230.メガネ君、副リーダーを任される
「――正確には死霊召喚士っていう魔物だね」
エヴァネスク教官が去り、課題について相談を始めたところ、リオダインがゾンビ兵団について知っていた。
死霊召喚士。
……知らないなぁ。聞いたことさえない。
「え? みんな知らないの?」
今、魔物狩りチーム用の教室には八人いるわけだが。
たった一人しか知らないという事実に、知っている本人だけが驚いていた。
「結構有名だと思うんだけど。知らない? ……あ、そうなんだ……」
全員がピンと来ていない顔をしているのを見て、リオダインは渋い顔をした。
――なんとなく、ここからの流れがわかったのだろう。
「えっと……簡単に言うと、ゾンビを呼び出す召喚士だね。そういう魔物なんだ」
ゾンビを呼び出す。
……ああ、なるほど。
「だから兵団なのね」
リッセも俺と同じことを考えたようだ。
死霊召喚士はゾンビを呼び出す。
きっとその呼び出すゾンビの数が多いのだろう。兵団と言うだけあって。
「食えるのか?」
えっ。
さすが料理人ベルジュと言うべきなのか、それともさすがに興味を持つのさえやめろと言うべきなのか。さすがに驚くべき言葉だった。
色々想像したのか、トラゥウルルが「うげー」と小さな声を漏らした。
ゾンビ肉が食えるかどうか考えたのかもしれない。
俺もちょっと想像して後悔している。きっと姉でも食わないと思う。さすがに。もし食ったら家族の縁を切るべき案件としか言いようがない。
「死霊系だからやめた方がいいと思うよ……」
答えるまでもないと思うけど、リオダインは律儀にそう返した。
「何にしろ、グールっていうくらいだから死霊系の魔物だろ? だったら楽勝じゃねえか。リッセがいるし」
ハリアタンの言葉は、間違ってはいない。
リッセの「素養・闇狩りの剣」は、魔物に効果的である。
更に言うと、死霊系には特に効果が大きい。
魔法で言うところの聖なる力に属するそうだから。
――そんな簡単じゃない、というか……悪手だろうなぁ。
きっとハリアタンが今思っている「リッセは死霊系に強い」は、あんまりよくない考え方だと思う。
ここは一つ、言うべきだろう。
「リオダイン」
「え」
「今思ったこと、言うべきだと思う」
「えっ」
俺は言わないから。
君が言うんだ。
だってきっと、ゾンビ兵団のことを知っていた君が、今度のリーダーだから。
さっき渋い顔をしたのも、本人がそうなる流れを悟ったからだろう。
リーダーって色々責任があるから、やりたくないよね。最悪死ぬような課題内容ばかりなんだから、ほかの人の命を預かるような立場は怖いよね。
「…………」
リオダインが何か言いたげに――いや、「おまえ押し付ける気だな? 全てを押し付ける気だな?」という猜疑心に満ちた目で俺を見る。
もちろん、俺は気付かないふりをして見ない。そんな目で見られても困ります。そして何も言えません。見ないでください。
「……ああ、えっと、ハリアタン、あのね、いくらリッセの『素養』が死霊系に効果的だとしても、最前線に出すのはよくないと思うんだ」
だよね。俺もそう思ってました。……見るなよ。話す相手は俺じゃないだろ。
「ゾンビ自体は弱いけど、とにかく数が多いから。
それに死霊召喚士を倒さないとどんどん増えていく。
なんというか、リッセがどうこうじゃなくて、真正面からまともにぶつかるようなやり方はやめた方がいいと思う」
だよね。俺もそう思ってました。……あれ? なんかニヤッとした?
「今度のリーダーは僕がやるよ。作戦を考えてみる」
――あ、まずい。
「エイル、副リーダーお願いね」
…………
気付くのが遅かったか。回避する暇もなかったな……
……いや、まだだ!
「副リーダーならリッセがいいんじゃない? これまでの実績もあるし。俺みたいな0点を取る無能のメガネには荷が重いよ」
なんとか責任を押し付けられないかと言ってみるが、……矛先を向けたリッセ当人がニヤニヤしながら俺を見ている。
あたかも「おまえの本心はわかっている」と言わんばかりに。
というか、実際そうなんだと思う。
「リーダーのご指名は、私じゃなくてエイルでしょ? ――はい、今度のリーダーと副リーダーに拍手ー」
パラパラと拍手が鳴る。
まるで多数決を取り賛成の者は手を叩け、と言われたかのように。
俺以外の全員が。
既成事実を作られたというか、外堀を埋められたというか。
なんてことだ。
矛先を向けたリッセに、逆にとどめを刺される結果となってしまった。
……こうなったら仕方ない。諦めるか。
これ以上ごねたら、サッシュとハリアタンに気が進んでいないことがバレてしまう。
あの二人のことだから、それがわかったらきっと面白がって俺を副リーダーの座に押し込もうとするだろう。あいつらはそういう奴らだ。
「嫌なのはわかるけどやれよ。つーか無能ってなんだ。白々しい」
「そうだそうだ。やれる奴はやれよ。俺なんかやりたくても向いてないんだぜ」
……まあ、すでにバレてるっていうね。
俺の性格からしてわかりやすかったんだろうね。
こうしてリーダーとなったリオダインと、副リーダーを任された俺は、次の課題である「ゾンビ兵団の討伐」の作戦を立てるために図書室にやってきた。
図書室は、基本的には立ち入りを禁止されているので、エヴァネスク教官の許可を貰ってきた。
まあ、俺は「素養」関係の本を探すために何度か来ているが。
戦いは、戦うと決めた時からすでに始まっている。
今からするのは、戦うための準備である。
まず、全ては魔物を知ることから始まる。
それから作戦を立てて、標的とどこでどのようにやり合うかを決めるのだ。
「――君、僕にリーダー役を押し付けようとしたよね?」
「――はは、そんなバカな」
「――本当は?」
「――そうなる流れだと思ったし、放っておいてもそうなってたと思うけど。俺はちょっと後押ししただけだよ」
だってリオダインは唯一 、死霊召喚士というゾンビ兵団の正体について知っていたのだから。
…………
でも、そう考えると、俺が副リーダーにさせられたのも必然だったのかもな。
目ぼしいメンバーは全員リーダーをやったのだから、いよいよ俺に順番が回ってきたというだけの話だ。
それに、これまでも作戦の話し合いには参加していたし、特にやることが変わるわけじゃない。
今回も、今までの課題通りにやるだけだ。
「まあなんでもいいかな。対抗戦以来、また君と作戦を立てたいと思っていたから。僕は嬉しいよ」
俺は嬉しくないですけどね。
ただ、気が合わない奴と組まされたわけではない、というのだけは救いだけど。その点はリオダインでよかったと思っている。
……っと、こんなもんか。
「――何冊見つけた? こっちは五冊」
「――僕は四冊。……ひとまずこれくらいでいいかな?」
リオダインと話をしつつ、図書室にずらりと並ぶ本棚を手分けして見て回り、死霊系の魔物のことが載っている本を探していた。
何万冊もありそうな蔵書量なので、やはり探せばあるものである。
……でも残念なことに「素養」のことが書かれている本は少ないんだよなぁ。
いや、中には読めない文字で書いている本もあるので、俺が読めないだけかもしれない。
それはそれとして、合計九冊もあれば、たぶん死霊召喚士のこともどれかには載っているだろう。こんなもんでいいだろう。
「――あ、エイル君」
ドアが開き、外気が流れてくるのと同時に、聞き馴染みのある声もやってきた。
セリエだ。カロフェロンもいる。
どうやら今回も、暗殺者チームと同じ課題が出ているようだ。彼女らもゾンビ兵団について調べに来たのだろう。
これも、毎回のことである。