表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
245/469

242.メガネ君、とりあえず殴る





 一夜明けた翌朝。


「――それでは課題に入りなさい」


 まだ村人も起き出していないような暗い内から整列して、エヴァネスク教官の号令から、ゾンビ兵団討伐一日目が始まった。


「集合!」


 リオダインの声に従い、全員が輪になる。


 昨日は一部を除いた全員が、色々な意味で体力面がギリギリになったが、一晩明けたらすっかり回復したようだ。


 うまい飯が効いたのか、滋養強壮効果がある薬湯が働いたのか、それともゆっくり寝たのがよかったのか。

 全員が疲れのない顔をしているので、何かが効いたんだろう。あるいは全部かもしれないけど。


 あそこまで肉体を酷使したら、たとえ一晩休んでも身体に疲労が残ったり、筋肉痛でも出そうなものだが。

 でもそういうのは微塵もなく、ばっちり快癒である。体調はとてもいい。


 この辺の体調管理も、課題の内である。

 身体の調子がよかろうが悪かろうが、課題はこなさねばならないのだから。


 ここから先は教官は抜きで、俺たちだけで判断し、動くことになる。


 ……とっとと消えたところを見るに、教官たちは二度寝だな。二度寝しに行ったな。体調はいいけど俺もまだ眠い時間だし。


 エヴァネスク教官はともかく、ソリチカ教官は間違いなく二度寝だろう。あの人は何気によく寝る人だから。





 指揮系統は、リーダーであるリオダインが握る。


 その補助というか、彼の目の届かないところをなんだかんだアレするのが、副リーダーの俺の務めとなる。


「これから全員で調査に出るから、出発の準備をして」


 なるほど、全員でか。

 ということは、今日明日にでも決着を付けるつもりだな。


 急いで調査を済ませ、急いで討伐しようという考えだろう。

 ゆっくりやるなら、調査も焦らずやっていいと思うから。彼の性格を考えれば、慎重に進めるタイプだしね。


 未知の魔物と戦う時は、できるだけ観察することが肝要だ。

 動きのくせや行動、獲物の狩り方、好むエサや縄張りや寝床などを調べていけば、自ずと狩り方も絞られてくるから。


 でも総出でやるというなら、観察していることを向こうに見つかるリスクが発生しても、とっととやってしまおうという判断である。


 何事も、慎重にやろうが大胆にやろうが、成功する時は成功するし、失敗する時は失敗するものだ。


 状況は変わるから。

 だから無駄に時間を掛ければいいというものではないし、逆に無駄に急ぎ過ぎるのも失敗の元である。


 だから、どっちが正しいということもないと思う。

 リオダインなりに考えて急ぐ選択をしたなら、それに従うまでだ。


 特に反対したい理由もないしね。

 現段階では悪手とも思わない。


「全員か? 俺もか?」


 ベルジュの問いに、リオダインは頷く。


「範囲と規模を大まかに調べたいから、まずは人手が欲しい。そこから先の詳細な情報は、調査が得意な人だけに頼むつもりだよ」


 ベルジュもそうだが、サッシュやフロランタン、リオダインもか。


 彼らのような、隠密行動が得意じゃない連中は前半だけ。

 それ以外は後半も調査しろ、と。そういう分け方をしたようだ。


 ベルジュ本人が聞いたように、彼は隠れてこそこそ動くのはあまり得意ではない。

 サッシュ、フロランタンもそうだ。


 そもそも気配が絶てないからね。

 彼らは熟練の冒険者でも狩人でもないから仕方ない。


「後半の調査は副リーダーが主体になるから。よろしくね」


 後半はもっと突っ込んだ調査……標的の近くを調べることになるのだろう。


 で、俺の出番だと。

 色々と仕掛ける場所の下見も必要なので、俺が動くのは最初から確定している。


 ほかの人選はどうしようか。

 少し気が早いけど、考えておこうかな。


 ……というか、考えるまでもないか。


 何度目かの課題である。

 もう手探りの段階は終わっている。それぞれができることも、大まかにはわかっているのだ。


 もしもの時のために、戦えるリッセが同行するのは確定。

 彼女は隠密行動はあんまり上手くないけど、「闇狩り」はゾンビにも効果がある。いざという時のためにぜひ同行してほしい。


 トラゥウルルは俺より隠れる技術が高いので確定。

 戦闘力も高いが、彼女の場合は、有事の際の伝言係の側面もある。彼女なら「素養」の力で敵陣の中でも素通りできるだろうから。にゃーにゃーうるさいけど猫要素があるなら許せるし。完全な猫だったらいいのに。


 あとハリアタンは……隠密行動が下手なわけじゃないけど、そもそもの性格が大雑把だから向いてないか。

 アドリブ的な奇襲みたいなのはすごい得意なんだけど、いわゆる斥候向きではないんだよね。だから今回は連れていけないかな。


「僕はゾンビの目撃情報があった大まかな場所を聞いてくるから。皆は出発の準備をしておいてね」


 了解。


 ――さて、まずは調査からである。





 ゾンビの目撃情報があった場所は、街道から大きく離れた林。

 村の狩人が、獲物を探して少しだけ遠出したところで見つけたらしい。


 その時点で十数体ものゾンビがいて、奴らは動物たちを追いかけたりしてうろうろしていたようだ。


 何かを食らいつくしたのか、骨らしき物と血痕だけが残った痕跡を見て、狩人は「たくさんの人が襲われてゾンビ化した」と思い急いで村に戻り、街の冒険者ギルドに報告と討伐依頼を出した、と。

 そういう流れである。


 実際は、ゾンビ化しているわけではなく、ゾンビが増えているのである。

 不死者になる呪いに感染した死体が増えているのではなく、無尽蔵に死体の形をした魔物が増えているのである。


 だから、人が被害に合わなくても、ゾンビは増え続けるわけだ。

 もし早い段階で気づかず放置されていれば、いずれはあの村にゾンビたちが向かっていただろう。


「――ありゃ食えないな」


 やめろベルジュ。諦めてなかったのかよ。


「――なあ、刺していいか? あのはぐれてる奴だけでいいから」


 やめろサッシュ。新しい槍を試したい気持ちはわかるけどやめなさい。


 目撃情報通りである。

 かなり距離を取り、遠巻きに林を見たところ、確かに何十体というゾンビらしき人影が見える。

 遠目に見る限り、ちゃんと服も着ていて、一見すると本当に人みたいだ。


 でも、近くで見ると、こう……ずるんずるんに肉が腐っていたりするのだろう。


 動物も人間も、腐乱死体なんかはアルバト村の近くの森でたまに見たけど、決して見たいものではない。

 できれば、はっきり見える距離まで近づくことなく済ませたいが……そうもういかないよなぁ。


 ゾンビらしき人影は、大抵はぼーっと立っているだけだが。

 しかし時折不自然な動きで走り出したりする。


 たぶんさっと横切る動物を発見して追いかけているのだろう。

 そして見失うとその場に立ち止まる、と。


 動きはそんなに速くないけど、想像していたよりは速いかな。


 となると、色々と仕掛ける前に、いくつか実験した方がいいだろう。ゾンビの動きや反応は割り出しておきたい。


 この辺はリオダインに報告し、相談してからだな。

 今勝手に動くわけにはいかない。

 

「――いや、生命樹チップで燻せばなんとかいけるか……?」


 やめろベルジュ。冗談じゃないことを俺は知っているぞ。ゾンビはやめておきなさい。きっと腹壊すくらいじゃ済まないから。姉でもやらないから。


「――なあなあ。一匹だけ。先っぽだけだから。いいだろ?」


 やめろサッシュ。そもそもこれ以上近づくのがダメだって話なんだよ。なんだよ先っぽだけって。先っぽが刺さったら全体も行くつもりだろ。先だけで済むわけがあるか。


 …………


 …………いろんな問題児がいる中、この二人はまだマシな方かと思ったけど、全然マシじゃなかったね。


 これだったら事あるごとににゃーにゃー囁くトラゥウルルや、口は悪いがそれなりに空気は読めるハリアタン、言いつけは守れる良い子のフロランタンの方がまだよかった。


 この人選は、ダメだ。


「――サッシュ。一体捕獲しよう」


「――マジか? やるか?」


 …………


 うん。

 やる。

 もういい。


 ――狩場をなめてるおまえらを、俺は許さない。


「君らね」


 俺は振り返り、言ってやった。


「とりあえず殴るけど、文句ないよね? 殴られる理由がわかってるんだから」





 調査を済ませて、落ち合う場所としていた街道まで戻る。

 すっかり静かになった青髪の問題児と大きな問題児も、文句を言わずちゃんと付いてきている。


「おかえり」


 先に来ていたリオダイン、ハリアタン、フロランタン組に合流した。


 この様子を見るに、こちらと同じくゾンビたちに見つかることなく、調査を済ませているようだ。まあそれが最低条件だからね。あたりまえだよね。こっちの問題児たちは手を出そうとしたけどね。したけどね!


 リッセ、トラゥウルル組は、林を迂回した向こう側の一番遠い場所に調査に行っているので、戻るのが遅いのは想定内である。もう少し掛かるんじゃないかな。


「どうだった?」


 うん。


「さすがにぶん殴ってやったよ」


「……えっ!? ゾンビを!?」


 俺は首を横に振り、後ろに控える問題児たちを親指で差した。


 そしてリオダインは「ああ……うん。おつかれ……」と、何かがあったことを察して曖昧に頷くのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほんとお疲れ様(*´ω`*)
いやホルンなら食いかねん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ