241.メガネ君、拠点に到着する
概ね予定通りである。
日が短くなってきた昨今、瞬く間に夕陽が沈みきったところで、予定していた村に到着した。
先行していた教官たちとサッシュとトラゥウルルは、あと一息という場所で立ち止まり、後続たる俺たちを待っていた。
「……はぁ……はぁ……」
息切れが止まらない。
心臓が騒ぎまくっている。
さすがにきつかった。
ここまで体力が消耗したのは、久しぶりである。
「さすがにきついよねー」
膝に手を着く俺と、なんとなくずっと一緒になっていた同じく息切れ状態のリッセとハリアタンに、一足先に到着し多少回復したのだろうトラゥウルルがそんなことを言った。
ちなみに教官たちとほぼ同時に到着したサッシュもへばっている。
ついていけることがすごい、としか言いようがない。
それにしても、やはり獣人でも堪える行程だったのか。
これで平然とされていたら、結構ショックだったかもしれない。同じ候補生としての差がすごいと思ったことだろう。……まあ、それは現段階でも間違った認識ではないか。
もう走りたくなくなるくらいなんて、ハイディーガという安全な場所で憂いなく訓練していた頃以来である。
外で訓練するなら、いつ外敵に狙われても対処できるように、多少の余力は残すから……
でも、今の俺はすっからかんだ。
もし今何者かに襲われたら、何もできずに死ぬだろう。それくらいへろへろである。
昼休憩のあと。
森の境目から街道を跨いで、また森に入ったところまではいい。
村までの最短距離を一直線に走ってきたわけだ。確かに距離を考えれば、所要時間はかなり短かったのだろう。
ただし、川越えからの山越えに続いたのはいただけない。山はないだろ山は。心臓がばくばくいって爆発するかと思ったよ。
……なんて、考えてる場合じゃないか。
俺は「メガネ」に「体力増強」をセットし……ん?
違和感を感じる。
どうやら消耗しきった今は、あんまり意味がなさそうだ。
消耗する前なら、いつもより多く動けるようになるんだけどな……意外な発見だ。
ならばと「生命吸収」をセットし、体力回復を図る――よし、これでなんとか走れるくらいにはなったか。
「あれ? どこ行くの?」
背中に投げかけられたリッセの問いに、振り返らず答えた。
「迎えに行ってくる」
後続のリオダイン、ベルジュ、フロランタンがまだ到着していない。
到着していないどころか、振り返っても見えないくらい離されている。
すっかり暗くなっているし、陽が落ちた途端寒さも増してきた。
魔物に出会ったりすると最悪なことになる。
……まあフロランタンがいれば大丈夫だと思うけど。
でも、今回の俺は副リーダーだから。
やらないといけないことはやっておかないと。
というわけで、さっきまでの俺と同じくらいへろへろのベルジュと、へろへろを通り過ぎたリオダインと、そのリオダインを荷物のように運んできた元気なフロランタンを見つけ、村まで先導してきた。
「さすがに疲れたのう」
フロランタンの息は弾んでいる。
でも息切れはしていない、と。
まさに桁違いの体力である。羨ましい。
「ウルル。さあ。来い」
そんな彼女はバッと両手を広げるが、昼間のなんだかんだが尾を引いているようで、トラゥウルルの反応は警戒心露わである。
「……にゃー……もう背骨折らない?」
「おう! 折ったことなんぞないけどな!」
こうしてヒビが入った二人の関係は修復されたのだった。おーおー早速イチャイチャと。しょうもないからもう見なくていいか。
「…………」
リッセという遺恨を残して。
喪失感と言われてもなんだかよくわからないけど、寂しそうな顔で見守るなよ……行きたいなら混ざって来いよ。
……まあ、何はともあれ、今回も無事、課題には全員参加だ。
助け合わないと課題を受ける場所にさえ到着できないという体たらくではあるが、滑り込みだろうがギリギリだろうが、全員参加は全員参加である。
「リオダイン……は、無理そうね。エイル」
全員の到着を待っていた教官たちの片方、エヴァネスク教官が、ダウンしているリオダインの代わりに俺を呼んだ。
「村長に挨拶に行くわ。付いてきなさい」
これから何日か、この村が俺たちの拠点になる。
何日くらいかはわからない。ゾンビ兵団を討伐するまでだから。
まあでも、これまで通り「泊まるだけ」みたいな扱いになると思うので、やはり村人たちと交流する機会はほとんどないだろう。
が、どうであれ最初に顔見せと挨拶くらいはしておくべきである。
「わかりました」
リーダーの役目なんだけど、リオダインがしばらく動けそうにないので、副の俺の出番である。
正直とても気は進まないが、この期に及んでごねるつもりはない。
現地に行くまでは揉めたりごねたりしてもいいけど、現地に着いてからのごねは、ただただ迷惑なだけだからね。
「今度の設定は?」
「いつも通りよ。適当に話を合わせればいいわ」
そうですか。
村は……まあ、俺の田舎と同じくらいの寂れた小さな集落である。気配を感じる限り、あまり人もいないかな。
すっかり夜なので村人たちは家に引っ込んでいるようだが、当然門番に立っている村人には、俺たちのことはとっくに見つかっている。
魔物という脅威があるので、この手の警戒網は俺の村にもあった。
「あんたら誰だ?」
四十代くらいの体格のいいおっさんが、俺とエヴァネスク教官の前に立つ。
「冒険者です。ゾンビの討伐依頼を受けて来ました」
と、エヴァネスク教官は答えた。
――詳しい説明は聞いていないが、たぶんロダのように、いろんな街に暗殺者関係の人が潜伏しているのだろうと思う。
そこから情報を得て、俺たちに課題として宛てがわれると。
「念のため、依頼書とギルドカードを見せてくれるか?」
明らかにほっとした顔をしたが、おっさんは務めとばかりに身分の証の提出を求めた。まあ当然のことだよね。俺の村でもそんな対応をしていた。
「どうぞ」
その返答も予想済みで、エヴァネスク教官は依頼書とカードを出した。
依頼書は本物だと思う。
冒険者ギルドから預かってきたものだろう。
冒険者として登録した時に貰えるという、身分証明代わりのカードは……俺はなんとも言えない。
偽造したのか、それともエヴァネスク教官本人の物だったりするかもしれないし。特に確かめたいとも思わないし。
門番に通された俺たちは、そのおっさんの案内で、ほかの家よりやや大きな建物に案内された。
――あとは、特筆するようなことはない。
村長の家で話を聞いたところ。
曰く、村からちょっと離れたところにゾンビの大群がいるのが発覚。
街の冒険者ギルドに討伐依頼を出して、一度は冒険者が来たものの、ゾンビの数が想定より多かったので調査だけして引き上げたらしい。
調査の結果、死霊召喚士率いるゾンビ兵団かもしれない、と予想が立てられた。
そしてそれが判明した直後に俺たちが来た、という流れだそうだ。
「――死霊召喚士がいる可能性が高い以上、時間が経てば経つほどゾンビは増えます。死体が増えているわけではありませんから」
と、エヴァネスク教官は相槌を打った。
死霊召喚士の場合、増えるのはゾンビに似た魔物だからね。決して人間が不死者になっているわけではない。
が、先のことはわからない。
ゾンビたちは生き物を追って移動する。
色々と不幸な偶然が重なって、ここまで来る可能性も当然ある。
とかく数が多いのも含め、どんな風に被害が広がるかわからないのだ。
だからこそ、早期討伐が望ましい。
ゾンビ自体は大したことないが、ゾンビが広める呪いのせいで、森の生き物が全滅することもあるそうだから。
決して人が襲われる云々だけの問題ではないのだ。
「――概要はわかりました。あとは我々にお任せください」
教官がそう締め括り、挨拶は終わった。
ちなみに俺は一切発言する機会がなかった。非常に望ましい形である。
村長が用意してくれていた家と、人数の関係であぶれた者はその周辺を借りて、俺たちの拠点は完成した。
とりあえず、明日からである。
今日はとても疲れたので、もうさっさと寝ます。




