228.メガネ君、自主訓練する
一週間当番はすっかり終わり、昼食は日替わりの当番制となった。
ちなみに塔の掃除は教官たちがやっている。俺たちには立ち入り禁止になっている場所もあるから。
今日の食事当番は、セリエとエオラゼルである。
エオラゼルのことはよくわからないけど、セリエがいるなら大丈夫である。実際朝食は大丈夫だったしね。
この前はひどかったから……
トラゥウルルとフロランタンが当番だった時は、本当に肉を焼いただけというメニューで……
まあ嫌いじゃないから俺はメニューはそれで構わなかったけど、問題は中が生だったり焦げていたりしたことだ。
あれはちょっとね、久しぶりに怒りが込み上げてきたよね。
肉に悪い。肉への冒涜。命に失礼。
そんなことを思ったっけ。
「――エイル。自主訓練が終わったら釣りに行かないか」
一階の広間で、一人で大丈夫な昼飯を食べている時、別のテーブルで他の人と食べていたベルジュに声を掛けられた。
「――行こうか」
一緒に課題をこなしている内に、グイグイ来そうで苦手だった料理人ベルジュにも、すっかり慣れた。
ずっと聞きたかったスパイスやソースのことも聞けたし、今ではちょくちょく一緒に海釣りや、浜辺や岩場で採れる海産物を取りに行く仲となっている。
初めて見た、果てのない広大な海への感動も然ることながら、その海で採れる物のおいしさにも驚いたものだ。
食べ慣れた川魚とは、やっぱり違うんだよなぁ。
魚のさばき方も覚えたし、食べられる種類も教わった。やっぱり毒を持つ魚もいるようだ。注意しないと。
でもまあ、今後ここ以外で海に接する機会も、ないかもしれないけど。
昼食を片づけたら、少し休憩して自主訓練となる。
皆できることとできないこと、得意なことも違うので、全員がどこで何をしているかはよくわからない。
リッセ、サッシュ、ハリアタン、エオラゼルの四人は、塔の前で剣なり槍なり振り回してひたすら打ち合っている。
ベルジュとトラゥウルルは一緒に森の奥へ行き、何かをしている。
何をしているかは聞いていない。
セリエ、リオダイン、カロフェロンの魔術師三人は、エヴァネスク教官に魔法関係の課題を出され、こなしているようだ。
ハイドラとシュレン、マリオンは、何をしているかはわからない。
女二人はよくクロズハイトに行っているようだが、シュレンはまた違うみたいだし。
そして俺とフロランタンは、よく一緒に海辺で訓練をしている。
そんな俺たちの訓練を、時々ヨルゴ教官が見に来て、言葉は使わずやって見せてくれたりする。
俺とフロランタンのところに来るように、皆の許を見回っているのだろう。
なんでもヨルゴ教官は、武具の扱いに関しては天賦の才があるけど、その才能がありすぎるせいか、教えるのが非常に下手なんだそうだ。
武器の形状を見たり、二、三度振ったりしたら、もう理屈ではなく感覚で理解できてしまうとか。
それこそあっという間に、何年も使ってきた愛用の武器のように使用できるらしい。
……と、エヴァネスク教官が言っていた。
だからヨルゴ教官には説明を求めないように、と。
ただ、教えるのは下手でも、やって見せてはくれる。
これがまた嬉しいし、参考になる。
千の言葉より一の模範を見る方が有効なことも多いからね。
でもまあ、今日は俺たちのところには来ないようだが。
「――お、当たった」
海辺の岩場に立ち、フロランタンはひたすら、海の中にいる魚影に向かって石を投げ続けている。
これが彼女の自主訓練である。
今のところ、十投中一発当たるかどうか、という感じだ。
だが、始めた当初から考えると、かなり命中率が上がってきている。少しずつだが着実に身についてきているのだろう。
「――あ、こっちも当たった」
そして俺は、彼女の隣で別方向に、目隠しをしてひたすら矢を放っている。
狙っているのは、俺も魚だ。
放つ矢には空気抵抗の少ない細いロープを結わえ、簡易的な銛のようになっている。
海中の魚に当たっても当たらなくても回収できるようにするためだ。
それと矢尻も少し細長いものを作って付けている。
魚に大きな傷をつけないように。
ロープを引っ張る段階で、少しでも抵抗力があれば魚に刺さったことになる。暴れる魚の生命力がローブ越しに伝わってくるのだ。
「なんでそれでうちより当たるんじゃ……」
フロランタンはよく、驚いているのか呆れているのかわからない声でそんなことを言うが、お互い様だと思います。
彼女が肉を狩るために石を投げる攻撃方法を学んだように、俺のこれも、暗殺者の村で教わったことである。
むしろ海中の獲物は、ここからじゃほとんど見えないからね。
陸から肉眼で狙ったところで、逆にそっちの方が当たらないと思う。魚の動きも速いし。
気配で察知し、静かに狙い、狙われていることを悟られる前に仕留める。
これも森の狩りとほぼ一緒――違うのは視覚に頼らない点だ。
まあ、森だと障害物が多いからね。視界が利かないと森での狩りは無理だから。
――しかも最近は、どのくらいの大きさの魚かとか、どこに矢が当たったかとか、教えてもらった魚限定だが種類とか、見なくてもわかるようになった。
手許に戻ってきた矢には、よく狙う暗黒鯛が刺さっている――はずだ。目のすぐ横、えらの辺りを貫通している、と思う。うまいんだよね、この魚。大きいし。
目隠ししたまま矢から外し、ビチビチ暴れる魚を持ってきた桶に放り込んでおく。今日はこれで四匹目だ。
「なんで見んでそんなんできるんじゃ……」
「君もその内できるようになるんじゃない?」
フロランタンは投擲のほか、生き物の気配を読む感覚的なものの訓練も含まれているから。海中の獲物は、やはり視覚だけじゃ追いづらいからね。
――視覚と言えば、俺も最近はずっと「メガネ」に頼りっきりで不安だったしね。
あんまり便利な道具に頼りすぎると、絶対に狩人としての腕が落ちる。
こんなにゆっくりしっかり、視覚に頼らない弓の扱いの訓練ができる時間は、かなり貴重だと思う。
「うちはできる気せんわ。人のできることではないじゃろ……て、言いたいけどなぁ」
言えないよね。
俺は五本中一本か二本当たる感じだけど、ヨルゴ教官は十本放って全部当てたからね。
もちろん目隠しをして。
なんなら不慣れな俺の弓で、も含めてもいいと思う。
そして、フロランタンのやっている投石でも、同じことをしてみせた。
あの人はすごい人だ。本当にすごい人だと思う。
ぜひ理屈でも色々教えてほしいものだが、さすがに「なぜできないのかこっちが知りたい」と返されては、何も言えなくなってしまった。
「天才ってすごいね」
「そうじゃのう。……うちはわれもそうじゃ思うわ」
はは、まさか。
俺が天才なら世の中みんな天才だし、俺の師匠は俺よりもっとすごいよ。




