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274.馬車襲撃事件 6





 すべては「メガネ」である。

 それがエイルの出した一つの答えだった。


 ブラインの塔での生活が始まって以降、エイルは自分の「素養」についてよく考えている。


 結局のところ、やはり「メガネ」なのだ。


 何をしたい、どうしたい、どうするべきか。

 そんなことを考える時、やはり「メガネ」を中心に据えると、解決策が見えてくる。


 考えるべきは「メガネ」の扱い方である。


 急にできることが増えたり、新たな可能性を見出したりして戸惑うことも多かったが、もっと気楽に考えてよかったのだ。


 「メガネ」は道具であり、自身の「一部」である、と。


 身体で言えば手であったり足であったり、指であったり関節であったり、時には血液だったり内臓だったりもするかもしれない。

 己の身体に増やすことができる、そんな便利な「一部」である。


 だから戸惑う必要はない。

 ただありのまま受け入れればいいのだ。


 そういうこともできるだけ、と。


(思ったより上手く行ったな)


 地面に転がり、「なんだこれ!? ガキが! くそっ! ガキが! こんなものすぐにほどいてやる! ガキが!」と激しく罵りながらばったんばったん暴れる女戦士を見て、エイルは内心頷く。


(これなら一人でやれるかも)


 今エイルが手に持っている黒い紐は、ただの紐である。


 そして「今なら半殺しで許してやる! ガキが! 早くほどけ! ガキめ!」と激しく罵る女戦士の全身に絡みついて拘束している黒い紐は、実は「メガネ」である。


 「マスク型のメガネ」が出せるなら、「紐型のメガネ」も出せるんじゃないか。


 そんな発想から生まれた「紐型メガネ」である。


 紐がメガネなわけがない?


 だが紐を「メガネ」として生み出せた以上、あれは間違いなく「メガネ」という分類になる。

 異論は認めない。


 よく見れば一対のレンズもついているのだが、それはしっかり隠してある。

 傍目には、ただの紐にしか見えないように。


 大きな身体にしては速い動作で斬りかかってきた女戦士の初撃を避けた、と同時に、相手の身体に触れて「メガネ」を発動、拘束した。


 正確に言うと、「顔以外にメガネを装着させた」のだ。


 「早くほどけぶっ殺すぞ! ガキが!」と激しく罵る女戦士からすれば、いきなり「巻き付いた状態」で紐が出現したようなものである。


 そして結び目もなく締め上げた――「メガネ」が生まれた瞬間、身体にジャストフィットしたのだ。

 拘束した、というよりは、「メガネをしっかり掛けさせた」という意味合いになる。


 それが、擦れ違うような一瞬で起こった出来事である。





 ――まずエイルが考えたのは、「素養を同時に二つ使えないか?」という点である。


 登録した「素養」は、残念だが、オリジナルに劣る力しか「再現」できない。


 だが異なる「素養」を同時に二つ使えれば、オリジナルに勝る力や、これまでにない「素養の効果」を生み出すことができるのではないか。


 「素養」を二つ同時に使う。


 これは最初からできていたことなので、もしかしたら可能性はあるのではないか。


 そう思い思案し試行錯誤を重ねたが。

 残念ながら、思い描いた使い方はできなかった。


 実験と試行の結果、最初から二つ同時に「素養」を使えはしたが、片方は絶対に「メガネ」であることが絶対条件である、ということがわかった。


 「素養」をセットした状態が一つ。

 そしてその状態で「メガネ」だけは使える――これで二つである。


 ――その思考から発展した使い方が、「メガネ」そのものを武器、あるいは防具、もしくは道具として使う、というシンプルなものである。


 そして今セットしている「素養」は、とある白い尻撫で騎士が持っていた「風柳」。

 回避行動に役立つ「素養」である。


 ――エイルの感覚的には、物の距離がよりはっきりわかり、また身体が柔らかくなるような印象がある。


 あくまでも感覚や印象なので実際はわからないが、しかし、何かを避けるという一点に限ればかなり有効だ、ということは実験済みである。


 「メガネ」を武器に。

 セットした「素養」で防御を。


 手にある紐はただのフェイク。


 対戦相手も衆人環視も、これに意識を向けさせる。

 そして「紐型メガネ」で捕まえるのだ。


 これが、近接戦闘が弱いエイルが考えた、前に出て戦うスタイルの一つである。


「――次は誰ですか?」


 「この貧乳! ガキが! あほ! ガキが! ほどけ!」と激しく罵る女戦士を背後に臨み、エイルは次の相手に目を向ける。





 向こう側で地面に転がるイスミナの前に立ちはだかる、メガネの少女。


「――何をしたかわかったか?」


 クロッドは目を逸らさず、小声でメンバーに問いかける。


 というか、さっきの一瞬も注視していたし、瞬きさえしていない。


 いつものようにイスミナが突っ込み、そのままの勢いで躓いたかのように地面を転がった。

 何をしているんだと思ったものの、よく見たら、いつの間にか縛られていた。


 それがクロッドが見た全てである。


 縛ったにしては早業すぎる。

 だが結果を見れば、その通りのことが起こったはずだ。


「――わかんないっす……」


 答えたのはワックスだけである。


 ワックスは、チームで一番身軽で一番素早く、戦場を駆け回ってかく乱し、クロッドやイスミナという戦士のために隙を作ったり囮になったりする、職業盗賊のような働きを担う軽戦士だ。


 動きも速いが、動体視力にも優れている彼がわからないとなれば、誰も見えてはいないだろう。


「――少なくとも、巻きつけたようには見えなかったっすけど……」


 それはクロッドも同じだ。

 そして結果を見れば、である。


 となれば、「素養」である可能性が高いのだが……それもわからない。


 ――魔術師が希少な「素養」であるため、まさか賊の一人が魔術師……それも物理召喚を使えるなどとは想像も及ばない。


 魔術師であれば、賊などやらずとも仕事はいくらでもある。


 そんな固定概念があるため、クロッドたちはまさか、少女が物理召喚で紐 (正確にはメガネ)を「縛った形で」生み出しているなどとは予想もしなかった。


 つまり。


「――時間が惜しいのですが。来ないならこちらから行きますよ」


 ゆっくりと向かってくるメガネの少女は、正体不明の「素養」を持っていて、一瞬で縛り上げることができる。


 そのように結論を出すしかなかった。


「抜剣!」


 動揺はある。

 不可解な脅威が向かってくることに対し、多かれ少なかれ全員が戸惑っている。


 だがそれでも、クロッドの声に従い、全員が戦闘態勢に入った。


 身体が勝手に動いた。

 もはや条件反射である。


 そして剣を抜いたと同時に、少女も駆け出した。





 駆ける双方は、一瞬で衝突する。


「ハッ!」


 先んじて踏み込んだクロッドのロングソードと、いつの間にか少女の横手に移動したレイピアを持つワックスが、同時に斬りかかる。


  ぬるり


「――うわっ……」


 そんな声を上げたのは、クロッドたちか、それとも崖の上やらその辺やらで見ている者たちか。


 正面からのクロッドの鋭い横なぎと。

 それを避けることを想定し、わざと一拍遅らせて、少女が避ける方に突きを繰り出すワックス。


 そんな熟練の連携を感じさせる隙のない二連を、少女はまるでぬめる(・・・)ように体をねじり、足を止めることなく回避した。


 なんとも気持ち悪い動きだった。

 印象としては、かなり柔らかく、異常な身体の捻りと動きをしていたように見えた。


 身体を捻るのも含めて、わけのわからないぬめり(・・・)を利用して切っ先を滑るようにぬるりと避けた、ように見えた。


 まあ、ぬるりと気持ち悪い動きではあるが、クロッドとワックスという前衛を、正面から抜けた事実は変わらない。


「えっ!?」


 前衛を抜けて、少女が真っ先に向かったのは、軽戦士の装いだが実は魔術師である男。


 そして魔術師に護衛のように張り付いている、巨大な盾と金属鎧を着ていかにも重そうな重戦士の元である。


 相手が悪かった。


 重戦士はいつものように前に出た。

 が、前には出たものの、見るからに堅牢な防御力を誇ったところで、防御なんて関係ない攻撃には無力だった。

 むしろ遅い分だけ、重い分だけ不利だった。


 同じく、魔術師の男も。

 メンバーへの信頼も厚く、絶対的に守られるのが常であった魔術師は、それこそ近接戦闘なんて一切できない。


 二人は、少女が別に出したロープで、二人まとめて縛られた。――ちなみにこれは本物のロープである。


 これで三人が無力化された。


 冒険者チーム「雪熊の爪」は、残り四人である。





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