267.メガネ君、ゼットの女になる
「――アニキ!」
夜に溶けるように部下たちがいなくなり、さて俺たちも行動に移ろうかというタイミングで、そいつらは来た。
事前に聞いていた通り、近づいてきたのは三人だ。
「アニキ、今までどこにいたの? ずっと探してたんだけど」
ゼットを兄と慕う、ゼットの一つ年下となる少女。
ちなみに血の繋がりはない。
光の少ない暗がりでも、燃えるような赤い髪はちょっと目立つ。
彼女の名前はトリメ。
追っ払っても追っ払ってもゼットの後を付いてくる、追っかけみたいなものだそうだ。
「うるせぇなぁ。てめぇには関係ねぇだろぉ」
マリオンことパチゼットは、ゼットらしい返答でトリメに見向きもしない。
――決して独断ではない。これはキーピックから指導された通りの反応である。
曰く「何人かは……つかたぶん三人くらい馴れ馴れしくゼットに絡んでくるから、こいつらの名前と特徴だけは憶えとくよーに。基本『うるせー』『黙れ』『どっか行け』『死ね』でいいから、適当にあしらっといて」とのこと。
……ほんの少しだけゼットと接したことのある俺からすれば、もうちょっとこうなんか、ゼットの言葉には妙なユーモア的なものは感じたんだけどな。
乱暴者でしかないのは確かだけど、言葉は意外と選んでいた気がするんだけど……
まあ、いいか。
部下たちへの応答は違うってことなのかもしれないし。
非常に不愉快そうなパチゼットの顔にもめげず、トリメの隣にいる男性が言う。
「心配していた。狩猟祭りから帰ってこなかったからな」
かなり大柄な男だ。二十歳くらいだろうか。
料理人ベルジュくらいの上背があるが、彼ほど筋肉が分厚いわけではない。ほどよく引き締まった身体である。
この長身に、特徴的な黒に近い茶色の髪。
たぶんギランという男だろう。
寡黙で、仕事中は常にゼットの傍にいて、雑事などをこなすそうだ。
ゼットより年上だが、命の危険があった時にゼット救われて以来、舎弟のようになっているとか。
「死ね」
パチゼットは教えられた通りの返答である。にしてもひどい返事だ。ギランは心配してたって言ってるのに。
「ハッ。どこぞで野垂れ死んでると思ってたぜ。てゆーか死ね」
そして三人目の男は……おっと、これはこれは……
三人目は、ゼットに負けないくらいタトゥーだらけの、ヤバそうな奴である。
細身でそんなに背は高くない、というゼットとよく似た身体付きで、全身に派手なタトゥーを入れている。
年齢は二十歳くらいだろうか。
伸ばした緑色の髪が異様にサラサラなこの男は、間違いなくリッチ・クロスだろう。
なんでも「墓場のリッチ」とかいう正真正銘の賞金首で、流れ流れてクロズハイトにやってきたという、どこに出しても恥ずかしくない悪党なんだそうだ。
流れてきてすぐにゼットと衝突し、完膚なきまでにボッコボコにされてからは、「いつでもどこでも仕掛けていい」という条件でゼットに下り、今は部下として落ち着いているとか。
――意外というかなんというか、ゼットはこの三人の中では、このリッチが一番仲が良いらしい。よくケンカし、たまに酒を飲み、そこそこの頻度で連れだって娼館街に遊びに行くとか。
まあ、悪党同士で波長が合うんじゃないですかね。
「うるせぇ早く行け」
パチゼットがそう言っても、リッチは……というか三人とも、どこにも行かなかった。
いかにも「このまま付いていきます」と言わんばかりに。
「ねえねえアニキ! アニキ!」
「馴れ馴れしいぞおい!」
ゼットの腕に絡みつくトリメに、キーピックががーっと言うが、彼女は見向きもしない。
「触んな」
パチゼットが乱暴に振り払うも、トリメはめげず――
「あの女たち、だーれ?」
俺たちを指差し、そう言った。
「……ん?」
おいパチゼット。マリオン。素の顔でこっち見るな。予想外の質問されたーみたいな顔してるから。
一瞬。
本当に一瞬、すごく間の抜けた沈黙が訪れた。
明らかにマリオンがゼットじゃない反応をしたせいだ、が――
まるで穴埋めをするかのように、コードがさらりと答えた。
「――全員ゼットの女だよ」
――えっ。
「――えっ」
「――んっ?」
無言で驚く俺、小さな声を上げるセリエ、「もう一度言ってみて?」と言い出しそうなハイドラ。
三者三様、コードの突然の言葉に驚いていた。
……俺たち三人、ゼットの女なんだってさ。
なんて嘘をつくんだ、あいつ。
「………」
見るなシロカェロロ。
わざわざ正面に回って俺たちを見るな。
「何見てるの?」
「……他人事だと思って……」
ハイドラもセリエも、気持ちは俺と同じのようだ。
だよね。
あの犬のあの視線、間違いなく面白がってるよね。
犬め。
「確かそう言ってたよね? ゼット」
「お? お、おう」
急なアドリブだが、パチゼットは調子を合わせた。
「よく知らないけど全員抱いたぜぇ」
…………
なんかマリオンも腹立つな。仕方ない場面とは言え。
「ついでに言うと、あの犬はペットにしたんだって」
「――ハッ!?」
息を吐いたような声なき声を上げて、驚くべき言葉を口からこぼしたコードを振り返るシロカェロロ。
色々と言いたいことがあるのだろう。
犬じゃなくて狼だ、とか。
ペットとは何事だ、とか。
「ペット」
「ついで」
「犬」
俺、セリエ、ハイドラでぼそぼそと言ってやると、グルルルルと低く唸り出した。なんだよ何怒ってるんだよ。君からやり出したくせに。
――こっちの心情や対立など気にもせず、コードは歩き出して闇夜に溶け込みながら、更に続けた。
「しばらく帰って来ないと思ってたら、ゼットはよそで女作って遊んでたんだって。気に入ったから連れて帰ってきて、今ここにいるわけ。
ま、腕は立つから僕は文句ないけど。――それより早く行こうよ」
更にかましやがった。
あいつめ。
あいつめっ。
「――ねえ。あとであいつ殴ろうか?」
小声で言った俺の言葉に、二人と一頭は迷いなく頷いていた。
こうして俺たちはクロズハイトを出発した。
――ハイドラが言っていた「裏切りの気配」を感じたまま。




