252.ゾンビ兵団討伐作戦 7
あとは簡単な作業である。
まずは、何はなくとも設置していた「メガネ」を遠隔で消し、証拠を隠滅である。
――ちょっとリッセに聞いてみたところ、俺が木に何か細工をしているのを遠目で見ていて、俺が次の場所に移ったところで、何をしていたか確認したそうだ。
だって、俺があの段階で何かを仕掛けることなんて、作戦になかったから。
だからリッセは、俺が作戦に障るような勝手なことをしていないか気になり、調べたそうだ。さすがのリーダー気質である。
そして調べた結果が「なぜかメガネを置いて回っていた」だったと。
そりゃ気になるだろう。
なんの意味があるんだと思うだろう。
リッセはすぐに俺と合流したかったけど、ゾンビにバレないように行動していたし、音に反応するから大声で呼びかけることもできない。
ゆえにつけ回すような感じになってしまったそうだ。
俺としては、リッセが近くにいたら気配を察知できただろうから、どこでどのように見られたか気になったのだ。
真相はそんな感じだった。と。
結局、林の中では合流もできなかったしね。
なぜメガネを設置して回ったかは説明できないので、やはり「勘弁してください」としか言いようがないのだが。
……まあ、それはそれとして。
やるべきことは簡単である。
すでに数十ものゾンビを召喚していた死霊召喚士もきっちり仕留め、残っていたゾンビたちも根こそぎ掃討した。
唯一の問題として残っていたのは、ゾンビの遺体的なものの処理である。
片っ端から集めてもう一度小規模の大魔法で消し去るのがいいんじゃないか、と意見は出ていたが。
何せ腐った死体だから。
誰も触りたがらない。俺も触りたくない。
一瞬トラゥウルルに押し付けられないかと考えたが、さすがにキレるか泣き出すかフロランタンに言いつける未来しか見えないのでやめておく。
でも、集めるなら触らなければならない。
このまま放置すると、虫や動物を介して、呪いや病気などが広がる原因にもなりうると本に書いてあった。
なので仕留めたら終わり、というわけにはいかない。放置はできないのだ。土地が汚染されるとそれこそゾンビより厄介なことになってしまう。
トラゥウルルには悪いが、こうなれば割り切って全員でやるしかない。
「――リッセー! こっちー!」
「――わかったー!」
と思っていたのだが。
幸運なことに、リッセの「闇狩り」でゾンビを蒸発させられることがわかってからは、その場その場で浄化する方向に切り替えた。
もうゾンビの数も多くないので、一体一体処理していっても、そこまで手間は掛からないだろう。
――そして俺は、「青の地図」をセットして、何が原因で千切れたのかわからない手や足、指、下半身、首、なんかよくわからない肉塊、骨、あえて特定したくないモノなどなど、細かいゾンビの部位を探し出す。
これも残すわけにはいかないから。
そしてそれらを消して回るのは、俺の仕事とした。
小さな部位くらいなら、俺の登録した「闇狩り」でも消せるから。
何よりバレずにこっそりやれるから。
こうして林の掃討も終わり、夜になる頃には撤収するのだった。
「――以上です」
その日の夜。
拠点である村に戻ると、リオダインと一緒に、教官たちに一部始終を報告した。
今回は別行動が多かったので、リオダインが見ていたものと俺が見ていたものは違う。
二人で報告しなければ、全貌が見えないのだ。
俺たちは借りている家の中で、エヴァネスク教官とソリチカ教官と差し向かいだが。
ほかの連中は、夕食の準備なり撤収の準備なりと動いているはずだ。
肉体的なものはともかく、作戦だなんだと精神的に緊張を強いたはずである。皆それなりに疲れているので、今日はすぐに就寝となるだろう。
そして、いつも通りなら、明日の朝一番で帰還である。
まあ、立場上俺たちはあんまり露出しちゃいけないだろうからね。暗殺者候補生だから。
「作戦、大部分は成功したんだ」
報告を終えたところで、ソリチカ教官はそれだけ言った。
あの人がこういう場で何か言うのって珍しいな。
「気になったんなら見に来ればよかったのに」
そう言ってやったら、虚ろな目を俺に向けた。
「危なっかしいところとか見ていたら、手を出したくなるから。だからダメって決まってるんだよね」
あ、そうなんだ。
決まりだったんだ。
教官たちって課題に全然ついて来ないし口も出さないから、興味ないと思っていたのに。そういう決まりだったんだ。
そんな内々の話をポロリしたソリチカ教官を、嫌そうな顔で一瞥したエヴァネスク教官は、俺たちに言った。
「成功ならいいわ。明日の朝、塔に帰るから」
こうして、ゾンビ兵団討伐作戦は完了した。
――俺たちの方は。
「……だってさ」
少年二人が出ていったところで、ソリチカは立ち上がる。
「見てくるね」
「ええ」
ふっとソリチカが消えた。
教官たちは課題を見に行かない。
……というのは、嘘である。
毎回ちゃんと、候補生たちに見つからないよう見張っているし、本当にいざという時には割り込む準備がある。
候補生とは言え、勘の鋭い者が多いので、毎回難儀しているが。
そしてソリチカは、報告の通りだったことの確認と、必要ならば後始末をしに行った。
バレずに全てを見ることは不可能なので、無人になってから見に行くのだ。
課題のやり残しや、痕跡を消すという理由もある。
まあ、エイルにトラゥウルルという本職の狩人がいるので、後始末に関してはこのチームにはあまり必要ないが。
仕留めたあとも、綺麗なものである。
「……」
ソリチカが現場を見に行き、エヴァネスクは取り出した紙面に、今回の課題の一部始終を記録する。
「……ふう」
溜息を吐き、呟く。
「生温いわね……」
課題はほぼ通例である。
毎年、新しくやってくる候補生に、同じ課題を出すのだ。全ての記録も残っている。
その上で、生温い。
課題が簡単すぎる印象がある。
このチームは優秀な者が多すぎるのだ。
一芸に秀でる者が集うのは毎年のことだが、あまりにもスムーズに課題を突破されている。
いつもなら、もっと躓いたり引っかかったりといった、試行錯誤や足踏みがあるものなのに。
立てられる作戦が高度というのもあるが。
それを成功へと導いている要因は、やはり――
「…………」
リオダイン。
リッセ。
エイル。
この三人が曲者なのは間違いないが、やはり――中でも情報系の存在が大きいか。
「エイル……ね」
いつもは人を避けているようなタイプなのに、やるべき時はきちんと前に出てくる、あのメガネの少年の存在。
もしかしたら、彼にとってはこのくらいの課題、そんなに苦労もなく超えているのかもしれない。
このチームが唯一手こずった課題は、「空蜥蜴の討伐」である。
そしてその時だけ、単独で狩ったことがあるエイルに、知恵を出すなと指示が出ていた。
そう考えると、やはりエイルの存在が大きいのだろう。
そして彼自身、生温い課題を課され続けたとしても、このままでは得るものが少ないのではなかろうか。
――彼には少し変わった課題を出すべきかもしれない。
こうして、ゾンビ兵団討伐作戦は完了した。
教官側からは、一つの問題を見出して。