251.ゾンビ兵団討伐作戦 6
死霊召喚士の発見は第二段階の話だった。
まずは大量のゾンビをどうにかしないと、本格的な林の中の捜索ができない。
前日の調査で軽くトラゥウルルに探すよう指示を出したが、やはり見付けることはできなかった。
あらゆる情報が足りていないのだ。
まず外見がわからない。
ゾンビたちの中に紛れ込むような姿形なら、見分けることができない。
次に、林の中にいない可能性。
恐らくないだろうとは思っていたが、絶対とは言い切れない。
言い切れない以上は、万が一の可能性を残しておくべきだ。
それと、昨日の段階では単純にゾンビが多すぎた。
いくら姿を消せるトラゥウルルでも、一体一体チェックするのは手間と時間が掛かり過ぎた。
――さて。
大仕事をやってのけたリオダインと、やはり不死者は苦手そうなサッシュを置いて、俺たちは林の中に突入である。
残ったゾンビの掃討と、死霊召喚士を狩らねばならない。
で、問題の死霊召喚士だが、もう見つけてある。
「すごかったのう! すごかったのう! ……あ? なんか元気ないの?」
「……にゃー……エイルがぁ……」
林の傍で待機していたフロランタン・ベルジュと合流し、改めて掃討戦に出ることを全員に告げる。
リオダインの魔法もすごかったが、罠を成立させたフロランタンもすごかった。
二人の活躍のおかげで、何百と蔓延っていたゾンビたちは、今や残り一割以下である。
この数なら、単独行動でゾンビを片づけていっても問題ないだろう。
基本的にみんな強いしね。
「ゾンビはそんなに残ってないけど、あの辺」
と、俺は林のある方向を指さした。
「あの辺で増えてるから、きっとあの辺に死霊召喚士がいると思う」
「俺にやらせろ! まだ何もしてねえからな!」
勇士の声を上げたハリアタンと。
今もぽこぽこ増えているので、もしもの時のためにフロランタンに同行してもらうことにし、あとのメンバーには適当に探索場所を指示していく。
決してトラゥウルルからフロランタンへの告げ口を封じようというアレで別れるよう指示したわけではなく純粋に役割分担を考えてのアレである。いや本当に。……昨日のしばく件、本人は忘れているみたいだからね。蒸し返されては困るのだ。俺の命が危ないのだよ。
俺は……そうだな。
死霊召喚士の場所まで道案内だけして、あとは掃討戦に参加かな。
俺がやる必要はないけど、一応責任ある立場なので、仕留めるところまでは見届けないと。
「――ねえねえ」
ん?
「どうしたの? 俺たちとは違う場所に行くように言わなかった?」
それぞれが指示通り林の中に入り、俺もハリアタン、フロランタンと一緒に行こうとした矢先、リッセが俺の耳元で囁いた。
「行くよ。その前に確かめたいことがあって」
なぜかリッセは声を潜めるので――周囲にも俺にとっても聞かれたくない質問をするようだ。
「――死霊召喚士の居場所、もうわかってるんだよね?」
うわ。本当に聞かれたくない質問をしたな。
もう見つけてる的な素振りも発言も控えていたはずなんだけどな。
ゾンビが増えてるのだって、ちょっと気配を探るのがうまいトラゥウルル辺りは察知してるだろうし。実際俺も察知できてるし。
……勘かな? 確証はないのかな?
どうあれ、カマを掛けられて俺の反応でバレる的なヘマはしたくないな。
「知らないよ。むしろ結論に至った理由を聞きたいんだけど」
そう言ったら、リッセは俺の心臓を鷲掴みにするような返事を返してきた。
「――メガネ仕掛けてた」
よし待った。
待ってください。
俺はリッセの腕を掴んで移動し、その辺で俺たちを待っているハリアタンたちから距離を取った。
「お、何? どうしたの?」
いつにない俺の行動に戸惑っているリッセに、俺はしっかり頭を下げて口止めを頼んだ。
「――勘弁してください」
「メガネ」を仕掛けていた。
それを見られていたなら、もうおしまいだ。ごまかしようがない。
そう、俺は林の中に「メガネ」を仕掛けたのだ。
木の枝に引っかけたり、いい感じの木のでっぱりに掛けたりね。
「俺のメガネ」はすべて繋がっている。
「メガネ」が「視た景色」を、俺の「メガネ」で視ることができる。
大量のゾンビを連れて走っている間に、仕掛けた「メガネ」で林の中を「視て」、ゾンビたちの動きを「監視」していた。
まず、あの大移動で動かなかったゾンビが、死霊召喚士の候補である。
死霊召喚士はゾンビを呼び出すだけの存在である。
自ら何かを追い駆けたりはしない、と本にあったから。
腐った肉をまとう以上、歩けない、動けないゾンビみたいなのもいるが。
それでも候補はかなり絞り込まれた。
次に、「メガネ」を通じて魔力の変動する場所を視る……名付けるなら「魔力視」で「監視」した。
熱を視る「体熱視」ができるのだから、魔力を視ることもできるだろうと試した結果、できたから活用してみたのだ。
まあ、条件を付ければ精霊も視えるくらいなので、魔力だって視ようと思えば視えたわけだ。
こうして「魔力視」で見張っていた結果、死霊召喚士らしき者が魔法を使い、ゾンビを召喚する瞬間を発見することができたのだ。
詳しい容姿は見えない位置にいたが、ゾンビは主を守るように、死霊召喚士の周囲に発生しているようだ。
色々な可能性を考えたけど、まあ、順当な動きだと思う。
自分を守るためにゾンビを呼び出すんだからね。意志があっての行動か、それともただの習性なのかはわからないけど。
こうして死霊召喚士を発見した俺は、それとなーく仲間を誘導しようとしていたのだが……
バレたか。
仕掛けるところを。
「メガネ」を仕掛けたのは、今日の午前中だ。
サッシュがゾンビを見て体調を崩した時、彼のことをリッセに任せ、俺は林に入り様子見をしつつ「メガネ」を仕掛けて回った。
その数、十個である。
課題が出され、死霊召喚士を探す必要があると知った段階から、「メガネ」を増やして確保していた。
「監視」するために必要になるかもしれない、と考えて。
暗殺者の村にいた頃から、ストックはあまり増やさないようにしてたんだけどね。
基本的に俺が消す以外に減ることがないし、もし俺がいないところで見つかったら、言い訳できないくらいの数になりそうだったから。
…………
バレたか……
容易に想像できる。
きっとサッシュが「俺のことはいいからエイルに付け」とかなんとか、髪と同じくらい青ざめた顔して言ったのだろう。
そしてリッセは、俺を追い駆けて林に……
サッシュの優しさが、俺の致命傷になったわけだ。
……仕掛けるところを見られたら、おしまいだよなぁ。
どう言い繕っても不自然さしかないからなぁ。
下手に言い訳して、これ以上の暴露をしてしまい語るに落ちる結果となったら、本当に目も当てられない。
「うーん……なんかよくわかんないけど、『メガネ』の情報系なんでしょ?」
「勘弁してください」
俺としては、もうそれしか言いようがない。
そんな俺に、リッセは「わかってるよ」と苦笑する。
「さすがに『素養』のことは冗談でも言えないし、言わないよ」
え?
「本当に? あのリッセでも言わない? リッセのくせに言わない?」
すっとリッセの目が半分閉じた。
「今くらい口の聞き方に気を付けてほしいけどね。ん? ほんとは言ってほしいんじゃないの? んん?」
ほんとに勘弁してほしいです。
「――本当に言わないよ。ただ……まあ、かなり気になるけど。いくつか『素養』が使える上に『メガネ』でしょ? なんなのかさっぱりだわ」
ああそう。
「ただの好奇心くらいなら言えないよ。君の命に関わるなら教えてもいいけど」
リッセのことは正直軽く軽蔑はしているが、信頼もしている。
もし彼女の命に関わるようなことがあれば、…………話したくないなぁ。でも、迷いに迷って話す、かもなぁ……
かなりの葛藤を抱える俺に、リッセも考え込むように眉間にしわを寄せた後、気の抜けた表情を見せた。
「……まあ、なら知らなくていいかな。あんたを敵に回すのだけは嫌だし、深くは聞かないでおく」
え?
「本当に? デリカシーのないリッセなのに?」
「――おーいハリアー! フロランターン! エイルの『素養』ってー!」
やめろ! やめてください!