだ。


 「素養」を紹介する本には、「動作を一秒短縮する」としか書いてなかったから。

 それ以上の詳細もなかったし、過去の偉人が使ったという逸話もなかった。


 動作を短縮、というものがどういう意味なのか、理解できなかったのだ。


 しかし今は、なんとなくわかった気がする。


 きっと、字面通りに「動作を一秒短縮する」のだ。


 走っている時に発動すれば、一秒先の場所にいる。

 一秒で剣が振れるなら、発動したらすでに振り下ろしている。


 そういう「己の時間を一秒短縮する素養」だ。

 

 だからさっき、不覚を取った。

 エイルが前に出た瞬間に、カルシュオクは「一秒短縮」し、攻撃態勢に入っていた。


 たった一秒の空白。

 あるいは、たった一秒の絶対有利。 


 近接戦において、こんなにも厄介な「素養」があるなんて。

 なんともずるい「素養」である。


 まあ――エイルの「素養」の方が、よっぽどずるいかもしれないが。


「少し離れてもらえます?」


 シロカェロロは、しばしじっとエイルを見て、離れていった。

 なんとなく心配された気がする。


 が、やはり負ける理由はない。





 シロカェロロが離れ、一対一で向かい合う。


 今度は、邪魔する者はない。

 緊張感がどんどん高まっていく。


 関係ない――いや、どちらを応援するべきかはっきりしている商人たちや、先にやられた護衛「雪熊の爪」も、固唾を飲んで二人の対決を見ていた。


 捕り物、あるいは粛清の場においては異様とも言える勝負の形に、縛られて転がされている兵士たちもそのまま見入っている。


 一帯は、無理やり押し殺したような沈黙に支配され、幽呟(ゆうげん)の谷特有の唸り声のような風がただただ駆け抜けていく。


「では、行きますよ」


 ピクリとも動かなった双方だが。


 内心、向けられる殺気とか威圧感とかに耐えられなくなったエイルが口を開き――


「――もう終わった」


 「一秒短縮」されたそれは、音さえしない。


 気が付けばエイルのすぐ傍にいたカルシュオクは、すでに片刃の剣を振るっていて。


 エイルは、胴体を上下に、真っ二つに斬られていた。

























 それだけの話である。





「――な!? な、なんだと……!?」


 そして、気が付けば身体中に紐を巻かれていたカルシュオクは。


「だから言ったじゃないですか。さっきは『メガネ』が曇っていたって」


 仕損じがないよう、確実に殺すために胴体を真っ二つに切り裂いたメガネの少女は、当然のように生きていて。


 少女に軽く手で押されて、拘束された身体では避けることも受け身を取ることもできず、そのまま地面に倒された。


「バカなっ……確かに斬ったはず……!」


 カルシュオクははっきりと動揺している。


 その理由に、エイルは少しだけ気付いた気がする。


 肉を斬れば、当然剣に、そしてそれを握る手に、その感触が伝わるはず。

 そうであれば、エイルが生きている理由にも当然気づいたはずなのだ。


 仕掛けは単純だ。

 エイルは「霧化」で身体を「霧」に変え、剣を透過したのである。


 どうせ避けられないから、斬られることを想定して。


 そして、肉眼にも映らないほどかすかに伸ばした「霧」で触れ、「一秒短縮」した直後のカルシュオクに「紐型メガネ」を装着させた。


 起こったことはそれだけだ。


 カルシュオクは「霧」を斬ったのだ。

 手応えなんてあるわけがない。


 だが、それに気づかず驚いている、ということは――


(きっと『短縮した一秒間の出来事』は、本人にもわからないんだな)


 万能に思えるが、それなりに欠点もあるということだ。


 まあ、それでも、近接戦闘においては「強すぎる素養」であることに違いはないが。






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