240.メガネ君、激励されてから地獄に叩き込まれる
森を抜けたところで立ち止まっている先行組――エヴァネスク教官とソリチカ教官、サッシュとトラゥウルルに合流した。
「――休憩だってよ」
と、サッシュが告げた。
そうか……ここで休憩が入るってことは、やはりまだまだ先があるってことか。
三日以内で着いてくれれば、気力面でも体力面でもありがたいんだけど。それ以上となると心が折れそうだ。
それにしても。
こうして並べて見ると、サッシュだけが肩で息をしている。
教官たちとトラゥウルルはまだまだ全然元気である。
「素養」を抜きにしても、走ることに特化しているサッシュが消耗しているのにな……
教官たちは元々すごい人たちだからまだしも、トラゥウルルの体力と運動量が恐ろしいな。獣人ってすごいんだな。
ちなみに俺、リッセ、ハリアタンも、若干消耗している。
「にゃー。さむいー」
「あついーやめてー」
しかも身体もまだ温まっていないらしく、トラゥウルルはリッセに抱き着いた。リッセは迷惑そうである。
……いや、温まった上で寒いのかもしれない。
猫の獣人だから、極端に寒さに弱いのかも。
塔周辺と違い、この辺はやっぱり結構寒いからね。
ちなみに俺、リッセ、ハリアタンは、とっくに身体も温まっている。
暑いとは言わないが、当然のように汗が浮かんでいる。
――休憩場所として立ち止まったこの場所は、近くに川が流れている。ここを選んだってことは、飲める水なのだろう。
太陽の位置と腹の減り具合からして、昼前くらいだとは思うけど。
ということは、午前中いっぱいは走り続けていたことになる。
そして、午後も続くと。
しっかり休憩して、軽めの昼食を入れておけ、という配慮の時間である。
しっかり休んで、動きが鈍らない程度に腹に入れておかねばならない。
飯と言えばベルジュだが、まだ来ないな――いや、来た。
「――休憩か? 助かったぜ……」
消耗が激しいベルジュ、同じく消耗が激しいリオダイン、平然とした顔のフロランタンの後続三名が合流する。
「にゃー。待ってたよー」
どうやらリッセはただの繋ぎだったらしい。トラゥウルルはリッセを捨ててフロランタンに抱き着きに行った。
「……」
迷惑そうな顔をしていたのに、なぜだかリッセは寂しげに去り行く背中を見送る。――猫らしいよね。すぐに気が変わるところとか。もう完全な猫だったらいいのに。
「……」
あ、目が合った。見てたことを悟られた。
「……喪失感がすごいんだけど」
そうですか。……喪失感かぁ。
俺はそんなにしっかり誰かと抱き合った経験がないからよくわからないけど……自分を抱くなよリッセ。悲しい顔してそのポーズは悲しいよ。
「その辺の木とか抱いてみれば?」
さすがに哀れだったので、身代わりを立てることを提案してみた。
「木? うーん……」
リッセは悲しい顔をしたまま、その辺の木に両手を回した。
――うん。
「バカみたいだね」
「次なんか言ったら殴るね?」
殴られたくないからリッセのことはもう放っておこう。
川で水でも飲もうとふと視線を動かすと、リッセを弄んで捨てたトラゥウルルの姿が視界に入った。
「――にゃあ、ぁあ、ぁぁあ……せっ、背骨がぁ……!」
「――おおよしよし可愛いのう。でもわれうちを置いて行ったよな? ん? んん? もう離さんぞ? もう離さんからな?」
…………
あ、トラゥウルルと目が合った。
「――エ、エイ……ル、助け」
再会を喜ぶ抱擁を邪魔するのもアレなので、水飲んで昼食の準備でもするか。
「昼食は任せろ」
ベルジュも、いつも通り料理当番を買って出た。うまい飯が食えるので文句などない。
……お、もはや定番となった、魔豚のベーコンを挟んだサンドイッチだな。課題の時の昼食はいつもこれだ。うまいんだよなぁ。
「ちょっと厚めに切ってくれよ」
俺も俺も。
「うちの分、ちょい大きめに切ってくれや」
俺も俺も。
「わかってるよ。邪魔だから行け」
肉塊のままである、魅惑のベーコンに刃を入れるベルジュ。
そんな彼と肉にまとわりつくサッシュとフロランタンが追っ払れ、
「俺の分も分厚く大きく頼むわ」
隙ができたとばかりにハリアタンも行った。俺も俺も。
「わかってるって言ってるだろ! 毎回毎回! あとエイル! 微妙な距離を保って見てないでそろそろ直接言いに来い!」
直接言ったら鬱陶しいだろうという俺の気遣いですけど。まあ、オーダーが通じているなら何でもいいけど。
…………
いつもは邪魔で鬱陶しいの筆頭格であるトラゥウルルがなぜか倒れているが、あまり気にしないでおこう。
「――エイル」
あ、ソリチカ教官。
「珍しいですね。ソリチカ教官が話しかけてくるなんて」
ソリチカ教官とはハイディーガでは師弟関係だったし、暗殺者の村でも飯を食わせる的な交流はあったが。
でも、ブラインの塔に来てからは、まったく接点がなくなっていた。
座学でもあんまり教壇には立たないし。
こうして話しかけられたのは、塔に来てからは初めてかもしれない。
まあ、相変わらずどこを見ているかわからない、虚ろな瞳をしているが。変わりはないようだ。
「呼び捨てでもいいけど」
ソリチカに関しては、俺も若干違和感があるけど。
「ほかの候補生にも、エヴァネスク教官とヨルゴ教官にも示しが付かないから。せめて塔にいる間は分別を付けるよ」
これだけは、かつての弟子として言わせてもらう。
そしてこれ以降は、教官と生徒である。
「そう。確かにそうだね。その方がいいか」
うん。
なんだかんだ言っても、けじめや分別って大切だからね。
「それよりエイル。今回の作戦についてなんだけど」
ん? 作戦?
「考えたのエイルだよね?」
「違いますよ。今回のリーダー役であるリオダインががんばって考えたんですよ。俺はちょっと口出ししただけ」
「まあ表向きはなんでもいいけど――性格が出るんだよね。作戦って」
……性格?
「村にいた頃を見ているからよくわかる。エイルの立てる作戦は、できるだけ戦闘をしない方向で考えるよね」
…………
あ、なるほど。言われてみればそうかも。
「今回の作戦も、できるだけ戦闘要素を排して立てられている。作戦が成功すれば勝利が確定する。そんな感じ」
まあ、そうかも。
発想としては、根底にあるのが「動物を獲る罠」だからね。そもそも戦うことが前提にないから。
でも、そうじゃなくても、無駄にリスクを負う必要はないと俺は思う。
戦闘となると、どうしても身の危険が発生するからね。
俺はできるだけ、それを排除したいと思っている。
「――面白いよね。武器を使わずに戦いに勝つ方法を考えるって」
今回の作戦はね。
それが目指すべき結論ではあるけど。
「うまくいけばの話です」
ゾンビ兵団が想像する通りの集団で、想像通りに事が動いてくれれば、の話だ。
「今回の課題、個人的にすごく楽しみにしてるから。がんばってね」
あ、はーい。がんばりまーす。
…………
声を掛けてきた理由は、激励か。珍しいこともあるものだ。
言いたいことは言ったようで、ソリチカ教官は去っていく――と思えば、一度だけ振り返った。
「――ああ、ついでに言うと、今日の夜には拠点となる村に着く予定だから」
やった! 今度の旅は短い!
「――だから休憩はもうないから。今日中に村に着くように少し長めに走るから。しっかり休んでおくんだよ」
…………
そうか。午後からは地獄か。




