263.メガネ君、馬車の襲い方を思案する
話が進む前に、少しだけ見せてくれたマリオンの「形態模写」。
己の姿を完全にゼットに「変えた」彼女は、どこからどう見てもゼットそのものである。
少しだけ奴と関わった――間近で話したことがあるだけに、俺には本当に本人にしか見えないくらいの出来栄えだ。
本当に、似ているとかそっくりとかそういう次元ではない。
まさしく本人である。
さすがにゼットが持つ理性と知性の足りなさ、狂暴性、自信満々で常に相手を挑発しているかのような口調や態度までは再現できないようだが、それでもだ。
……いや、その辺を加味すれば、やっぱりちょっと別人に見えてきたな。
姿は一緒でも、むしろゼットらしさが全部ないのだ。
パッと見は同じでも、ちゃんと見ると普通の青年にさえ見えてくる。
まあこれは俺個人の感想だけど。
でも姿だけは間違いなくあの男である。
だが、個人的じゃない問題点を言うなら。
「声が変わってないのと、タトゥーがないね」
ゼットの顔にはタトゥーが入っていなかったのであまり気にならなかったが、でも身体中に入っていた。
あれは誰の目から見ても目立つ。
あと、声もだ。
声はマリオンのままで違和感がある。
「私が見たのはゼットの『姿』だけだからね。少し話をして声を聞かないと、『声色』までは『模写』できないんだ」
あ、じゃあ、条件が揃えば「声」もそっくりにできるのか。
すごい「素養」だな。
――マリオンがゼットを見たというのも、本当にたまたまチラッとだけ……奴が孤児院に何かを差し入れしに来たのを偶然見かけただけなので、接してはいないらしい。
「タトゥーに関しては……なんでだろうね。私の『形態模写』は魔法みたいなものだから、私が自由に変えられる部分って意外と限られるんだけど」
つまり「ゼットになろう」と思えば自動的にこうなる。
自動的になるから、タトゥーが再現できない理由はわからない、と。そんな感じか。
「『ゼットの素養』に関わるからじゃない?」
ハイドラが言い、ゼット姿のマリオンが頷く。
「そうだね。姿形は『模写』できるけど、『素養』まではできない。再現できないなら、あのタトゥーは『ゼットの素養』である可能性は高い」
――まあ俺は答えを知っているわけだが。
あれは「素養・魔鋼喰い」で、体内に入れている金属だと思う。
奴から「登録」したもので、俺も同じことができる。
いや、同じじゃないか。
きっと数段劣った「再現」だと思う。
しかし、軽はずみに口を割るわけにはいかない。
後になって色々と恐ろしいことになりかねないから……ゼットの報復も怖いし、なぜ俺が知っているのか疑問を持たれるのも困る。
まあ、なんにせよ、今は「ゼットの素養」は主題ではないので、言う必要もないだろう。
「タトゥーくらいならなんとかなるでしょう」
ハイドラの言う通りだ。
その辺はなんとかなると思う。
「声も、マリオンが再現できる中で、ゼットに似た『声』に『変え』ればいいわ」
「そうするね。――もういいかな?」
誰も同意していないが、マリオンはさっさと元の自分の姿に戻った。チラ見せタイムは終わりのようだ。
「体形が変わると服がキツいんだよね。はーやれやれ」
まあ、ゼットも大柄な方じゃないけど、マリオンよりは大きかったからね。
俺はマリオンの「素養」を見て、ゼットの身代わりを立てる作戦が実行可能であることに同意した。
マリオンがチラ見せしてくれたのは、「エイルの目から見てできるかどうか判断してくれ」とハイドラに言われた結果だ。
なぜだか彼女が俺を過大評価しているせいである。
「あと、詳細は省くけれど、一応伝えておくわ。
私たちの依頼人は、ゼットに近しい二人の友人たち。
コードという男と、キーピックという女。
指揮権は私にあるけれど、次点でこの場の皆、その次にこの二人にある。
その他の人たちの言うことは、間違っていると思えば聞かなくていいわ。――シロ、もしもの時のためにこれは覚えておいて」
途中から合流し、床に寝そべって待機していたシロカェロロは、ゴリゴリと馬の骨をかじるのをやめて青い瞳でハイドラを一瞥した。
反応からして言葉は通じているので、見たのは「わかった」という合図だろう。たぶん。……またゴリゴリやってるけど。馬の骨嬉しそうだな。夢中じゃないか。
「依頼を受ける交換条件として、コードとキーピックの『素養』を聞き出したの。情報を共有しておきましょう」
うん。
ちなみに、二人が語る己の「素養」に、虚偽はなかった。
俺は「メガネ」で、二人が実際やって見せたところを「視て」確認が取れたが。
きっとハイドラも、なんらかの方法で、嘘かどうかを見抜こうとしていたのだと思う。
そして、もしそこに嘘があれば、彼女は手伝うことを断っていたかもしれない。
やることなすことに大小の差はあれど、それでも、馬車強襲なんて危険が伴う仕事であることに変わりはない。
だから、信用できない者と組むことはできない。
寝首を掻かれるような結末も、ないとは言い切れないから。
俺は、信用できない者と組むくらいなら、独自に動いた方がマシだと思っている。
孤児院を守る方法も俺たちだけで考えてやればいい、と。
でも、あの二人はそのハードルを越えたからね。
どこまで信用していいかはわからないが、今この時点では、まだ信用してもいいと思う。
「まず、コードは『色彩多彩』。
物質の表面に色を付けるというものよ。
――恐らくゼットのタトゥーの再現と、シロの変装に関してはこれが使えると思うわ」
物質の表面に色を付ける。
言葉にすれば「ただそれだけ」のものだが、実際はかなり深刻かつ面倒である。
視覚の誤認と、瞬時の着色。
この二つが持つ可能性は、かなり幅が広い。
曲者っぽいコードらしい「素養」だと思った。
「キーピックは、『隣の貴方』。隣の部屋の内部状況と、誰がいるのかを探るものよ。結構詳細にわかるみたい」
これに関しては普通に曲者だ。
簡単に言えば、空き巣に入り放題になるということだ。不在か否かを確実に把握できるのだから。
ただ、「ある程度密閉された四角で区切られると、その中はまた『違う部屋』と認識されるんだよね」と言っていた。
色々な言葉をまとめた「ある程度」ってのが若干気になるけど。
たとえば、ドアが開いていたら認識できるのかどうかとか……まあ、些細な疑問だけど。
部屋の構造やどこに何があるか、頭の中に浮かんでくるそうだが。
「隣の部屋」にある、ある程度密閉されたクローゼットや、机の引き出しの中などは探れないそうだ。
それは「隣の隣の部屋」になるから。
でも「ある程度の広さ」じゃないと、「部屋」と認識できないとも言っていた。
色々と変な矛盾があるよね。
あるいは、俺たちに詳細を話す気はなかった、とか。
話すことの九割が本当で一割は嘘、みたいな区別は付けていたのかもしれない。
まあ、やっぱり空き巣用の「素養」って感じだね。
あとは隠し部屋とか探すのに便利なんじゃないかな。
「作戦上、コードの『色彩多彩』はどこかで使うことになると思うわ。これも留意しておいてね」
ちょっと長くなったが、これで前情報は話しただろうか。
あとは、馬車の襲い方か。
俺が考えてもいいと言っていたから、考えてみようかな。
落とし穴はかなり有効な馬車の止め方だと思うけど。
穴を深くすると馬や荷、そして乗っている人を傷つけてしまうかもしれない。
でも、穴が浅すぎたら脱出される恐れもあるしね。
なんかあるかなぁ。




