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265.メガネ君、「えっ」と思う





「――うわっ、ゼットのパチモンだ!」


 顔を合わせた瞬間、キーピックがマリオンを見てそんな声を上げた。


「――はっはっはっ。パチモン言うなよー」


 マリオンは笑い飛ばす。特に気を害した様子はない。


「これはすごい。似ているとかいうレベルの話じゃないね。見た目だけならゼットそのものだ」


 ゼットをよく知るコードの目から見ても、その姿は遜色がないようだ。


 でも、本人の言う通り「見た目だけなら」って話である。

 キーピックが言ったことは、失礼ではあっても、間違いではないのだ。


 雰囲気は似ても似つかないからね。

 それは俺も思う。


 そしてマリオン本人もわかっていることだ。


「これなら代役として申し分ない」


 こうして、顔合わせをした瞬間から、「ゼットの代役を立ててどうにかする作戦」が確定した。


 これまでは、あくまでもこっちだけの確定事項だったから。

 しかし依頼人が認めたとなれば、これで双方合意の上で、大まかな作戦に納得したことになる。





 昼にも会った、飯屋の奥の個室である。

 夜になってまた同じ部屋に集まり、これからコードらと突っ込んだ打ち合わせが始まる。


「パッと見は似てるけど、なんかこう、雰囲気が全然違うんだよなぁ……」


 キーピックは近寄ったり少し遠ざかったりしつつ、ゼット姿のマリオンを難しい顔して眺めている。


 向こうの二人には、ハイドラから「そっくりさんがいるから代役を立てる」的な説明はしてあったが。

 そのそっくりさんと会ったのは、この時が初めてである。


 驚くのも無理はないだろう。

 俺だって「それができる」みたいな噂を聞いていた、にも関わらず驚いたからね。


「まあ、結局は別人だからね」


 すごい至近距離で穴が開くほど眺めるキーピックに、最初からゼットの姿をしているマリオンはのんびり答えた。


 確かにゼットらしくはない平和な返答である。


「正直そっちの犬にもかなり驚いてるんだけど、完全に触れるタイミングを逸したよね」


 そっちの犬ことシロカェロロに触ろうと、彼女は手を伸ばすが――


「あ、触っちゃダメ」


 すかさずハイドラが止めた。


「え? 噛むの? このサイズに噛まれたらシャレになんないけど」


 うん。

 手を丸ごと逝かれるよね。その大きさは。


 まあ、シロカェロロは獣ではないので、敵じゃなければそこまではしないと思うけど。


「噛むというか、噛み千切るわね」


「えっ!? 噛むだけじゃ済まずに千切るまで!?」


 さすがにしないだろ。

 ハイドラはシロカェロロをなんだと思ってるんだ。


 …………


 ……え?


 しないよね?


 なんでシロカェロロはじっとキーピックを見ているんだ。

 そんな真剣な目をして何を考えているんだ。

 冗談じゃないと言わんばかりの目をするのはやめろ。……本当にやめろよ噛み千切るとか。


「なんでそんなヤバイ犬連れて来てんの!? こんな見事な毛並みしてたら触っちゃうじゃん!」


 その気持ちはわかる。俺も触りたい。

 けど、そもそもシロカェロロは犬じゃないし、仮に犬だとしても犬の話をするために集まっているわけでもないからね。


「まあまあ。その犬は頭がいいから問題ないよ。触ろうとしなければな」


 と、ゼットらしからぬ険のない口調でマリオンが言う。


 ちなみにマリオンは、素顔は見せないし、名前も名乗らないことを俺たちに告げている。

 

 「変装のプロ」としては、やはり本性を見せたくはないのだろう。

 外部の人間なら尚更だ。


 俺も同じように「メイドのエル」に変装して誤魔化しているので、その気持ちがわからないわけがない。


「俺の口調とか仕草とか、その辺の指導は任せるよ。付け焼刃でもしないよりマシだろ?」


 「形態模写(レプリカ)」を駆使し、声もゼットに近いものに「模写」しているマリオンは、本性が男性に見えるよう若干言葉遣いも変えている。


 これも俺と同じようなものである。

 だよね。できるだけ全てを誤魔化したいよね。


「キー、ゼットの仕上げ(・・・)は任せるよ。僕らは作戦の話をするから」


「わかった。じゃあパチゼット、隣の部屋でゆっくり話そうか。ここ狭いし」


 そうだね。


 元々あまり広くないこの個室、恐らくは四人くらいがちょうどいいのだろう。

 なのに今は、コードとキーピック、俺とハイドラとセリエとマリオン、更にはシロカェロロもいるのだ。


 結構な密度である。


「おい、失礼なことを言うなよ。そのゼットはパチモンじゃなくて変装だ。わざわざ僕らのために来てくれているんだぜ」


「いやいや、いいよいいよ」


 キーピックをたしなめるコードだが、パチモン呼ばわりされたマリオンは明るく返した。


「君らはゼットと付き合いが深いんだろ? だったら俺のことをゼットとは呼びづらいってのは理解できるさ。心情的にも呼ぶのに抵抗あるんだろ?


 でも暫定でも呼び方があった方がやりやすいから、俺のことはパチゼットって呼んでくれよ。それでいいから」


「そうかい? ……すまないね。そういってくれると助かるよ」


「気にするなよ。つまんないことで依頼人と揉めるほど、俺たちは素人じゃないからな」


 ふうん……


 俺はまだマリオンのことをよく知らないけど、彼女もまた、完全な素人というわけではないのかもしれない。


 これまでに何かしらの仕事をしてきて、それなりの経験を積んでいるとか。

 そういうタイプなのかも。


 ――こうしてマリオンことパチゼットは、キーピックと一緒に部屋を出ていった。





 そこからは、すぐに具体的な作戦会議になった。

 ハイドラも言っていたが、コードも一刻も早く話を動かしたいと思っているのだろう。


「荷馬車の情報は掴んでいる。手頃に狙えそうなのは二件だ」


 コードたちも作戦に向けて情報収集はしていたようで、狙うべき獲物を定めてきていた。


 そう、俺たちができる話は、ここまでだったのだ。


 何を狙うのか。

 どういう馬車を狙うのか。


 これがわからないと、突っ込んだ作戦なんて立てようがなかったから。


 その欠けていた情報を、コードは用意していた。


「一つは、大帝国方面に向かう街道を移動している馬車。大帝国で店を構えるエリュオ商会の大商隊だ」


 大商隊……だと?


「もう一つは、大帝国側からここクロズハイトへやってくる、ベッケンバーグ子飼いのゼニス商会の馬車。こっちは僕らにとってはウサギだね」


 ウサギ。

 手頃に狩れるおいしい相手、って意味だろう。


 クロズハイトで名を上げているゼットからすれば、もっとも名前を出せば効果的な相手、ということになるのだろう。


 ――ゼット健在を見せつけるだけなら、後者でいいはずだ。


 楽に、かつ安全に馬車襲撃が完遂するなら、それに越したことはない。


 ……と、俺は思うのだが。


「大商隊って? 具体的な規模は?」


 問題は、この話は主導権はハイドラが握っているってことだ。


 馬車を襲うという今回の案件に関して、すごいウキウキしているからなぁ……


「大型馬車が五つ。作物も武具も雑貨も酒も薬も、恐らくは宝石類も運んでいるだろう。エリュオ商会は宝石の原石で財を成した商人だからね。

 だから当然――」


「護衛も多い、ね」


 うん。

 絶対に奪われまいという布石を打っているだろうね。

 だからこそ、商隊を組んで、お金になる荷を沢山運んでいるのだ。


 それだけに、奪えれば大した儲けになるんだろうね。

 奪えれば。


 ……俺の本音を言うならば、真っ当に働いて稼げ、としか言いようがないが……


 ――いや、考えるな。


 もうやると決めたんだ。

 こういう前向きじゃない思考は、いざという時に動きが鈍る原因になる。


 俺は確かに素人だが、だからといって素人仕事が許されるわけではない。

 むしろ素人だからこそ、気合を入れて全力で取り組むべきである。


「護衛の規模は? 有名所が揃っているの?」


「全部で十四名。半分は商会お抱えの護衛で、元は二つ星のベテラン冒険者。もう半分は二つ星の現役冒険者チーム『雪熊の爪』。かなり強いよ」


 十四名。

 しかも二つ星クラスの冒険者ばかりがいるのか。


 正直、田舎者なだけに、大商隊と言われても見たことがないからピンと来ないし、護衛の数も多いのかどうか、俺には判断ができないんだよね。


 それに二つ星の冒険者も、強いはずだ。弱いわけがない。


 ……まあ、それもあんまり知らないんだけどね。


「こちらが使える数は?」


「三十名くらいかな。ちなみに一人一人はあまり強くないね」


「でも三十人いるんでしょ? だったら大丈夫よ」


 えっ?


 大丈夫じゃなくない?


「そのエリュオ商会の大商隊。狙いましょう」


 ……えっ?


 狙うのもう決定なの?

 俺たちに相談とかなく、決定しちゃうの?






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