262.メガネ君、マリオンの素養に驚く
「――なるほろ。はらしはわかりまひた」
しばらく食いに専念していたシロカェロロのペースが落ち着いてきた頃、ハイドラが馬車強襲の手伝いを探していることを告げた。
もちろん俺たちも食べた。
すごくうまかった。
いつになく豪華で、軽い祝いの席だと言われて納得できるものだった。
ブラインの塔周辺に生息する巨大なシカと、クロズハイト周辺にいる壊王馬と魔豚。
薄切りにした三種類の肉を盛り合わせ、それに最適なスパイスやソースが掛かっていた。
独特の癖が残るシカ肉は甘いソースで。
脂の多い豚肉は複数のスパイスでピリッと。
締まった馬の赤身は、少し赤さを残して蒸し焼きにしていた。
どれもこれもすごくおいしかった。
ただ焼いただけ、蒸しただけだとベルジュ本人は言うけど、明らかに俺が同じようにやったものとは違うんだよなぁ。
どれか一つでも再現できれば、人生の楽しみが増えるのに。
……料理、ちゃんと教えてもらおうかな。
ただ食って満足してないで、ちゃんと聞き出してみようかな。
そんな想いを抱かせる魅惑の三種盛りを腹いっぱいに満たし、ようやく再び本題である。
俺たちはすっかり終わって食後のお茶を飲んでいるが、シロカェロロはまだ食べている最中だ。
口いっぱいに肉を詰め、もぐもぐしつつ頷く。
「その程度でよければお手伝いしましょう。さすがに一国の騎士隊を狙うと言われれば躊躇いますが」
あれ、結構簡単に頷いたな。
まだ孤児院云々の裏の話もしていないのに。
強奪・略奪行為に対して、なんの抵抗感も感じないのだろうか。
「こっちとしては助かるけれど、そんなに簡単に了承していいの?」
俺と同じことを考えたらしいハイドラが問えば、シロカェロロはこう答えた。
「先生方が貴方達の行動を許している上に、貴方達はここで学ぶことよりそれを優先しています。
どう考えても、やらざるを得ない事情があるとしか思えないですね。
私を手伝いとして欲しいのなら、私が事情を知る必要はないでしょう。私は手伝いとして、貴方達の指示に従うだけです」
……なるほど。言われてみれば確かにそうか。
なんというか、プロっぽい考え方である。
依頼人の事情には踏み込まない、ただ依頼されたことをこなすだけ、という。
すごく共感できる。
俺だって犯罪行為じゃなければ、同じように考えただろうから。
「そう。じゃあ手伝ってくれる?」
「わかりました。ただし私は狼として行動します。これ以降、会話での意思疎通はできませんので」
まあ、一部一方通行ではあるが、交流は可能だ。
シロカェロロからの発信がないだけで、こっちの言葉はきちんと伝わっているから。
ならば問題はないだろう。
こっちの話が一応終わったので、正味六杯目の三種盛りを平らげたシロカェロロは皿を持って立ち上がると、台所のベルジュの方へ向かった。
全員がすでに食事を終えている。
ベルジュは今や、彼女のためだけに台所に残り、ものすごい量の肉を焼いていた。お疲れ様です。
「――ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「――そうか。味わって食べていたようには見えなかったが、気に入ってくれてよかったよ」
「――失礼ですね。味わうためにこの姿で出てきたのに。……おや? それは?」
「――馬の骨だな。犬なら喜ぶと思って残しておいた。いるか?」
「――失礼ですね。私は狼ですよ。犬ではありません」
「――ああ、それは悪かった。じゃあいらないな」
「――いいえ。私のために残しておいたと言うのであれば、せっかくなのでいただきましょう」
シロカェロロはシッポを振りながら骨を受け取り、シッポを振りながら上階へ消えていった。
…………
狼と犬の違いがよくわからなくなってきたけど……、まあ、嬉しそうで何よりだよ。
若干の不安があるようなないような気もするが、とにかくこれでこちらの人材は揃った。
ハイドラ。
マリオン。
セリエ。
シロカェロロ。
そして、俺。
俺以外全員が女性という偏った構成である。
まあ、実力があればなんの問題もない。
というか、俺も女装して行動するつもりなので、むしろ紛れていいのだろう。
「これからちょっと突っ込んだ話をするわね」
ハイドラは、馬車強襲の具体的な作戦を話し出した。
「夜までには作戦を決めて、明日には決行するつもりよ」
明日か。
なかなか慌ただしいスケジュールだな。
「まず、今回はマリオンが主役になるわ。かなり負担を掛けるかもしれないけれど」
「問題ないよ。私の場合、元々そういう役目が想定されてるからね。話を受けた時から覚悟してるよ」
まあ、「そういう素養」らしいからね。
「それに依頼人には『あなたの素養』を話すことになるわ」
「それも最初から想定されたことだよ。気にしなくていいから。――というか対応策くらいいくらでもあるしね」
マリオンは平気平気と笑っているので、話は進む。
「あなたにはシロを付けるつもり。あなたの身の危険には彼女が対応するから、戦闘面は何もしなくていいわ」
「期待してるよ。戦闘は自信ないから」
建前の実行犯と、建前を守る護衛といったところか。
「たぶん私もマリオンの近くにいると思う。あなたを通じて全体の指揮を執るから。でも常に一緒にいられるとも限らない。留意しておいて」
うん。
全体を見ていないといけない以上、一カ所だけに留まることはできないだろう。
「エイルとセリエには偵察と援護、威嚇行動辺りを任せたいの」
偵察。援護。威嚇行動。
つまり離れた場所から見ていろってことか。
「なんなら馬車を止める方法も考えてくれていいわ。ちなみに私はセリエの『落とし穴』で止める方法を考えていたけれど」
――ちょっと聞いた話では、課題だったゾンビ兵団討伐において、暗殺者チームはセリエが魔法陣で造る落とし穴を活用したらしい。
ある程度のゾンビをおびき出す。
まとめて落とし穴に落とす。
聖なる力でどうにかする。
流れとしてはこんな感じである。
「まとめて」「罠に掛けて」「処理する」という行程は、魔物狩りチームの作戦と似ている。
詳細を聞きたいが、今聞くべきではないだろう。
「役割分担はこんなところね。
ここにゼットの仲間が加わるけれど、指揮権は私にあるから、彼らの言うことより私の指示に従ってね」
そこは大事だよね。
勝手な行動を取られて失敗なんてしたら、目も当てられない。
……まあ、あのコードという男が関わるなら、そんな軽率な行動を取るとは思えないが。
現場では想定外のことも起こるかもしれないが、でもそれでも、邪魔になることや無駄なことはしないと思う。
「ここからは具体的な話に入るわ。まず――」
途中から狼型のシロカェロロも合流し、話し合いは夕方まで続いた。
そして――
「どう?」
どう、と言われても……
「すごいとしか言いようがない」
俺たちの目の前には、ゼットがいた。
――マリオンの「素養・形態模写」。
自分の姿形を別人に「変える」というものである。
……噂には聞いていたが、ここまですごいとは思わなかった。




