257.メガネ君、ゼットの仲間と会う
「――あれ? どこか行くの?」
朝の訓練を終え、朝食を済ませ、今日から座学が再開される。
……のだが。
俺も受けたい座学へ向かう皆とは裏腹に、俺とハイドラは逆方向に移動する。
これから数日は座学を受けられない。
気が進まないが、行かなくてはならない。
二人して塔から出ようとする。
そんな異質な行動を、リッセに見つかった。
「用事があってね。エイルは借りるから」
リッセの視線は俺に向いていたが、俺が答えるより先に、隣のハイドラが答えていた。
「用事?」
「教官たちは知っているわ。場合によってはあなたにも協力を願うことになるかもしれないけれど、今は私たち二人だけでいいの」
おお……そういえばハイドラは意外とちゃんと説明するタイプだよなぁ。
俺だったら、リッセには「君には関係ないけど」と言って終わりにするところだけど。
冷たいかな?
でも仕方ない。相手はリッセだから。
俺たちはこんなもんだ。
「なんだ? 揉め事か?」
たまたま近くにいたサッシュまで絡んできた。面倒だな。
「なんじゃ? カチコミけ? ケンカなら素手でせぇよ。たとえカチコミでも刃物はいかんど」
これまた近くにいたフロランタンまで口を出してきた。カチコミじゃないです。
「……」
トラゥウルルはチラッと俺を見ると、すーっと登り階段へと消えていった。最近彼女には避けられている気がする。ゾンビ関係で指示を出しすぎたせいかもしれない。でもまあそれはそれでいいか。
「あ、あの、聖水、臭くなかった? 先生に教えてもらった調合で、その、強力なものを作ったから、あんまり臭い消しがき、効いてなくて」
「おまえのせいか!」
「ひぃっ」
「やめなさいよ。怖がってるでしょ」
カロフェロンがこのタイミングで言い出したせいで、あの聖水のせいでしばらく臭くなっていたサッシュが怒り出した。あの時貰った聖水や調合に関しては色々と気になるけど、今はいい。
「ね? こっちのメンバー騒がしいでしょ?」
やっぱりなんかアレなんだよね。バタバタしてるんだよね。
どうにも静かに動ける連中とは思えない。
「そうね。惜しい人材揃いなのに残念だわ」
まあ、犯罪者向きではないってことだね。
そんな彼女たちは放置し、俺とハイドラは魔法陣を通り、クロズハイトの孤児院にやってきた。
「孤児院の前で少し待ってて」
地下室から上に昇る途中、そう言っておく。
「くしゅんっ――失礼。化けるのね? 先に行っているわ」
鋭いな。さすがだ。
くしゃみを一つしたハイドラと別れて、ブラインの塔に行く直前に少しの間だけ借りていた部屋へ移動する。
すっかり引き払った後なので、何もない部屋だ。
ベッドにはシーツや毛布もなく、ただの板の箱があるだけである。
ここで過ごした日々の思い出なんて、フロランタンから霊が出たことくらいしかないので、特に懐かしく思い出す必要もない。
手早く行こう。
まず、背負ってきた荷物から服を出し着替える。
どこにでもいる女の子が着ているような特徴のないワンピースに袖を通し、小さな化粧箱を広げて手早くメイクし、カツラをかぶってブラシを通す。
あっという間に「メイドのエル」の出来上がりだ。
メイド姿ではないけど。
――コードという人は知らないが、キーピックとはこっちの姿で顔見知りである。
だからこっちの姿の方が話が早いだろうという判断である。
…………
いや、正直に言おう。
素顔で犯罪行為をしたくないのだ。
ハイドラは楽しそうだが、俺はとてもじゃないが楽しめそうにない。
今回は孤児院の子供たちに害が及ぶ可能性があるから、まだやる意義や理由を見いだせているが、気が進まないのは変わらないから。
――なんて腐ってる場合じゃないよな。
本当に気が進まないのであれば、それこそ完全完璧に仕事をこなすべきだ。
やることはもう決まっているのだ。
ぐずったり躊躇ったり遠慮したりした時点で、それは失敗のタネとなりえる。
もしかしたら、被害拡大に繋がる芽と育つこともあるだろう。
だから、やると決めたら迷わない。
俺は、俺たちも、襲う相手も、できるだけ被害を小さくするために動くつもりだ。
失敗すれば、俺を含めた味方や、襲う相手が死ぬかもしれない。
この期に及んでやる気がないとか気が進まないとか、生温いことは言ってられない。
――よし。腹は決めた。
行こう。
速やかかつ鮮やかに、さりとて油断なく慎重に、でも大胆さといじらしさを忘れず見せつけるようにして、シャープに馬車を襲ってやる。
「「――あ、龍魚の優勝者」」
おっと。
ハイドラの案内で貧民街を行き、とある定食屋に入り奥の個室で待つことしばし。
やってきた男女二人組は、俺を見て声を揃えたのだった。
狩猟祭りの優勝者だ、と。
違いますよ。俺は優勝の前に棄権してますよ。
――そんなファーストコンタクトを経て、改めて自己紹介する運びとなった。
「まあ今更って感じだけど。わたしは“鍵穴のキーピック”。よろしく!」
ああ、そう。鍵穴だったね。
帽子をかぶった小柄な女の子は、キーピック。
本人が今更と言った通り、俺もハイドラも、孤児院周辺で会ってるんだよね。
「僕はコード。よろしく」
年季の入ったコートを着た青年はそう名乗った。十代後半くらいだろうか。特徴らしい特徴はなく、強いて言えば着ているコートくらいだ。
……なるほど。悪くないな。
この二人、弱い。
二人がかりの接近戦であっても、俺が勝てるくらい弱い。数字を「視る」までもなくわかる。
それに見たところ、武器らしいものを持っていない。
あるとすれば小さなナイフくらいだろう。
――つまり荒事専門じゃないってことだ。
ハイドラから「依頼人の意向」という形で聞いていたが、穏便に済ませたいっていうのは間違いではなさそうだ。
たとえば、襲った連中全員を口封じの意味も含めて皆殺し、とか。
そういうことはしそうにない。
それに、狩猟祭り直前に話したが、ゼット自身も「殺しはあまりしない」と言っていた。
あれは本当のことなのだろう。
ハイドラの話では、この二人はゼットにもっとも近しい者……というか、元々三人組の悪ガキがそのまま大きくなってここにいるそうだ。
三人はクロズハイトで生まれた子供たちで、小さな頃からつるんで必死で生きてきた。
ゼットの犯罪者集団も、根幹は彼ら三人のみで、いつしか取り巻きのような部下がたくさんできたが。
でも、この三人の団結が強く、取り巻きや部下はあまり信じていないらしい。
まあ、場所柄の問題もあるんだろうね。
ここは無法の国クロズハイトだから。
簡単に他人を信じることはできないし、裏切られる可能性も常に考えなければならないのだろう。
「ざっと聞いてはいるけれど、今回の件について、もう一度頭から説明してもらえる?
ほんの少しでも話にズレや誤解がないように」
簡単な自己紹介を終え、すぐにハイドラは本題に入った。
「ん? まだ説明が必要?」
キーピックのめんどくさそうな顔に、ハイドラは微笑を浮かべた。
「――あなたたちの話に少しでも疑う余地があれば、私たちは手伝わない。そういう意味よ?」
いきなりかまされたキーピックは「お、おう……」と目を白黒させるが――
「はは、やっぱり君はいいね。変にもったいぶらないから話が早い」
コードは笑いながらテーブルに肘を乗せ、手を組む。
「――じゃあ今回の仕事について、僕から説明しようか」




