225.あれからの話 3
「――それで? 貴方はどこから来た?」
貰った干し肉を齧り、乾く喉に貰った水を流し込む。
ただただそれを繰り返す。
そんなゼットの品性の欠片もない食事風景を、しばし眺めていた眼帯女が問う。
おまえはどこから来たのか、と。
どうやらまだまだ警戒心は解けていないらしい。
「俺が聞きてぇくらいだぁ。ここはどこだぁ」
「何……?」
釈然としない返答にますます警戒心を抱かせてしまったようだが、こればっかりは他意はない。思いっきり本音である。
「この干し肉うめぇなぁ。なんの肉だぁ?」
「熊だよ! 私の肉だよ!」
ハァハァ言いながらゼットの食事風景を凝視している干し肉をくれた女は、食い入るように見ながらそう答えた。
「熊だぁ? 嘘だろぉ? 食ったことあるけどこんなうまくないし、柔らかくもなかったぜぇ?」
「あばら肉! あばら骨に付いてる肉を削いで厳選して丁寧に下処理したやつだから! うまい!? ほんとに!? 私も食べたけどおいしかったけどそれもおいしい!?」
「うめぇ。たまんねぇな」
「ほんと!? ちょっとちょうだい!?」
「あぁ? 今てめぇから貰ったもんだろうが。返せってのかぁ?」
「――ホルン。待て」
話が完全に逸れている。
眼帯女は肉に目がない連れをたしなめる、と。
「――現状は? どうなっているの?」
眼帯女と肉女以外の、ほかの護衛二人も合流した。
こちらの二人も女である。
赤いフードを目深にかぶったこの中では年長だろう女と、大きな弓を背負った女だ。
――商隊はすでに、五人の脇を通り抜けようとしていた。
「え? ドラゴンに連れて来られた?」
赤いフードの女に改めてどこから来たのかを聞かれ、ゼットは答えた。
――ドラゴンに連れて来られてこの辺に捨てられた、と。
「嘘を吐くならもっと信憑性のある嘘を……と、言いたいところだが」
はっきり信じられない旨を口にする眼帯女だが、やや迷いのある視線で赤いフードの女を見る。
「そうね。嘘ならもっとマシな嘘を吐くわよね」
「それに嘘を吐いてるようには見えないね」
フードの女の言葉に同意するように、弓の女もそう答える。
「ハァハァ……あぁ……私の肉……ハァ……ハァ……」
肉女はハァハァ言っている。
いろんな濃いめのヘンタイをたくさん見てきたゼットでさえちょっと気持ち悪い。
「本当だと仮定するなら、ドラゴンがこの近辺に住みついたということになるのか?」
「野生のドラゴンじゃなさそうだったぜぇ」
眼帯女の言に、干し肉を平らげたゼットが補足する。肉女が「あぁ……」と悲しげな声を漏らしたのは無視して。
「俺がドラゴンに連れて来られたのは、ドラゴンの意志じゃなくてドラゴンの持ち主の意向だからなぁ」
赤いフードの女の顔色が変わった。
「もしかして、ドラゴンの持ち主って竜人族?」
「だろうなぁ」
竜人族なら、クロズハイトで何度か見たことがある。
身体のどこかにドラゴンの特徴があるのだ。
あの夜出会ったあの男は、間違いなく竜人族の特徴があった。手足が爬虫類のようだったから。
そして何より、ゼットをふん縛ってドラゴンに乗って運んできたから。
「そう……ならば信憑性が高いわね」
「そうなのかぁ?」
「ええ。竜人族はドラゴンを育て、一緒に大空を飛ぶことができる。本当のことだから」
――ここで赤いフードの女は、情報を閉ざした。
今現在、これから向かう先であり戻る場所でもある王都ナスティアラの城には、竜人族の使者が滞在しているのだ。
ここまで連れて来られたというなら、恐らく、ナスティアラ城の竜人族と接触するために来たついでに、この男を捨てたのだろう。
真実がどうであれ、誰かにどこかに捨てられた男だという時点で、信頼に値しない。
どうせ何らかのトラブルを起こし、その報復にやられたのだろうから。
変に情報を与えて、王都で妙なことをされても困る。
――この男は危険だ。
見た目からして刺青だらけで危ない雰囲気があるが、本人を見れば、雰囲気どころか本当に危ない臭いがするのだ。
大抵の犯罪行為は平気でこなしそうだし、それに加えて異常な強さも感じる。
どちらかだけならともかく、どちらも揃っているのは、危険極まりない。
もしこの男が敵意、あるいは害意を見せれば、四人掛かりで今ここで殺していたかもしれない。
そうじゃなくても、ここで殺しておくべきかもしれない――そこまで考えている。
しかも、四人中の三人が、そこまで判断している。
「ドラゴンって食べられるの?」
「ホルン。待て」
例外は、肉女だけである。
「色々ゆっくり聞きたいところだけれど、見ての通り私たちは仕事中なのよ。あまりゆっくりしていられないわ」
話している間にも進んでいた商隊は、すっかり護衛たちを置き去りにするようにして先行している。
確かにこれ以上離れると文句の一つも上がるだろう。
「あなた、これからどうするの?」
あえて「何者なのか」は問わず、赤いフードの女はゼットのこれからの予定を聞く。
「金を稼いで地元に帰るぜぇ。いろんなもんをそのまま置いてきちまったからよぉ」
正直、自分をここまで連れてきたあの男への復讐は絶対にやりたいが。
しかし、最優先すべきは復讐ではない。
それと置いてきた仲間とを天秤に掛けるのであれば、間違いなく仲間の方が大事だ。
少し前に、ゼット不在という噂を流して色々な仕掛けを施したものの、結局なんの成果もなく表舞台に出てしまったのだが。
怪我の功名である。
本当に不在になってしまっている今、その直前に流したあの噂のおかげで、牽制になっているはず。
「いないはずのゼットが狩猟祭りに参加した」という事実が、今不在であることを「本当にいるのかいないのかわからない」という擬態を施している。
ゼットが不在と見て暴れたら、狩猟祭りに参戦した時のように、急に現れるかもしれない。
そんな可能性を周囲に見せている。
ならば、しばらくは不在でも荒れることはないだろう。
だが、あくまでもしばらくの間だけである。早く帰るに越したことはない。
「金を稼ぐだと……?」
「旅の資金だぁ。きっとここからかなり遠いぜぇ」
眼帯女の声にゼットは呑気に答えたが、彼女の本音は「どんな犯罪行為で金を稼ぐつもりだこの野郎」である。警戒心は膨らむばかりだ。
――ゼットは、地図に載らない無法の国クロズハイトがどういう場所なのか、よくわかっている。
裏社会にも精通しているような連中ならともかく、そうじゃない者には、名前さえ出すべきではない。
興味、好奇心、何らかの野望や野心といったものが向けられると、非常に困るからだ。
あの街は、逃げて逃げて逃げ続けてたどり着く、最後の逃げ場所である。
誰かの興味や好奇心といった不要なものを持ち込むと、困る人がたくさんいるのだ。特にゼットの庭である貧民街の連中が大いに困るだろう。
揉め事や事件は嫌いじゃないが、その手のトラブルはいらない。
つまり、この女たちには話すべきではない、ということだ。
警戒心も解かれていないし。
というか、話せば話すほど増していくばかりだし。
それくらいはわかるし。




