243.メガネ君、再び調査に出る
「報告をお願い」
リッセ、トラゥウルル組が戻ってきたところで、集めてきた情報をまとめることにした。
指揮を執るリオダイン、副リーダーの俺、リッセの三人で、見てきたことや気づいたことを共有する。
ちなみにそれ以外の者は、周りで適当に過ごしている。
フロランタンとトラゥウルルはやっぱりイチャイチャしているし、ハリアタンは自前の投げナイフを布で磨いているし、ベルジュは何か作っているし、サッシュはなんか走り回っている。皆さん楽しそうでいいですね。
その辺の手頃な岩をテーブル代わりにして、リオダインが描いたのだろう手書きの簡素な地図を三人で囲み、拾った情報を書き込んでいく。
「見える範囲で、四十体くらいはいたと思う。林の中だし遠目だから正確には数えられなかったけど」
リッセが言い、それとほぼ同じものを見たことを俺も告げる。
「そうか。僕らが見たのも同じようなものだったよ」
なるほど。
はっきり言ってしまえば、広がる林全域にゾンビがいるようだ。
「広範囲に広がってるね。指向性はない、かな」
うん。
指向性――なんらかの目的があってゾンビがいるのではなく、ただ死霊召喚士がいるから増え続けている、という感じだろう。
魔物は独自の生態を持っている。
動物から進化した存在とも言われるが、はっきりしたことはわかっていない。
ただ、いきなりそこに生まれるというケースもあるらしい。
土地に宿った魔力が、偶然召喚魔法的な作用をするとかなんとかいう理屈が、まことしやかに囁かれているが。
でも、それも正解なのかどうかはわからない。
今回の件も、いきなり生まれた死霊召喚士が原因だと思われる。
だって、別の意図や思惑があるなら、すでに移動したり、行動を起こしたりしているだろうから。
半日も歩けば人里……俺たちが拠点としている村もある。
人に害をなしたいという意志があるなら、すでに襲い掛かっているだろう。
林に留まっているのは、林に住む動物や魔物が多いからだ。
林の外に逃げる動物類が少なかったんだと思う。外にいるゾンビもいたけど、少なかったなぁ。
――などというまとまりのない発言も、情報の一つである。
リオダインは「林の外にはゾンビは少ない」と、あまり役に立ちそうにない情報を書き込む。
「作戦の場所は決まったね」
異議なしだ。
リッセたちが見てきた、村から見て林の反対側は、沼地……かなり浅めの沼地が広がっているそうだ。
水はけが悪い土地なのか、それともかつては大きな水たまりがあったりしたのかもしれない。
だが、障害物のない広い場所は、今度の作戦にはうってつけの場所である。
やるならそこしかないと、俺も思う。
リッセの証言なら信用できる。
あとで自分の目で確かめる必要はあるが、まあそこで間違いないだろう。
ただ、疑問があるとすれば、だ。
「燃やしづらいと思うけど、大丈夫?」
その一点において作戦に陰りを見たが、リオダインは普通に否定した。
「魔法だから関係ないよ」
おお、頼もしい。ならば場所の問題はないな。
「こんなところかな。エイル、後は頼んでいいかな?」
「わかった」
これで前半の調査は終わりだ。
後半は、もっと突っ込んだ情報を探りに行くことになる。
「あと――」
リオダインは声を潜め、俺を見る。
「――早めに許してあげてね。何があったかは知らないけど、作戦決行まで引っ張るのはよくないと思うから」
「そうだね」
俺としてはもう終わったことなんだけど、向こうはそう思ってないみたいだからね。不必要に気を遣われるのも居心地が悪い。
「何かあったの?」
「いつものバカがバカやろうとしただけ」
「ああ、なるほど」
リッセにもこれで通じる辺り、なんかもう……もう全員に知られてないか? 問題児っぷり。
「なんかたまにやらかすよね。私のとこもアレだったし」
どうやらリッセの方でも何かあったらしい。同行したトラゥウルルがやらかしたようだ。
「多少の問題ならいいじゃない。作戦に支障を来すようなことをしなければ」
こっちはモロにそれだったからね。
ここでゾンビたちが変に動き出したら、作戦に関わっていただろう。
下手をすれば総当たりの総力戦になってしまう。
あの数相手に無策なんて冗談じゃない。怪我人どころか死傷者さえ出かねないぞ。
「いやあ……うん、どうかなぁ……ウルルがこれ以上ゾンビに近づきたくないってにゃーにゃー言い出してさぁ。結局私だけ見てきたみたいな形になっちゃって」
ああそう。
「いいじゃない。邪魔しないならそれで」
人には適材適所がある。
嫌だとか苦手だとか最初から言っているなら、それを前提に考えられる。事前にわかっているならいくらでもフォローできるし。
最悪なのが、「できる」と言い張っていたのに、土壇場で「やっぱりできない」とか寝ぼけたことを言い出す無責任で迷惑な輩である。
絶対に許されないでしょ。
それに合わせて周りは動いているのに。
「ウルルはなんで近づきたくないって言ったの?」
そんなリオダインの問いに、リッセは普通に「腐った死体とか見たくないからでしょ」と答えた。
「正確には、『にゃーきもちわるいからやだー』って言ってたかな」
え。何それ。
「リッセが言っても可愛くないけど」
「は?」
「全然猫っぽくないけど。トラゥウルルへの冒涜だと思うけど」
「冒涜……ちょっと待って。本気で真似して言うから。ちょっと待って」
俺の反応が不本意だったらしく、リッセは何度か深呼吸し、意を決して口を開き――
「にゃ――」
「何か気になることでもあった?」
「……って聞けよ! 私今やりかけたでしょ!? あんたに冒涜って言われてやり直そうとしたでしょ!?」
知らないです。
というか遊んでる場合じゃないだろ。何やってんだ彼女は。
黙って軽蔑の眼差しで見ていたら静かに殺気を放ち始めたので、リッセのことは置いておこう。殺されたくはない。
「君たち仲いいね」
「よくない! 今の視線見たでしょ!? 窓を這うカタツムリを見るような目で私を見てたでしょ!?」
いやいや、カタツムリの方がよっぽど……不毛だからもういいか。本当に遊んでる場合でもないし。
それよりトラゥウルルはゾンビが苦手なのか。
「……あのさ」
リオダインは周りの面々を見回し、ポツリと言った。
「ゾンビが平気、抵抗がないって人、どれくらいいるのかな? 僕もちょっと苦手なんだけど」
そう言えば、リオダインも抵抗がある的なことを言っていたっけ。
気持ちはわかる。
俺だって好きなわけではない。
「そうなの? まあ私も得意ってわけじゃないけど、遭遇したのは初めてじゃないからね。エイルは? ……エイル?」
…………
そうか。苦手か。
リオダインが引っかかった理由がわかった。
「苦手って人、作戦通り動けるかな?」
リオダインの質問に、考え込んでしまった。
恐怖で尻込みするとか、いつも通り動けなくなるとか、よくある話だ。
ここにいる連中は、冒険者や狩人ばかりではない。
魔物と戦うことに慣れていない者も少なくないのだ。
ただの魔物でもそうなのに、果たしてゾンビに抵抗感なく向き合える者が、どれだけいるのだろう。
魔物を相手にする時は、多少臆病なくらいでちょうどいいとは思うが。
でも、臆病すぎたら足が出なくなる。動きが鈍る。戦意を失ってしまう。
もしかしたら、誰かが作戦通り動けなくなることも――
「まあ時間を調整すれば大丈夫かな。遠目でも気になったし、明るいところで見るとキツそうだもんね。昼間は避けよう」
…………
なるほど。
さすがリオダイン、簡単に解決法を見出したな。
作戦決行は、ゾンビを仔細かつ鮮明に見なくて済む時間に決定だね。
……というか、俺が難しく考えすぎだろうか。
相談が終わり、リオダインは手書きの地図を折りたたみ、俺に差し出す。
後半の書き込みは俺の仕事だ。
「じゃあ僕らはこの辺に待機してるね」
ここからは俺とリッセ、トラゥウルルの三人で調査を続けることになる。
「――にゃー! やだー! やだやだー!」
後半の調査要員として指名されたトラゥウルルがものすごく嫌がっているが、説得はリッセに任せよう。
それ以外のメンツは待機だ。
俺たちに何かあったらすぐに助力できるよう、臨戦態勢で調査が終わるまで待つことになる。
広い林の周辺をぐるっと回らないといけないので、ちょっと時間が掛かりそうだが、必要なことなのでやるしかない。
特に泥の沼地は、明るい内に見ておきたい。
規模も気になるし、どの程度の泥の厚さなのかも気になる。自分で走ってみないと使えるかどうかもわからないし。
「――エイル」
じゃあ早速調査に出よう、というタイミングで、話し合っている時からそわそわしていたベルジュが声を掛けてきた。
「昼飯だ。……さっきのことは勘弁してくれ」
と、彼が差し出したのは、俺好みに分厚く切ったベーコンを挟んだサンドイッチである。出来立てのあつあつだ。
リオダインが言っていた通り、前半の調査であったアレを気にしていたのだろう。俺? 俺は全然気にしてないけど。
「ありがとう。行ってくるよ」
これを受け取るという行為は、許すだとか気にしてないとかいう意味になる。
まあ俺は全然気にしていなかったので、受け取らない理由がない。作戦まで引っ張るのも嫌だしね。ベーコンもうまそうだし。
サンドイッチを受け取ると、ベルジュはほっとした顔で去っていった。
「エイル」
今度はサッシュが来た。
「あのよ……これやるわ」
…………
サッシュなりに考えた結果なのだろう。その努力は認める。きっとその辺にあるもので探したのだろう。
でもこれ、毒キノコなんだよね。
死ぬことはないけど、すごくお腹が痛くなるやつ。
一般的に知られる食用キノコとすごく似てるけど、違うんだよね。
たぶん勘違いして採ってきたんだろうけどさ。
…………
「ありがとう」
俺はもう気にしてないし、ここで突っぱねてもいいことなさそうだし、これでいいことにしよう。
カロフェロンにあげれば喜びそうなので、受け取っておこう。
さて、後半の調査に出ようか。
12月15日に書籍2巻が発売になります。
漫画の連載も始まりますので、ぜひチェックしてみてください。