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255.メガネ君、犯罪を命じられる





 新メンバーが来るとか来ないとかいう話は聞いていた。


 確か、ゾンビ兵団討伐の課題に出発する直前に、ハイドラがチラッと言っていたと記憶している。

 シロという方がどうこう、と。


「――シロカェロロは少々立場が特殊である」


 暗殺者チームが戻ってきて一拍置き、最後にヨルゴ教官が入ってきた。


「彼女の能力は非常に高い。これまでに貴様たちが課せられた課題を、全て単独でこなせるほどに」


 ほう。

 すごいんだ。あの狼。


「わかりやすく言うなら、候補生の枠ではなく、我々教官側と考えた方がいい。それくらいの実力があるのだ」


 へえ。

 すごいんだ。あの狼。


「そういう事情もあり、ここに来るのを遅らせる必要があった。シロカェロロがいたら課題にも訓練にもならん。

 だが、ここから先は彼女も参加することになる。だから合流したのだ」


 なるほど。

 ということは、ここから先は課題の種類や内容が変わってくるのかもしれないな。


 でもまあ、俺には関係なさそうだな。


 暗殺者チームに合流して塔に来たってことは、彼女は暗殺者チームに入るってことだろう。

 人数的にも向こうの方が少ないし、これで頭数の上では、バランスが取れるんじゃないかな。


 となると、俺との接点はないだろう。

 シュレンのように、特に接触もなく、ここでの生活を終えそうだ。


 ――と、思っていたのだが。


「それとエイル。昼食の後、少々時間を貰いたい」


 ん?


「昼食が済み次第、いつもの教室へ来てくれ。


 ちなみに今日は座学はやらないので、自主訓練をしろ。暗殺者チームは疲れを残さぬよう過ごすように」


 ――まさかインパクトある新人合流ではなく、別口の厄介事が来るとは、予想もしていなかった。





 教官お墨付きである期待の新人に注目が集まる中。


 俺は粛々と朝食を終え、午前中の予定をこなし、ヨルゴ教官に言われた通りいつも座学を受けている三階の教室に顔を出した。


 そこに教官三人が待っていたのを見て、すごく嫌な予感がした。


 これは厄介事の臭いがする。

 絶対に何か面倒な用事を押し付けられるパターンだ。


 …………


 いや、厄介事自体はいいのだ。


 それが訓練に関わるなら、むしろ望んでやるべきだろう。

 そのためにここにいるのだから。


 ただ問題は、押し付けられた用事の内容が、座学や自主訓練より大事なのかって話だ。


「手っ取り早くいきましょう」


 エヴァネスク教官は、俺の顔を見るなりソリチカ教官に目配せする。


 そしてソリチカ教官は、虚ろな目で俺を見ながら言うのだった。


「――エイル。やって。命令だから」


 …………


 いや、あのさ。


「命令はいいんですけど、せめて内容を話してからにしませんか?」


 とりあえず、これから押し付けられる厄介事に関して、俺に選択の余地がないことを告げられたわけだが。


 それにしたってひどいだろう。


 立場が上の連中が。

 三人がかりで。

 有無を言わさず上からの圧で下の者を従わせるとか。


 師匠ってのはそういうのを平気でやる人種ではあるけど、そういうことをやるにしたって最低限の説明くらいはしてほしい。


 下の者に対する最低限の礼儀だって大事だと思いますけどね。俺は。


「返事がわかってるのに? 内容の説明が必要なの?」


 と、ソリチカ教官は不思議そうに首を傾げやがった。

 これだから師匠って人種は。


「そういうことばかり言ってると弟子に嫌われますよ」


「ふーん」


 そう言ってやると、今度はニヤニヤし出した。

 これだから師匠って連中は。


「――簡単に言えば、クロズハイトでの揉め事である」


 ソリチカ教官に任せていたら埒が明かないと判断したようで、ついにヨルゴ教官が口を開いた。賢明な判断だと思いますよ。ニヤニヤしてるし。楽しそうでいいですね。


「貴様も知っているだろう? ゼットという犯罪者を」


 ゼット?


 ……ああ、あの「魔鋼喰い(アイアンイーター)」の。


 そういえば、塔に来てからは名前を聞くことさえなかったから、すっかり忘れていたが。

 彼はあの狩猟祭りから行方不明になっていたんだっけ。

 

 もう一ヵ月以上も前の話だし、さすがに帰ってきているだろうけど。


 …………


 ……待てよ。


 ここで名前が出るってことは、まさか……


「貴様やほかの候補生たちが参加したあの祭り以降、ゼットは消息を絶ったままらしい」


 えっ。

 もう一ヵ月以上前の話なのに、まだ戻ってないって?


 じゃあ、まさか、死――


 ……いやないな。


 さすがにもう死んでいるんじゃないかと思ったが、ないな。

 あいつはそう簡単には死なないだろう。


 理性の欠片もなさそうな危ない奴に見えて、意外と色々考えている奴だった。


 頭が悪い印象も残ってないし、何より人生経験が豊富そうだった。

 意外と、状況に応じて柔軟に対処できたりするんじゃないかな。


 何があってどうなっているかは知らないが、一ヵ月以上も帰っていないとなると、どこか別の場所で生活していると考えるのが妥当だろう。


 きっとそう簡単には戻れない場所にいるとか、そんなんだろう。

 死んだとは思えないし。


「問題は、ゼットは貧民街の顔というか、代表のような存在だったことだ。貧民街は彼がいるからまとまっていて、また守られていた場所だった」


 そうだね。


 ちょっと懐かしい名前になりつつあるが、栄光街のベッケンバーグとか、ゼットを始末しようとしていたからね。


 で、俺とゼットはその時に出会ったのだ。

 決して出会いたくなかったけど。


 恐らくベッケンバーグは、ゼットを殺して貧民街を手中に収めようとしていたのだと思う。


 私怨ではないと思う。

 恨み自体は山盛りありそうだけど。


 そんなベッケンバーグのように、ゼットが邪魔だと思っている者は、少なくないんじゃなかろうか。


 娼館街のアディーロばあさんとかも、どっちかと言うと邪魔だと思っていたりしそうだし。


「そんなゼットが不在となり、長い時間が過ぎた。


 ――そろそろゼットがいないことに気づき始めた者が出てきたそうだ」


 …………


 ああ、なるほど。

 貧民街の危機ってことか。だから教官たちが口を出してきたわけだ。


 だって貧民街には、孤児院が――ブラインの塔とクロズハイトを繋ぐ転送魔法陣があるから。


 決して無関係ではない。

 というか、むしろ関わるべき重要なことだろう。


「それで、俺に何をしろと?」


 一ヵ月以上ものゼットの不在で、貧民街がいろんな奴らに狙われ始めたって話である。


 この話に対して、俺にどう関われというのか。


「ハイドラの指名だ」


 ん? ……んん?


「ハイドラの?」


 あのシスター姿の? エセシスターの?


「うむ。元々この話は、彼女から相談を受けて調べた結果である。そして彼女が自分の手でなんとかしたいから任せろと言っている。


 そのハイドラが、貴様を仲間にと指名している」


 ……そういえば、ハイドラはゾンビ兵団討伐の課題の前に、なんか嫌な予感がすることを言っていたなぁ。


 もしかしたら、あの時の話がこれだったのかな。


 ――聞いたら断れない類の話だったのは、当たってたな。


 孤児院はなぁ……子供たちがいるから。

 魔法陣云々も大事だけど、子供たちが事件や厄介事に巻き込まれるのは、あってはならないだろう。


 これは、俺は断れないよ。

 たとえ断ってもいいと言われても、断れないし、断らない。





「指名って話ですけど、俺は何をすればいいんでしょうか?」


 概要はわかった。

 だが具体的な内容がわからない。


 果たして俺を巻き込んで、何をしたいと言うのか。


「細かい部分は貴様と相談して決めたいと言っていたが――要するにゼット不在はデマである、ということを内外に示せばいいのだ。それで当分は誤魔化せるだろう」


 そうか。

 ハイドラはゼットの身代わりを立てて、さもクロズハイトにいるように見せかけるつもりか。


「ハイドラは、ゼットが普段やっていた『仕事』を肩代わりする案を出してきた」


 ああなるほど。

 ゼットがやっていることを代わりにすることで、不在じゃないですよと証明……ん?


 ……ゼットが普段やっていたこと?





「馬車を襲って荷を奪う辺りが手頃ではないかと言っていたぞ」


 …………


 まあ、ゼットなら普段からやってそうだけどさ……


 ……で、俺がそれをやるの?






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