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269.馬車襲撃事件 1





「本当にこれで大丈夫ですか?」


「うん。充分だと思う」


 ゼットたちが――正確にはゼットの参謀役であるコードが襲撃地点として選んだポイントは、幽呟(ゆうげん)の谷と呼ばれる場所である。


 幽呟の谷。


 切り立った高い崖に挟まれた渓谷で、風が通る音が亡霊の呻き声のように聞こえることから、そう名付けられた。


 左右にそびえる崖のある岩肌が露出した街道は、でこぼこで大小の石が多く、馬車が通るには良い道とは言えないが。


 しかし大帝国へと続く道としては最短となる。


 その一カ所――一崖の下、一番道幅が狭くなったところに、髪の色と髪型を変えたセリエと、女装しているエイルがいた。


 ちょくちょく「馬車を止める方法」を相談していた二人は、それを仕掛けるために、仲間たちを崖の上に残して降りてきたのだ。


 そして今、罠を仕掛けたところだ。


「――よし」


 狙い通り仕掛けられたことを入念に確認したエイルは、左右の崖の上からこちらを注目しているゼットに扮したマリオン、ほか仲間たちに手を振り、合図を出した。


 と――全員がすっと姿を消す。


 予定通り、遠くに離れたのだ。


 この幽呟の谷は、これまでゼットたちが何度か襲撃ポイントとして選んできた。

 仕事柄、ここを行き来することが多い商人なら、間違いなく警戒している。


 見つかると面倒なので、一旦察知されないくらい遠くに退避したのだ。





「――エイル君。裏切り者って誰だと思います?」


 そして、こんな状況じゃないと、話ができないこともある。


 移動中も休憩・休息中も、これまでずっと周囲に人がいたので、この手の話はまったくできなかったのだ。


 完全に視線と意識が外れた今こそ、ようやく話ができるチャンスである。


 崖の上から、遠くに馬車の列が見えていた。

 もうすぐここを通るだろう。


 だが、距離からして、もう少しだけ時間がある。


 エイルとセリエは、今度は馬車が行く方向……降りる時に使った、ロープを垂らした場所へ向かう。


「注意して見てたけど、ちょっとわからないかな」


 可能性が高いのは、ずっとマリオン――パチゼットの傍に付いていたトリメ、ギラン、リッチの三人だ。


 普段の彼らを知っていれば、接し方や態度の些細な違和感に、気づいたかもしれないが。


「初対面だからね。誰が怪しいとかどうとか判断できなかったよ」


 そういう目で見れば全員が怪しいし、逆に怪しくない気もするし。


 考えすぎると行動全般に不自然が滲み出て、墓穴を掘りそうだったので、あまり探るようなこともしてこなかった。


 セリエはまだしも、エイルは変装中で女装中である。

 おまけに狩猟祭り関係で、クロズハイトでは知る人ぞ知るというちょっとした有名人になってしまっている。


 バレたら非常に面倒臭いことになる。


「そうですよねぇ」


 セリエもまったく同じ意見を持っていた。


「私は結局、誰も信じないということに落ち着きましたよ」


「知ってる。セリエって知らない人には冷たいよね」


「正確には、味方じゃない人には、ですよ。はっきり区別は付けているつもりです」


 この道中、エイルは少し驚いていた。


 時折、セリエがゼットの仲間や部下たちに向ける視線や態度が、かなり冷たかったから。

 いつも穏やかで理知的で馬車酔いがひどいセリエしか知らなかっただけに、結構意外だったのだ。


 よくよく考えたら、エイルとセリエは、基本的に暗殺者方面の仲間がいる場所でしか一緒にいなかった。

 だからこそ、普段と違う面を見て、驚いたのだ。


 ――やはりセリエは、暗殺者を目指すだけあって、非情な一面もちゃんと持っているということだ。


 当然である。

 そうじゃないと、行く行くは殺しなんてできないだろうから。


「……あれ? エイル君?」


 てっきりロープに向かい、崖の上に戻るかと思えば……エイルは通り過ぎて、その先へと走っていく。


「先に行ってて。俺はやることがあるから」


「――あ、一緒に行っていいですか?」


 エイルの言う「やること」に興味を抱いたセリエは、彼を追従する。


 ブラインの塔での課題をこなしていく作戦立案やらなんやらで、セリエもエイルには注目している。

 できれば抜け目なく動向を見ておきたい。


「いいけど……ああ、じゃあ手伝ってくれる?」





 予定になかった一仕事をこなした二人は、改めて、降りてきた時に使ったロープを使い崖の上に戻る。


 上は、やや隙間の空いた林となっている。

 この付近には三十名近くの賊が潜んでいるのだが、すっかり退避してしまっている。


 さすがはプロである。

 参加人数は多いのに、痕跡も残していない。


 ――いや、一人いた。


「遅かったな」


 言葉少なにパチゼットに張り付いていた大柄な男。

 ギランだ。


 彼はロープを張った場所にいて、二人を待ち構えていた。


「ゼットはどちらに?」


 口調や態度を「メイドのエル」に切り替えて、エイルはロープを回収しつつ問う。


 セリエはこれまでも、そして今も警戒心を隠さないギランに対し、彼と同じように警戒の目を向けている。

 彼女なりの臨戦態勢だということを、エイルは知っている。


 だからこそ、無警戒のように見せかけて、ロープを回収する態度を見せられる。


 いざとなれば、セリエが動くだろう。


「おまえら何者だ。ゼットに何をした」


 人目がないところでしか話せないことがある。

 それはエイルたちもだが、彼も同じだったようだ。


「――何者だ、とは?」


 ギランが剥き出しにした疑惑の目に、セリエは冷たい態度で臨む。


「説明があったでしょう?」


 ロープの回収を終えたエイルが言った。


「私たちはゼットの女ですよ」


 内心ものすごく抵抗感露わに。


 それを堂々口にしなければならない事実に、嫌悪感と嘔吐感と屈辱感と恥辱感とほのかな殺意が顔に出そうになりつつも、いつも通りの表情と態度で言った。


「――嘘だな」


 そんな努力の末の一言は、簡単に切り捨てられたが。


 確かに嘘だ。

 冗談じゃない。

 そんな事実あってたまるか。


「あいつは胸のないガキみたいな女には一切興味がない。特におまえだ。おまえを抱くとは思えん」


「…………」


 エイルは我慢強い。

 思わず拳を握りかけたが、ぐっと我慢する。


 ぐっと。

 全身全霊で。

 こみ上げる怒りと、こんなことを言わせる原因となったコードへの憎悪を。


「ゼットに聞いたらどうですか? どういうつもりで、だ、抱いたのか、って」


 まずい。

 屈辱と怒りに言葉が震えた。


 さすがのエイルも我慢の限界が近い。


「――仕事の直前ですよ? さすがに今揺さぶるのは反逆行為に等しいと思いますけど」


 そんなセリエの援護が入り、ギランは大きく息を吐き、踵を返した。


「見ているぞ。俺はおまえらを信じない」


 




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[一言] ゼットの敵ではないかもしれないが胸で判断する女の敵ではあるからヤろう
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