261.メガネ君、シロカェロロと話す
見慣れない獣人の出現に、ここにいる全員の視線が彼女に向けられる中。
「シロ。ここ空いてるわよ」
ハイドラが声を上げ、このテーブルに呼び込んだ。
本当に抜け目のない奴である。
これは確実に、こっちの事情に巻き込む気で呼んでいる。
まあ、実行犯不在の現状、俺が庇ったり邪魔したりする理由もないが。
最悪俺に押し付けられかねないし。
シロなんとかは教官のお墨付きである。
弱いはずがない。
「失礼致します」
彼女はこちらにやってきて一言、シュレンが空けた椅子に座った。……髪がぶわっとなっているせいか、なかなか威圧感がある。
「ハイドラ。何の悪だくみを?」
お、気づいていて来たのか。勘がいいというか、さっぱり潔いな。
「ちょっとしたお手伝いを探しているの。どう? あなたやってみない?」
物怖じしないし人見知りもしないハイドラは、遠慮なく直球を放り込んだ。
まさに、これぞリーダーの資質、リーダーの能力というやつである。
俺にはないし必要ないし欲しくもないけど。
「それはこの格好じゃないとできないことですか? この格好は面倒臭いのです」
無表情で淡々とした口調である。なるほど、こういう奴なのか。
それにしても、この格好が面倒臭いとはどういう意味だ?
獣人型じゃないとダメなのか、的な意味かな?
「えっと、一応そっちが本体なんだよね? 狼の方じゃなくて」
マリオンが問うと、シロなんとかは頷く。
――後に聞くが、暗殺者チームも、この時初めて獣人型の彼女を見たそうだ。もちろん話をするのも初めてだったそうだ。
物怖じしないハイドラだけに、いきなり対応力の高い対応を見せているのである。
俺はやっぱりいらない能力である。
「私の場合、獣の姿の方が過ごしやすいのですよ」
それらしいことは紹介された時に聞いていたが、やはり意外というかなんというか、珍しいケースだとは思う。
狼の姿の方が過ごしやすい?
人型じゃない方が楽?
――接する側なら間違いなくそっちだが、自分が変化するとなると、どうかなって感じである。ちょっと想像が及ばない。
「特に服が煩わしいのです。動きの邪魔です。それに胸が窮屈です」
あ、はい。
……あんまり人の身体的特徴をどうこう言いたくはないが、大きいからね。超でっけえボイン、って感じだからね。
「つまり狼の時は裸……?」
セリエ。
そういうところには触れなくていいと思う。
「ええ。素っ裸です。生まれたままの姿です」
シロなんとか。
そういうことも言わなくていい。
「むしろ衣服をまとう方が、自然な状態とは言い難いのではないですか? 本当に私がおかしいのでしょうか? もしかしたら皆さんの方が間違っているのでは?」
いらん疑問も投げかけなくていい。
「まあその辺はいろんな主義主張があっていいじゃない。人それぞれよ」
さすがのハイドラがさらっと話を流した。いいねその面倒臭い話を右から左にさらりと受け流す感じ。その能力は欲しい。
「それより話を戻すけど。むしろ今の姿より、狼の方が利便性は高いと思う。ちょっと変装はしてもらうかもしれないけれど」
利便性か。
確かに獣の姿の方が動きやすいシーンというのも、ありそうではある。
たとえば俺にスパイを送り込むと仮定するなら、猫型の獣を近づければ、俺の内部事情は筒抜けになるだろう。
人間は信用できないけど、動物なら……と考える者もいるはずだ。俺自身がそれに近そうだし。
「そうですか。狼でいいなら考える余地があります。詳細を聞きましょうか」
あ。
「話の前に二つ聞きたいんだけど」
口を挟むと、シロなんとかが初めて俺を見た。
綺麗な青い瞳だ。
ハイドラと同系色だけど、若干色が違うんだな。
「その前に、貴方のお名前は? 初対面ですよね?」
「俺はエイル。君とは……というか、ここにいる三人とも違うチームの者なんだけど」
「エイル。私はシロカェロロです。宜しくお願いします」
シロ、シロカェロロ。
よし覚えた。
「まず、なんで今獣人型で出てきたの? なんか用事があったんじゃないの?」
「用事と言うほどでもないですが、この姿である必要があったからです」
なんかちょっとややこしいけど、用事というほどの用事でもないと。
「じゃあこのまま話し込んでていいの? 長くなるかもしれないし、先に用事を済ませてからの方がいいかも」
「元々少し待つ必要がありますので、お気遣いなく。大丈夫です」
ああそう。じゃあいいか。
「もう一つは、君は接近戦は強いんだよね?」
「そうですね。この姿でも、この場の全員より強いし、狼ならもっと強いです」
あ、じゃあ大丈夫だな。
教官も言っていたくらいだから、嘘ではないだろう。
ハイドラに話の続きを促そうとした瞬間、シロ……シロカェロロは急に立ち上がった。
何事かと見ていれば、ばさりと尾を一振りし、俺たちに背を向けた。
「時が来た」
は? 時……?
「――できたぞ! 取りに来い!」
ばっさばっさばっさばっさばっさばっさ
シロカェロロは毛量豊かなシッポを振りながら、料理人ベルジュの声に導かれてスタスタと行ってしまった。
「今日は新入りの歓迎の意味も込めて、たくさん肉を焼いたからな! おかわり自由だ!」
なんだと。
ベルジュが焼いた肉が、おかわり自由だと。
なんて日だ。
間違いのない日どころか、まさかのお祭りじゃないか。
「ああ、彼女の用事ってこれだったのね」
ハイドラが納得したように言い、俺も納得した。
山盛りの肉を盛り付けられた皿を受け取るシロカェロロの尾は、激しく大暴れしていた。
なんでも、ちゃんと味付けされた料理は、獣人の姿の方がおいしく食べられるそうだ。
そういう理由で、今は獣人として現れたわけである。
――つまり、食い物で釣ることができると。
ならば確保は難しくなさそうだ。




