23.メガネ君、挨拶する
とりあえず、と勧められて一番手前、未だ錯乱している副リーダーの正面に座り、三回ほど「いえ実弟です」と訂正する。
俺は正しかった。
村でも「顔は似ているけど姉弟とは思えない」と事あるごとに正反対の性質だと言われ、俺もそれが正しいと思っていた。
そして、都会の洗練された一般常識に当てはめても、その通りだと判断された瞬間だった。
まあ、だからどうしたって感じでもあるが。家族でも兄弟でも一個の違う人なんだから、違って当然だ。
「……ああ、驚いた。ホルンが問題を起こすたびに、親の顔が見たい、家族の顔が見てみたいと思っていたけれど、まさか……いえ、失礼」
「お気になさらず。身内でもそう言いたくなる気持ちはよくわかります」
副リーダーは、ようやく俺のことを問題児の弟と認め始めた。思わずこぼれた言葉が失礼だと判断するも、今度は俺がそれを認めた。
「……失礼ついでに聞くけれど、ご両親はどんな方なの?」
問題児を育てた親を気にするくらいには、姉はいろんなことをやらかしているらしい。
正直姉の所業は聞きたくない。
……聞かないわけにもいかないか。この状況で聞かないって選択はできないか。
「普通だと思いますよ。貧しい村の出なので、やや放任だったとは思いますが」
アルバト村は、ぎりぎり食うには困らないが、自然災害などで農作物の収穫量が減れば普通に飢える、というくらいの貧乏な村だ。
特に特産もあるわけじゃなし、作物の出来がすこぶるいいというわけでもなく。
一応、毎年わずかずつ蓄えができて、収穫量が足りなければ町から食料を買う、みたいな処置をしながら食い繋いできた。
あんまり意識したことはなかったが、考えてみると村長の手腕も悪くはなかったのかもしれない。
「大体のことはレクストンからも聞いていると思います。概ねその通りなので」
レクストンは村で二番目のバカで、嘘を吐くタイプではなかった。ごまかすことはあっても真逆の嘘などを吐いたりはしていないだろう。
「はあ……それにしても、これがあのホルンの本当の家族の実弟の弟の血の繋がった弟……」
いつまで驚いているんだろう。……え、そんなに? そんなになのか?
「弟がいるとは聞いていた」
と、副リーダーよりは幾分冷静な、無精ヒゲのおっさんが口を開いた。
「レクストンも、ホルンと弟は似てないとは言っていたが。……なんつーか、おまえさんからは教養みたいなのを感じる。本当に同郷か……いや、育ちが同じ家庭なのかさえ疑問だぜ」
はあ。教養。
「教養があるかどうかはわかりませんが、村にいる狩人の弟子として、師から様々なことを学びました。簡単な文字、数字、計算、ほかに常識なども含まれるでしょうか。
もし姉と違う何かを感じるなら、その辺の差があるのかもしれません」
狩人の仕事は、獲物を狩るだけではない。
狩った獲物を必要な人に渡す――村では物々交換だったが、村に寄ってくれる行商人などには、金銭で売り買いをすることになる。
文字が読めない数字がわからない計算ができないでは務まらないから、と言われて教えてもらった。
騙されたり、適正な価値で取引されなかったりと、損をするだけだから覚えろと言われ、言われるまま教わった。
なお、常識は……師匠の自慢交じりの雑談は、話半分に聞き流していた。
付き合った女の話だの奥さんとのなれそめだの、すべて併せれば五百回は聞いている。さすがにもういい。そもそもあんな熊みたいな大男がさほどモテたとも思えない。奥さんは男を見る目があったとは思うが。師匠は尊敬できるし、尊敬している。
「狩人か。なら弓とか使えるんだな。……確かに何かしら武具に通じているのはわかる。肉体の仕上がりが一般人じゃないよな」
無精ヒゲは、堂々と俺を分析している。
……うーん。
あんまり自分のことは話したくないし、観察なんてもっとされたくないんだが……
逃げるわけにもいかないからなぁ。
なんとか俺の話から姉の話に移行したいが、どうも話を差し込む隙がない。
「弓ね。……そういえば、最近メガネの狩人が噂になっていたわね」
無精ヒゲが対応している間に、副リーダーも冷静さを取り戻して来ている。二人もの相手から会話の隙を付いて話をねじ込むのは困難だ。お茶をいれてきて隣に座ったライラは、置物みたいに何も言わないし。
しかも、嫌な流れだ。
話が面倒な方向に行きそうだ。
そうだよな、ライラが噂を聞いて接触してきたくらいである。
冒険者という職業柄、強い人や腕の立つ人の噂に敏感なのも当然。腕のいい冒険者チームなら猶更だ。
このままいくと、俺のできることやらできないことやら、狩りの遍歴みたいなものまで質問されてしまいそうだ。
答えたくはないが、ないけど、……答えないわけにもいかないだろう。
答えるけど、なんとか曖昧に濁したりできないか。そういう方向でなんとかならないか。
さてどうする、強引にでも一度退却してしまおうか。
そう考えた時、救いの手がやってきた。
「――ふぁ……あーあ」
内階段を昇った二階の個室の一つから、赤の混じったような色合いの金髪の女が、大あくびをしながら出てきた。
かなり薄着である。
どうも昼過ぎというこの時間まで寝ていたようだ。
そういえば、ライラを除いて倉庫にいた気配は三つ。彼女が三人目か。
だらけているようにしか見えないが、それでも強者の気配がする。
「――おーいホルンー。メシ行くぞー」
眠そうな顔して、眠そうな声を上げ、足取り怪しく階段を下りてくる。
白いタンクトップ一枚に……おい。下は下着か。完全に下着姿じゃないか。パンツ一丁じゃないか。……青と白のしましま? 都会の下着はああいうのなのか。都会の洗練されたデザインってやつだな。
「ちょっと待った! アインさんちょっと待って!」
俺の隣にいたライラが慌てて立ち上がり、降りて来ようとしている女性に駆け寄る。これ以上先に進ませまいと身体を使ってブロックだ。
「お、ライラもいたか。よし、メシ行こう」
「いやそれよりお客さん来てます! 服を着て!」
「服? ちゃんと着て……あれ? 短パンどこだ? 寝てる間に脱いだか? ……まあいいか」
「よくない! お客さん! 来てる! 来てるから!」
下着姿で動じない女。
溜息を吐いている副リーダー。
頭を抱えている無精ヒゲ。
そして、お客さんである俺。
たぶん、この中でライラが一番正しい反応をしていると思う。
「でも腹減ってるし……メシは行かないと」
「行ってもいいから! 服を! 着て!」
…………
――このチーム、うちの姉の他に、もう一人問題児がいますか?
ストレートに聞きたかったけど、さすがに言えなかった。




