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272.馬車襲撃事件 4





「――ちょっと待てよ!」


 上で睨みを利かせる連中と。

 後ろ手に縛った下働き連中を連れて荷の中身を確認しつつ、余裕の強奪行為を行う連中と。


 真正面で勝ち気に笑うゼットと。


 そしてそれを黙認するグスタと。


 この許しがたい状況全てに声を上げたのは、冒険者チーム「雪熊の爪」のリーダー・クロッドである。


 冒険者としての経験を着実に積み、元々恵まれていた体格に筋肉と経験という脂が乗ってきた三十一歳、二児のパパ。


 近日中に大帝国に帰れれば、今年こそ上の子の八歳の誕生日を家族全員で一緒に祝えるという、勝負の日を間近に控えているお父さんである。


 待っている者がいる。

 ここで口出ししなければ、五体満足で大帝国に辿り着けるだろう。


 だが――今は冒険者として、チームのリーダーとして、引けない状況にあると判断した。


「グスタさん! これは俺たちの責任だ!」


 この道を行く直前、崖の上に斥候に行かせた四人は、クロッド率いる「雪熊の爪」のメンバーである。

 

 奴らが崖の上から現れた以上、賊は調査した場所にいたのだ。

 それを見逃したミスは――という話である。


「気にしないでいい」


 熱くなるクロッドに対し、グスタは沈痛な面持ちで首を横に振る。


 ――ちなみに今顔をしかめている理由は、略奪されることではなく、ゼットを怒らせそうなクロッドに対するものである。


「この道を行くことを決めた時から、こうなる覚悟はしていたよ」


 というか、この旅路が始まる直前から考えていた。


 この分の損害を穴埋めすることを前提に仕入れを行い、大量の荷を大帝国に持ち込もうとしていた。


 そのために安酒を仕入れたり、ボロの衣服や毛布などをちょこちょこ買っては積んできたのだ。


 特に――


「アニキぃー。めっちゃくちゃ死体酔(ゾンビ・ラム)あるよぉー」


 こっちでやや揉めていることなど気にもせず、荷を物色するゼットの仲間がそんな声を上げる。


 そう、ゼットは死体酔(ゾンビ・ラム)を好む。

 ゾンビでも買え、ゾンビでも酔えるという逸話があるほどの強い安酒を。


 高い酒……花龍殺し(ドラゴンキラー)や白蛇香に黄蛇香、六代目虎皇に黒蝶(ブラックバタフライ)といった華族や師団長クラス以上に売り出す大切な酒は、しっかり荷の奥の方に隠してある。


 死体酔(ゾンビ・ラム)ならいくら持って行かれても構わない。

 むしろ身代わりとして全部差し出す覚悟である。


「おう。……ほかの酒はねぇのかぁ?」


「えっ」


 何度か遭遇しているゼットという男からしたら、意外過ぎる返答と言わざるを得ない。


 グスタの知っているゼットは、死体酔(ゾンビ・ラム)があると聞けばその場で一気飲みするような、豪快で豪胆な男だったはず。


 なのに、違う酒だと?


「だからちょっと待てって!!」


 さっきより大きな声を上げて、いよいよ荷を略奪している連中さえ動きを止め、吠えたクロッドを見た。


「……グスタさん、悪いが俺たちは自分たちのミスの責任を取って、ここで護衛を抜ける」


 略奪されることは覚悟していたグスタだが、このクロッドの反応は予想外だった。


 彼ら「雪熊の爪」は、依頼人の意向を無視するような素人ではない。

 むしろリーダーやメンバーの優秀さ、誠実さ、素行、依頼達成率などを考慮し、エリュオ商会で抱えようという声さえ上がるほどの冒険者チームだった。


 今回雇ったのも、どこかに取られる前にコネを作るため、という意味合いも大きかった。

 そしてここまでの旅路で、彼らは噂に反しない仕事っぷりを見せてくれていた。


 なのに。

 まさかミスの責任を取って、ここで抜けるというのか。


 ――グスタはこの時点で、彼らを商会で雇う意向を固めた。


 さっきゼットが降りてきた時に、グスタや馬車を守ろうと全員が動いたのも加味して、彼らは信頼に値すると判断した。


 が、それはまた別の話。


「悪いことは言わない。やめておきなさい。君たちのためだ」


 リーダー・クロッドの独断のようでありながら、その実メンバー六人全員が意志を固めているのである。


 クロッドの指示に従う。

 馬車を守るために賊と戦う、と。


「やるぞ」


 グスタの言葉を無視し、「雪熊の爪」はクロッドの声に従い、この絶望的な数の差を相手に武器を抜こうとし――


「――悪いけど今度はこっちの用事でちょっと待ってくれる? 悪いようにはしないからさ」


 いつの間にか彼らの傍にいた、コートを着た男に静止させられた。





「――どうやら出番が来たようね」


 崖の上で様子を見ていたハイドラが、エイルとセリエに告げる。


 まあ、見ての通りである。

 どうやら抵抗の意志がある者がいるようだ。


 ならばきっと、ハイドラが考えてきた流れ通りになるのだろう。


「――聞いてくれ!」


 始まった。


 仕事中に大声を上げるなんて似つかわしくないコードの態度に、部下たちは何事かと注目する。


「僕はゼットが連れてきたあの女たちの実力が見たい!」


 あの女たち、というところで、コードは崖上のハイドラたちを指さす。


 釣られるようにして部下たちの視線が集まる。

 まあ、なんというか、敵意をはらんだ視線が多い。


「それを示さない内はゼットの傍にいるのも、一緒に仕事するのも嫌だ!


 ――みんなはどうだ!? 納得できてるのか!?」


「できてない! 絶対できてない!! ばっかじゃないの!? ちょっとチチが大きいからって!!」


 ほぼ反射的、語尾にかぶせるように八つ当たりめいた同意をするトリメはさておき。


 部下の何人かも、声こそ上げないが、頷くような素振りを見せた。


「――なんかチチがどうとか言われてますよ、ハイドラさん」


 普通あるいは並のセリエが言う。

 エイルは根本的な部分が違うのでノーコメントだ。


「私は大きくはないと思うわよ。普通より少しある、程度だと思うわ」


 大きいって言うのはシロのことを言うのよ、という捕捉には、誰も異論はない。


「――チッ。あーあ。仕方ねぇなぁ」


 打ち合わせの流れ通り、パチゼットは面倒臭そうにハイドラたちを見上げ、口を開いた。


「てめぇら! 実力を見せてやれ!」


 お呼びが掛かった。


 これでハイドラの狙い通り、「ゼットの代わりに戦うことができる」ようになった。


 パチゼットは荒事が苦手なので、絶対に前線に出すことはできない。

 もしもの時を考えて、シロカェロロは絶対にパチゼットから離れないよう伝えてある。


 ――特に裏切りの可能性もあるので、仕事中は片時も油断するな、とも。


 そして。


「行きましょうか」


 ここから先は流れに対応し、三人の内の誰かが、あるいは三人全員が戦うことになる。

 

 誰が戦うことになっても恨みっこなし、である。





 という話だったのだが。


「俺が行くよ」


 と、エイルは一歩前に出た。


「さすがに近接戦闘が得意じゃない女の子を、前には出せないから」


 今は慎ましやかな胸パットまで入れて女装している体ではあるが、それでもエイルは男の子だ。


 ――もしこの状況になったら自分が出るべきだろうと、すでに心は決めてある。


「預かってて。行ってくる」


 一応持ってきた弓と矢をセリエに任せ、エイルは崖を降りるのだった。





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