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273.馬車襲撃事件 5





 抵抗の意志を見せているのは、七人の冒険者である。

 男五人で、女二人。


 全員が二十歳から三十歳の間で、もはや素人や駆け出しという風には見えない。


 なるほど、近くで見れば全員熟練の者たちであるのがわかる。

 さっきから騒いでいるリーダー格は、頭一つ抜きん出て強い戦士であることもわかるが、何より。


 身軽な戦士に見せかけた魔術師がいるというのが、彼らの大きなアドバンテージなのだろう。


 ――エイルはそんな彼らを観察したあと、ゼットに顔を向けた。


「あれなら私だけで充分です」


 心にもないことを言い、ハイドラとセリエを庇っておく。


 一人二人ならまだしも、あの七人全員と一度に戦うとなると、どうしようもないと思う。


 正直に言うなら、森の中で逃げながら戦えるという条件がつけばなんとかなるかも、という感じだ。


 「素養」がわからないのも何人かいるし、たとえ一対一でも油断はできない。


 ……まあ、一対一なら負ける気はしないが。


「てめぇに任せるぜぇ。とっとと済ませて引き上げだぁ」


 正体を知っているエイルからしても、完全にゼットらしい(・・・)返答をするパチゼットことマリオン。


 変装に特化した彼女のそれは、エイルが今まで触れたことがない系統の技術である。

 なかなか面白いな、と思いつつ。


「では――」


 七人の冒険者へ向き直る。


「どうします? やりますか?」





 「雪熊の爪」リーダー・クロッドは、やや戸惑っていた。

 話の流れが微妙にわからないからだ。


 恐らくは、賊側の事情で、新入りの腕試しのようなことをしたい、という流れなのだと思うが。


 そして、更にわからないことがある。


 態度だけは強者のあのタトゥーの男より、今降りてきた年端もいかない地味なメガネ少女の方が、よっぽど強そうに見えることだ。


 いったいこのちぐはくな感じはなんなんだろう。


「――お互い死体を量産するのは避けたいだろ?」


 この状況を演出したコートの男が囁く。


「あなたたちだって、とばっちりでそこの商人さんや馬車、馬に被害が出るのは、自分たちが死ぬより避けたいはずだ。だから無関係になってから立ち向かおうとした。


 でも、自殺願望があるわけでもないと思うけど」


 あたりまえだ。


 子供の八歳の誕生日がすぐそこまで来ているのに、このタイミングで死にたがる父親などいない。

 そしてリーダーとしても、これまで一緒に苦労し、喜びを分かち合ってきた信頼できる仲間は、誰一人として欠けてほしくない。


 賊のやり口を見て、「こいつらは商人を殺さない」とクロッドが判断したがゆえの、護衛離脱だ。


 確証はないが、聞いたことがあるのを思い出したのだ。

 あのタトゥーの男こそ、ここ数年でここら一帯を荒らしている盗賊ゼットだろう。


 ならば尚更商人は殺さないはずだ。

 噂でも、殺しはやらないと聞いたことがある。


 商隊の護衛として雇われた先輩冒険者がボッコボコにやられた、という話も聞きはしたが、その時だってボッコボコにやられた先輩冒険者という怪我人は出ても、ボッコボコの死人は出ていないとボッコボコの顔で言っていた。


 要するに、誰もここを利用しなくなれば、奪える物資自体がなくなることを理解しているのだ。


 だから、最悪護衛を殺すことはあっても、商人は殺さない。殺したいとも思わないだろう。


 ――だが、冒険者としての責任と矜持と、プライドの問題がある。


 自分たちのミスで……調査して連中を見付けられなかったせいで、今賊に囲まれ略奪行為を受けている。


 護衛として雇われている以上、この状況を甘んじて受け入れるなど、絶対にできない。

 

 が……確かに死にたいわけでもない。

 特に、無責任に暴れてエリュオ商会に被害が飛び火するのは、絶対に好ましくない。


「――ふざけやがって!」


 あ。


 ただ数の不利を無視して突貫するより、少々変わった戦況に変化させたコートの男の話に乗った方が確かに安全か――と迷いが生じた瞬間だった。


 「雪熊の爪」で最も短気な女戦士イスミナが、キレた。

 持ち前の「素養・剛力」を駆使して、背負っていた巨大な大剣を抜く。


 二十六歳、周りの同期の女たちがどんどん結婚していくことで最近婚期に焦り始めた、恋愛に奥手な筋肉質で大柄な女である。


 彼女を知る者なら、ここまでよく我慢したと褒めてくれるだろう。

 それくらい好戦的な戦士である。


「お望みならたっぷり躾けてやるよ! クソガキがぁ!」


 止める間もなかった。


 大きな身体に鍛え抜かれた筋肉。

 そして長い足から生じる踏込の速さは尋常ではない。


 その速度を乗せた大重量の剣は、想像以上に速く重い。


 斬るというよりは叩き潰すという感覚で、大型の魔物にさえ一撃で致命傷を負わせる。


「なっ――!?」


 だが。


 メガネの少女に接触したと思った瞬間、気が付けばイスミナは踏み込んだ勢いそのまま、握った大剣ごと、少女とすれ違うように地面を転げていった。


 今、何が起こった?


「く、くそっ! なんだこれ!?」


 芋虫のように転がされたイスミナは、バッタバッタと暴れている。

 よく見ると身体に黒い紐のようなものが巻き付いている。


 どうやら接触した一瞬で縛られたようだ。


 のたくるイスミナを一瞥し、いつの間にか黒い紐を取り出していたメガネの少女が振り返る。


「次は誰ですか?」






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