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224.あれからの話 2





「あ……?」


 どこへ行けばいいのかわからない。

 草原のど真ん中から適当に歩き出したゼットだが、段々と明るくなっていく世界の彼方に、何かの建造物のようなものを見つけた。


 暗い時はわからなかったが、今ならなんとなく見える、ような気がする。


 かろうじて目視できるような、かなり遠い場所だ。

 もしかしたら、木だの丘だの地形だのといったものと見間違えているかもしれない。


 だが、ほかに当てがあるわけでもない。

 ゼットはひとまずの目標として、その建造物を目指すことにした。


「腹減ったなぁ」


 狩猟祭りが始まってから、何も口にしていないことに気づく。


 空の旅(・・・)は一両日以上だった。

 単純計算で、あの日から二日が経過している。


 数日も彷徨うはめになるなんて思いも寄らなかったので、食える物など持っていないし、近場で調達できそうもない。

 森や川があれば、食える物もありそうなのだが。


 せめて街道が見つかれば、そこを通る旅人から没収…………もといカツアゲ、いや、着の身着のまま放り出されて何も持っていないどころか上半身裸の哀れな男に恵んでもらうのだが。


 空きっ腹を抱えて、ゼットは知らない土地を移動する。


 ――奇しくも、あの時も同じセリフを吐いたな、と思いながら。





 金剛大猿(コンゴウコング)を追って森の奥へ行き、しばらく追いかけた。

 気が付けば陽が暮れていて辺りは真っ暗、遠くの空が燃えるように赤くなっていた。


 そして、大猿を完全に見失ったところで、ゼットは立ち止まる。


「あのクソ猿どこ行った……あーあ。腹減ったなぁ」


 がっかりするのと同時に、自身が空腹であることにようやく気付く。

 見失わないよう必死で大猿を追いかけていたので、ほかのことなど気にする余裕がなかったのだ。


「…………」


 そしてもう一つ気づく。


 ここはどこだ、と。


 ここらの森は、クロズハイトで生まれ育ったゼットには庭も同然である。

 食料の調達、小銭稼ぎ、街でやらかした後ほとぼりが冷めるまで森に潜伏したりと、馴染みがある。


 だが、それはあくまでもクロズハイト周辺の話だ。


 こんなにも森の奥地まで来たことはなかった。

 木々の隙間から見える景色は、見覚えのないものばかりだ。


 試しに手近な木に登り周りを見ても、クロズハイトは見えなかった。

 というか見渡す限り森しか見えなかった。


 切れ間さえないほど緑の絨毯が広がっている。

 どこまで行っても途切れることはない、入れば出られないと言われる妖精の森を思わせた。


 だが、ここは妖精の森ではない。

 ゼットにとっては庭同然の森の、ちょっと奥である。


「……一旦帰るかぁ」


 大猿も逃がしたし、腹も減った。


 ゼットは非常に強いが狩人ではないので、魔物や動物を探すのは下手である。

 向かってくる魔物を返り討ちにすることができる、というだけの話だ。


 このまま森を彷徨っても、効率が悪いだけ。

 何者が現れてもねじ伏せられるだけの力があるゼットにとっては、夜の森でもまったく問題はないが、腹が減っているのだけはどうしようもない。


 一旦街に帰って飯を食って、それからまた魔物探しが上手い狩人を捕まえて探させるのがいいだろう。

 

 そう決めて、体内に仕込んでいる金属を「ナイフ」状にして、右手に生み出す。

 刃に込めた「磁石」で、手からかすかに浮かぶそれは、ゆるくクルクル回ると北の方角を指して停止する。


「あっちかぁ」


 見慣れない森の深部でも、大体どこら辺にいるのかくらいはわかる。

 向かってきた大まかな方向くらいは見当がつく。


 方位磁針があれば、クロズハイトに戻ることはできる。

 細々したことは腹心である手足や部下がやるが、それなりに森に慣れているゼットである。森は迷いやすいことを知っているし、その辺を無策で乗り出してきたわけではない。


 ――ただ。


「あ?」


 すっかり夜となり、足元を照らす「照光石」を取り出し真っ暗になった森を歩いていると、不意に鼻先に違和感を覚えた。


 足が止まり、違和感を嗅いで確かめ、――確信する。


「……誰か肉焼いてんなぁ」


 何度も嗅いできて、何度も魅了され、何度も堪能した匂いだ。

 火に炙られた肉の脂が溶ける、空きっ腹にはたまらない香りだ。


「…………」


 まるで吸い込まれるように、ゼットはふらふらと肉を焼く匂いがする方向へと歩き出した。


 ――これが二つ目の愚行であった。





「おぉ……!」


 結局あの夜、肉には……いや、肉どころか食料にさえありつけなかったのだが。


 そんな腹を減らしたゼットは、近づくにつれて間違いなく建造物――それも城らしきものが建っていることを確信する。


 だがそれよりも、街道に出ることに成功したことに歓喜の声を上げた。


 馬や馬車などで踏み固められたのだろう地面に残る馬蹄や陸竜、轍の跡は、頻繁に利用されていることを証明している。


 つまり人の行き来がある。

 そして道の先にある城らしき建造物はきっと廃墟ではない、ということだ。


 とりあえず、これで食料問題……いや、空腹問題の解決の目途が立った。


 この街道を進み、旅人と遭遇したらカツア……恵んでもらう。

 そうじゃなくても、急げば昼には城に到着するだろう。

 

 どの道、すぐに飯にはありつけそうだ。


 ――そして実際ありつけるのだった。





 ゼットが城へ向かって走り出そうとしていた矢先、後方に馬車が見えてきた。


 一台だけかと思えば、いくつもの馬車が連なっている。

 恐らく商隊である。なかなかの大商隊だ。


「ようやく運が回って来やがったなぁ」


 邪心が現れた笑みが浮かぶ。


 さすがに貧乏そうな旅人から貰うのは、ゼットも心苦しい。

 だが、あれなら飯の一食二食は貰っても平気だし、向こうもその程度でガタガタ言わないだろう。


 カツアゲ……そう、カツアゲするにはうってつけと言わざるを得ない、色々と持っているお得な獲物が来ているのだ。それは笑いもするだろう。


 だが、今は仲間がいない。

 土地勘もない。

 そもそも奪った荷物を金に変える手段さえない。


 いい値になりそうな商隊だが、略奪できる状態ではない。

 向こうの返答によっては襲う形にはなるかもしれないが、とにかく今は食料と情報が欲しい。


 金は……あっても困らないが、ここで犯罪者扱いされて追い回されるはめになるよりは、できるだけ取り入る方向で話を進めるべきかもしれない。

 クロズハイトまでどれくらい離れているかはわからないが、足掛かりはきっと必要になるから。


 ――まあ、ゼットは交渉事は苦手なので、やはり襲う形になってしまうかもしれないが。





 街道のど真ん中に立ち、商隊が来るのを待つ。


 馬車の数は五つ。

 馬に乗った武装している四人が護衛だろう。


 あの馬車の数なのに護衛の数が少ない。

 ここらは平和な地方なのだろう。


 ますます略奪は避けたいところだ。事件があれば暇した兵士や騎士が飛んできそうだ。


 ――と。


 商隊からもゼットの姿がしっかり確認できたのだろう、護衛たちが一つ所に集まって何やら言葉を交わす。


 そして二人ほどが馬を走らせ、ゼットへ向かって走ってきた。


「……はぁ、なるほどねぇ」


 強い。

 両方とも女だが、両方ともかなり強い。


 もしやこれこそが、護衛が少ない理由なのかもしれない。下手に数を揃えるより、強い少数を選んだという形なのかもしれない。


「――馬上から失礼する」


 左目に革の眼帯をした妙齢の女が、ゼットに声を掛けてくる。――左右の腰に細身の剣を吊っている。双剣使いだ。それも武器のランクからして一流である。


「質問だが、何用でここに立っている。賊か? 追いはぎか?」


 ゼットを見下ろす目に油断はない。

 というか、警戒心しかない。


「いきなり失礼だなぁ? 誰がどこに立ってようが文句言われる筋合いはねぇ……あ」


 まずい。

 いつもの調子で喧嘩腰で対応してしまった。


 これでは時々やっている略奪前の返答である。


 早速怪訝な顔をしている眼帯女だが、まだ戦意を露わにしていない。

 咳ばらいをして気持ちを一新し、再度口を開く。


「……ああ、わりぃけど食い物が欲しくてよぉ。少しばかり恵んでくれねぇかぁ?」


「食い物? 食い物だけか? 金もか?」


「くれっつったらくれるのかぁ?」


「いや。食い物はともかく、金まで望むなら斬り捨てる」


 ――なかなかそそる提案だが、ぐっと我慢する。今はケンカしている場合じゃない。


「じゃあ金はいらねぇ。食い物だけでいい。数日食ってねぇからよぉ」


 何を思っているのかはわからないが、眼帯女は横にいる女に目を向けた。


「ホルン。この男に干し肉をやれ」


「え? やだけど?」


「王都に着いたらたっぷり食わせてやるから」


「ほんと? 酒もいい?」


「好きなだけ飲んで食え。胃の腑がはちきれるほどな」


 ――これが“悪ガキのゼット”と「夜明けの黒鳥」の出会いだった。





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― 新着の感想 ―
すっかーり忘れてたゼットとホルーン!!
そっちか( ゜∀ ゜)ハッ!
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