236.メガネ君、道具をチェックする
厄介事に巻き込もうとするハイドラをなんとか撒いて、夕飯。
「――はい、あーん」
「――あーん。……うーん、これはうまいのう!」
今日の料理当番であるベルジュが無駄に凝りまくった夕飯を、フロランタンとトラゥウルルが無駄にイチャイチャしながら食べているのを眺めつつ、俺も唸っていた。
うまい。
やっぱりうまい。
料理人志望だからなのか、すでに料理人として腕が確かだからなのか、ベルジュの作る飯はうまい。
朝、昼は時間の都合から簡単な物を出すが、夕飯は本当にこだわるんだよね。この日ばかりは海でちょっと食べる集まりもないし。
いわゆる、当たりの日というやつだ。
毎日の食事当番は教官が決めるので、彼が担当になる日は多いわけではない。
ゆえの、当たりの日だ。
フロランタンとトラゥウルル、そして俺だけに留まらず、いつもの食事風景に比べて皆の笑顔が多い気がする。
あとおかわりの回数も多い。俺もしようかな?
――そんな皆がちょっと幸せになった夕飯が終わり、すっかり人が少なくなった一階で。
俺とリオダインとリッセで、買い出しで集めた道具類をチェックをしていた。
課題に使用するのだ。
言い換えると、戦闘で使う物なのだ。
クロズハイトでは、粗悪品を売りつける系のぼったくりもかなりあるので、一つ一つの確認作業は必須である。
離れたテーブルでも、セリエとハイドラが同じようなことをしている。
パッと見、集めた道具がこっちと全然違う。
やっぱり作戦も違うらしい。
どんな作戦を考えたんだろう。すごく楽しみだ。
「――あ、あの」
何十本も買い揃えたロープの強度を確認していた俺に、上階から降りてきたカロフェロンが声を掛けてきた。
「これ、約束の……」
あ、そうか。
「ありがとう」
彼女が持ってきた薬瓶二本を受け取る。
「何? 聖水?」
「正確には聖水代わりらしいよ」
リッセの問いに俺が答える。カロフェロンも頷いている。
これは、彼女が錬金術で作った聖水だ。
正確には聖属性の水である。
通常の聖水は光魔法を駆使して作るらしいが、主な売り場とされている教会全般が存在しないクロズハイトでは、かなり入手が困難なのである。
なので、聖水と同じ効能がある水を錬金術で作れるというカロフェロンに、聖水代わりに頼んでおいたのだ。
「……でも、それだけじゃ、量が足りないと思う、けど……」
ん? ああ、まあね。
「ゾンビに使うならね。これは薬として使うんだ」
万が一ゾンビに噛まれたり引っ掻かれたりして呪いを伝染された時、聖水で清めるのだ。
発症したら間に合わないけど、発症前なら聖水一振りで治せるから。
瓶二本でも、大怪我じゃなければ十回くらいは使えるだろう。
カロフェロンに頼んだのは、そのための物だ。
死霊系には効果的だって話だから、直接ゾンビに掛けても有効なんだろうけどね。どれくらい効果があるのかはわからないけど。
「ああ、それなら……うん……」
と、カロフェロンは後ずさるようにして去っていった……いや、暗殺者チームの道具チェックに参加するため、向こうのテーブルに着いた。
「へえ。錬金術で聖水が造れるのね……うっ、くさっ」
何気なく薬瓶を開けて中を覗き見て――漏れ広がる強烈な臭気にリッセは顔を背けた。開けるなよ。……うっ、本当に薬草の臭いがすごいな……あんまり使いたくはないな……
「――エイル。これでいいかな?」
リッセから薬瓶を奪い取ったところで、リオダインが書いていた紙を渡してきた。
「……うん。いいと思う」
チェック済みの道具類を一つずつ記載し、同時進行でリオダインが書いていたのは、ざっと作戦の流れを記したものである。
教官に提出し、チェックしてもらうのだ。
あまりにも穴だらけ不備だらけの作戦だと、再提出が求められるそうだ。二チームとも今までなかったけどね。
課題はほぼ命懸けの実戦形式だ。
だから、誰かが死ぬ可能性が高い粗雑な作戦は許さない、認めない、という単純な話である。
ハリアタンが「やりたいけどやれない」と言っていたのも、安易にチャレンジすれば誰かの命が危うくなると知っているからだ。
彼は自分の欲より、自分や仲間の安全を取った。我が強いようで引くこともできるのだ。
「今回も大丈夫でしょ」
と、俺の横から紙を覗き見るリッセも、太鼓判を押した。
「おぐっ、だっふっ」
完全に油断しているリッセの鼻の近くで、まだ手にあった薬瓶の蓋を開けてみたら、変な声を漏らしつつ反射的に顔を背けた。
「何してんだよメガネっ。うおぉ、心の準備なしで無防備に吸った……っ」
「いや、だって近いから」
顔を寄せるなよ。顔を。見たいなら渡すって。
「あと俺も臭い。俺も被害者だけど」
「知るか! 自分も嫌ならするなよ!」
仕方ないよ。近かったし。
というか本当に臭いがすごいな。
熊除けの臭気袋ほどではないにしろ、強烈だ。目に染みるというか。
「……あの、出来立てだから……」
あ、カロフェロンがまた来た。
「一晩置けば、臭い消しが効いて、お、落ち着くから……」
そうなんだ。
「リッセが嫌がるからこれはこれでいいと思うけど」
「おい」
言いたいことは言ったようで、彼女はまたすすっと下がって向こうのテーブルに戻っていった。
錬金術って不思議だな。
なんというか、普通の調合とはだいぶ違うんだよな。
ちょっとだけ話を聞かせてもらったけど、なんかこう、簡単に言うと、違う薬品同士を合わせて魔力を込めると効果・効能が大きく変化する、という原理らしい。
でも、説明されてもいまいちよくわからなかったんだよね……実際やってみないと理解できないと思う。
でもかじる程度では全然時間が足りないそうだから、もう今は触れない方がいいと判断した。
ブラインの塔にいる間は、触れる時間はなさそうだ。
「君たち仲いいよね」
リオダインが、生暖かい目で俺とリッセを見ていた。
「やめてよリオ。こんなよくわかんないメガネとなんて」
そりゃこっちのセリフだ。……まあ、お互いそう思ってるならいいか。
道具類のチェックが済み、少しだけ待っていると――ようやくエヴァネスク教官がやってきた。
今度の課題のリーダーであるリオダインと、暗殺者チームのリーダーであるセリエが、教官に作戦を記した紙を提出する。
ざっと目を通すと、教官は頷いた。
「よろしい。双方の作戦を認めます」
今回も問題なく、作戦が受け入れられたようだ。
なお、いつだったかヨルゴ教官に質問したことがあるが。
提出された作戦が失敗しそうだと思っても、再提出を求めないこともあるそうだ。
あくまでも、失敗からなる危険を考慮して却下するらしい。
これまではなかったけど、ここから先課題が困難になってくると、再提出を食らうこともあるかもしれない。
「――明日、現地に出発する。全員に通達しておきなさい」




