256.メガネ君、楽しそうでいいなぁと思う
今朝のことを振り返り、そして今、ハイドラと悪いことを考えているわけだが。
色々と疑問はあるが、最大の疑問は、なぜハイドラが動いているかである。
クロズハイトの貧民街が危機だと言うなら、候補生ではなく教官たちが動く案件だろうと思うからだ。
理由はもちろん、機密保持のため。
貧民街にある孤児院の地下には、ここブラインの塔に至る転送魔法陣があり、誰でも使用できるのだ。
一応決まった使い方をしないと起動しない造りだが、簡単なやり方なので、偶然あるいは少し考えればわかりそうなものだし。
まあそれよりは、無関係な者の利用者ではなく、転送魔法陣が破壊される方が困るかな。
あの手の魔法は、遠い昔に歴史に埋もれたと言われている。
今は、昔から残っているものを利用しており、決して新しいものは生まれないし、壊れれば二度と使用はできなくなるそうだ。
魔法のことはさっぱりわからないが、俺はそう聞いている。
「――ある意味、消去法ね」
なぜ教官たちではなくハイドラが動いているのか。
そう問うと、ハイドラは紙面に走らせるペンを止めることなく、さらりと言ってのけた。
「だって教官たちが動いたら死人が出そうなんだもの」
…………
「殺し?」
あの人たち、暗殺者だもんね。
仕事はあんまりないと言ってはいても、それでも紛れもなく本物だからね。
「恐らくね。
私も最初は、あの人たちに任せるつもりで相談したの。
訓練だってあるんだし、私だって厄介事に時間を取られている余裕はないもの。
ただ、お手伝いくらいはしたかった。
これも経験だから。
だから教官たちが裏で指示を出して、私が実行しようと思っていた」
そうか。
ハイドラは実行犯役を買って出ようと思っていたわけか。
「そこでエイルにも手伝ってもらいたかった」
…………
まあ、孤児院が関わるなら、仕方ない。
ソリチカ教官の命令じゃなくても、事情を聞けば渋々合意はしただろう。
「でもヨルゴ教官、私が相談したらなんて言ったと思う?」
「えっと」
「――『何人か始末すればすぐに収まるだろう。手伝いは不要である』よ?」
おい。
ちょっと考えてたんだけどなぁ。
俺の返事を聞く前に答え言うなら、最初から聞くなよ。
――いや、それよりだ。
「それは本当に殺す気じゃない?」
「私もそう思った。だから私が主導で動きたいって咄嗟に」
ああそう。
咄嗟に言っちゃったと。
「いくら殺人が珍しくもない無法の国クロズハイトでも、殺人はよくないと思うの」
「そうだね」
綺麗事を言うつもりはないけど、殺されなきゃいけないほど悪い人って、そこまでいないだろ。
だから暗殺者たちの仕事がなくなったのだろう……と、俺は思う。
実際問題、殺したいほど憎い人がいたところで、実際殺すかどうかは確実に違う話だからね。
実行するかしないかはすごく大きいから。
で、今回の場合だと、「孤児院に害を与えそうな人を始末する」わけでしょ?
まだ害を与えていない人を、先制攻撃するんでしょ?
しかもその先制攻撃で殺しまでしちゃう気なんでしょ?
綺麗事を言う気はないけど、さすがにひどすぎませんかね。
ハイドラが咄嗟に方向転換したのも理解できる。
「それに、実は私も相談された方でもあるから。依頼人の意向もあるのよ」
ん?
「依頼? 誰に?」
「コートとキーピック。ゼットの仲間ね。あの人たちとはちょっと縁があってね、よく孤児院に来るのよ」
……ああ、キーピックは知ってるかも。
俺がメイドのエルとしてクロズハイトで活動していたあの頃、孤児院を訪ねた時に絡まれたっけ。
あの時絡んできた帽子の女の子だよな。
確か自己紹介もしたはずだが……なんだっけ?
鍵がどうこうって感じの二つ名というか、あだ名みたいなのを言っていた気がするけど。
うーん……さすがに覚えてないな。
――ちなみにそのあとセリエに会い、ハイドラと初めて顔を合わせたのだ。
「貧民街を守るために手伝ってほしいって。できるだけ穏便になんとかしたいとも言っていたわ」
そうか……なるほどね。
つまり、ハイドラが貧民街の危機を知ったのは、ゼット不在で困っていたゼットの仲間たちからの相談だった。
ハイドラは教官に相談し解決を試みたが、依頼人であるゼットの仲間からの「できるだけ穏便に」という部分で引っかかるので、教官には任せず自分でやろうと決めた。
で、俺が巻き込まれた。
ここまでの流れを簡単にまとめると、こんな感じだろうか。
「何人か始末したところで、根本的な解決にはならない。
私がやろうとしていることも、ただの延命措置にすぎない。
でも、やらないよりはいいと思う」
うん。
「そうだね。少しでも長く平和が維持できればいいよね」
「でしょ? そうでしょ? じゃあ早く計画を練らないとね。それにあと二、三件はやらないと印象が――」
…………
「えっと、教官に任せると人が死ぬから、仕方なくハイドラがやることにした、って認識でいいんだよね?」
「ええ、まあ、そうね」
「その割には楽しそうだね」
「そんなことないわよ?」
なんかいつもより声が高いけど。俺の母親が外で奥様方と会った時のように。あとなんか早口だし。
「浮かれてるよね? 明らかに浮かれてるよね?」
「そんなことないわ。それより目標は無血襲撃でいいわよね? いいわよね?」
…………
楽しそうでいいですね。
俺は全然楽しくないけどね。
夜遅くまで馬車襲撃作戦を話し込み、翌日。
俺とハイドラは一時ブラインの塔から離脱し、朝から孤児院に戻っていた。
――これからゼットの仲間と相談するのだ。
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