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220.教官に怒られて二度目の対抗戦 4





 「メガネ」を「ゴーグル型メガネ」に変えたエイルは、砂嵐の中を移動する。


 手が届く先さえ見えないほど視界は悪いが、目を保護する「ゴーグル型」のおかげで最低限の視界は確保できている。


 すべては予定通りである。

 直前で一部変更したが、それにも添っている。


 砂嵐をまとう塔に登り、屋上付近で指を掛けたまま、しがみつくような体制で待機する。


 ――直前で一部変更した作戦とは、ハリアタンの遠投に関してである。


 訓練開始の直前、四回目の作戦の確認が終わったあとに、彼はエイルにこう言った。


 ――「おまえ、俺の『素養』知ってるのか?」と。


 それまでは努力で身に付けた特技なのか、それとも「素養」なのかわからなかったが。

 質問されたことではっきりした。


 ハリアタンは投げることに関する「素養」を持っている、と。


 彼は通過儀礼で、石を投げて遠い的に当てる、連続で同じ場所に当てる、上に投げた石に石をぶつける等、「投げること」に特化した技を見せたそうだ。


 それを知って「狼煙を投げて運ぶ」という役割を当てたのである。


 ――ただ、最後の最後で、それが「素養」によるものだと判明した。


 だから変更したのだ。


 当初、ハリアタンには「塔付近に投げろ」とだけ伝えていた。

 そして投げられた狼煙球を回収役のエイルが集め、フロランタンがハイドラたちから狼煙球を守るという役割となっていた。


 砂嵐の維持が難しいとなった場合はベルジュも合流し、その頃にはサッシュも戻ってきて、二人はフロランタンと狼煙球を守る予定だった。――まあ予定では、彼らが戻るより先に教官に提出しているはずだが。


 だがハリアタンの「素養」がわかったので、直前で変更した。


 「素養」ならばもっとピンポイントで狙えるだろう。

 漠然と「塔付近を狙え」なんて言わず、塔の頂上にぶつけるつもりで投げろ、と指示を出した。


 そしてエイルは、塔の頂上付近に飛んでくる狼煙球を、直接受け止めるために、塔に登ったのだ。


 この砂嵐の中で、誰もが来る場所――塔周辺に飛んでくる狼煙球を集めるよりは、飛んできた狼煙球を直接キャッチする方が安全かつ早いから。


 いくら目くらましの砂嵐が吹いていても、漠然と「この辺り」に飛んできた物を探し集めるには少し時間が掛かる。


 もたつけばハイドラたちも戻ってくるし、「何かやっている」と察したリッセ・マリオンの近くに待ち伏せ組が乱入してくる可能性もある。


 乱入してきた場合、地面に転がる狼煙を探す場合、彼女らと遭遇する可能性は多分にあったのだ。だからこそフロランタンというキーパーを用意したのだ。


 まあ、エイルは砂嵐の中、「いくつもの素養」を解放して一気に集めてしまうつもりだったが。

 それこそ追いつけない速さで。

 この砂煙は、エイルが「素養」を使うための目くらましの意味合いが強かったのだが。


 ――しかし、ここなら。


 この砂嵐は塔を、そして塔に張り付いているエイルを完全に隠している。


 塔を登るところでも見ていないと、エイルがここにいて、狼煙が飛んできて、地面を転がる前に回収していることなんて、誰にもバレない。


 ハリアタンの命中率にもよるが、ここで最低五個の狼煙球を回収できれば、あとは下に降りるだけだ。


 序盤の作戦は安定して成功すると踏んでいる。

 サッシュの速度に勝てる者などそういない。


 だが、その後、後手に回ったと理解したハイドラの判断力と決断力で、難易度は格段に変わってくる。


 その辺はもう現場に任せるしかない、が。


 目下今問題なのは、ハリアタンの遠投のコントロールだ。


 果たして塔まで、それも頂上付近を狙って飛ばしてくれるかどうか。

 この砂嵐なので、もしかしたら狼煙球は風に煽られ若干ズレたり流れたりするかもしれない。

 それなりの重量があったので大丈夫だとは思うが……


 ある程度のズレなら、エイルが塔の壁を移動してキャッチできるが、塔に当たらない場所まで流された狼煙球の回収は難し――


「あ、来た」


 不安に思いを馳せつつ時折砂の向こうに見える青空と眼下の森を注視していると、下から上に赤い物が飛び出してきた。


 狼煙球だ。


 それは力強く、一直線に、エイルが張り付いて待機している塔の頂上付近まで飛んできた。


「よっ」


 少しだけ移動し、飛んできた狼煙球を片手で受け止めた。――なかなかの球威に驚くが、きちんとキャッチできた。


「……すごいコントロールだな」


 本当に、指示した場所に飛んできた。

 ハリアタンの「素養」はかなり優秀なのかもしれない。

 そして、狼煙球が飛んでくるということは、作戦は順調に進んでいるという証である。


 うまく行きそうだな――そんなことを考えつつ、腰の革袋に狼煙球を入れて次の球を待つ。


 一つ目、二つ目、三つ目。


 多少の誤差はあっても回収できる場所に飛んでくるので、順調に四つ目の狼煙球を回収し――


「…………」


 次が来ない。


「……なんかあったかな」


 ハイドラの判断力と決断力が早ければ早いほど、向こうの作戦に支障が出る。


 つまり――ハイドラはすでに塔に向かっているし、ハリアタンとトラゥウルルに何かトラブルが起こっているということだ。


 ――だが、ここまで来てしまえば、あとは信じて待つことしかない。


 砂嵐は長くは続かない。

 砂嵐が止んだら、エイルは確実に見つかる。


 その前に、できれば降りて隠れたいが、それも難しいかもしれない。


 ハイドラがこちらに向かってきているなら、降りる前に彼女らが到着してしまうかもしれない。


 ――それでも、信じて待つしかない。


 今降りれば、勝ちはなくなる可能性は高い。

 影の作戦立案者としては、最後まで己の策を信じるしかない。


 そして、その策を信じて動いている仲間がいるのだ。

 自分が真っ先に裏切るわけにはいかない。


 ――せめてギリギリまで待とう。


 エイルはそう決め、赤い尾を引く飛行物が来るのを待つ。





「――よりによっておまえかよ……」


 ハリアタンたちの危急に飛び込んではみたものの、サッシュの勝算は低い。


 エオラゼル。

 この王子様然とした高貴な見てくれのヘンタイは、非常に強い。


「時間稼ぎも楽じゃなさそうだな」


 ――ハイドラたちと出会うなり置いていかれたサッシュは、時間稼ぎの囮役をまったく果たせなかった。


 慌てて走り出してハイドラたちを追い抜き、予定通り塔へ向かおうとしていた時、彼女らが空を見上げて立ち止まったのを見た。


 それからすぐに、エオラゼルだけ別行動を取り始め――サッシュは少し迷った。


 予定通り塔へ戻るべきか?

 それともエオラゼルを追うべきか?


 作戦は聞いている。

 エオラゼルが向かった先は、狼煙を投げて塔へ届ける役割を持つハリアタンがいる。


 普段から自分の訓練に付き合わせているだけに、サッシュは本物の貴族のように王子様然としたエオラゼルの実力はよく知っている。


 性格は恐ろしくヘンタイ的だが、物腰は穏やかで実戦形式の訓練での教え方も上手い。

 サッシュにとっては、これほどうってつけの訓練相手はいない。性質にかなりの難があるが。


 トラゥウルルだけで抑えられるか?

 それは、わからない。


 そもそもエオラゼルが本気を出せば、サッシュも簡単にやられてしまうだろう。それくらいの実力差があるのはわかっている。


 ――ならば。


 どうせ自分が持っているのは狼煙一個。

 塔へ向かおうと向かうまいと、大勢は変わらない。


 それより、塔へ運ばれるべき八個の狼煙が、ちゃんと投げられるかどうか。塔へ飛んでいくか。

 こっちの方がよほど重要である。


 そう考えたサッシュは、予定を変更してハリアタンの許へ向かったのだった。


 そして、今。


「――仕方ない」


 エオラゼルは右腕を前に伸ばし――無を握った。


 すると、何もなかったはずの手には、一振りの剣があった。


 「素養・聖剣創魔」。


 かつて「剣聖」と呼ばれた世界最強の剣士が持っていた「英雄の素養」で、簡単に言うと剣を自由に生み出す物理召喚魔法である。


「加減はするけど多少の怪我は覚悟して。安心していいよ。その可愛い顔は狙わないから」


 なんとも返しづらい微妙なことを言いながら、ゆらり、とエオラゼルの姿が揺れ――


「――ぐっ!?」


 気が付けば、エオラゼルはサッシュの槍の間合いをすり抜け、己の剣の間合いに入っていた。


 練習用の鉄棒でなんとか初撃を受けられたのは、サッシュの「自分の素養」のおかげだ。

 エオラゼルの異常な踏み込み速度に、目だけは付いていった結果である。


 身体が動いたのは反射的な行動だ。

 考えて防御できたわけではない。運が良かっただけ。


「君も一回落ちるといい」


「しまっ――」


 初撃から力で押していたエオラゼルが、ふいに身体ごと剣を引いた。


 力の均衡が崩れサッシュがほんの少しだけ前のめりに状態を崩し――たったそれだけの隙が、相手によっては致命傷になっていることを悟る。


 エオラゼルは、その隙を見逃すほど生温くない。


 サッシュを大岩から落とす二撃目が繰り出され――













「――にゃははー!」


 繰り出されようとしたその瞬間、三度目の正直とばかりに戻ってきたトラゥウルルの飛び蹴りが、エオラゼルの脇腹に直撃していた。


「…っ!?」


 いつも微笑みの王子様然としていたエオラゼルが、予期せぬ不意打ちを食らい初めて素の驚いた顔を見せ――「剣」を手放し大岩から落ちていった。


「……マジかよ。おまえすげえな……」


 エオラゼルに一撃を与える。


 サッシュはまだそれさえできていないのに、目の前の猫獣人はそれをやってみせた。不意打ちでも驚くべきことである。


「にゃっはっはー。これが猫獣人の実力だー」


「――油断すんな!」


 七個目の狼煙球を掴んだところで、こちらを一切見ずに狼煙球を投げ続けていたハリアタンが言った。


「エオラは『剣』がある場所に『跳んで』来るぞ!」


 言葉の意味がわからなかった。

 だが、すぐにわかった。


「――そういうこと」


 落ちていったはずのエオラゼルが、いつの間にか目の前にいた。ここに手放していった「剣」を握って。


「驚いたよ仔猫ちゃん。そんなやんちゃなところも可愛いね」


「……にゃー……」


 さすがに殺すわけにはいかないので、トラゥウルルは蹴りの威力は抑えた。


 だが、それこそ無傷で済むほど優しくはなかった。

 速度を出すために、それなりの威力は維持しなければならないから。


 なのに目の前の余裕ぶった王子様然としたヘンタイは、まるでダメージを負っていない。


「――でも、ここまでかな」


 と、エオラゼルは「剣」を消した。


 それと同時に、背後の様子など一切見なかったハリアタンの手から、八個目の狼煙球が投げ放たれていた。





「――これで八個目、と」


 ほんの少しだけ狼煙球が飛んでくるのが遅れたが、エイルは予定通り八個の狼煙球を回収することに成功した。


「……あれ?」


 用は済んだ。

 あとは教官に提出するだけ。


 さて降りようとしたところで、九個目の狼煙も飛んできた。


「…………」


 受け取り、革袋に納めた。


 飛んでくる狼煙球は八個の予定だった。

 狼煙が遅れた理由は、向こうで起こったトラブルのせいだと仮定する。


 最後の一個は、サッシュが囮として動く時に持っていたはずのもの、と考えると――


「……小銭じゃなくて大金を取ったかな」


 己の一個じゃなくて、ハリアタンの八個を優先したのだろう。


 サッシュはきっと、予定を無視して、トラブルが起こったハリアタンらの援護に向かった。そして成功した。九個目の狼煙はそういう意味だろう。


 もちろん、合っているかどうかはわからないが。

 どうしても気になるなら、あとで確かめればいいだろう。


 ――なんにせよ、これで作戦通り狼煙球を半数以上回収することができた。


 最後の仕上げをして、エイルは塔から降りた。


 砂嵐は、少しだけ弱まっている。





「…………」


「…………ああ、そう」


 そして塔の下に降りると、口元を黒い布で覆った東洋人の少年が、エイルを待ち構えていた。


 暗殺者チームの一人、シュレンである。


「森に入ってすぐ消えたよね? 君のことは一応警戒してたんだけど」


 エイルに付けられた二重のマークだったのか、それとも塔付近に伏せられていた待ち伏せだったのか。


 そこまではわからないが、この様子からして、シュレンはエイルが塔を登るのを見ていたのだろう。


 そして、何をしているか察して、待っていた。


「――」


「…………」


 エイルは驚いていた。


 シュレンは確かに目の前で、後ろ腰の小刀を抜いた。


 だが、抜き手が見えなかった。

 そればかりか、一つも油断していなかったのに、小刀の冷たい刃はすでにエイルの首に触れている。


 速い。

 見ていても目で追えないほど、速い。


「……」


 無言のまま、空いた左手でエイルの腰を指差す。――その荷物をよこせ、という合図だ。


 シュレンには殺気も何もなく、黒い瞳に感情が見えない。


 ――だが、殺る。


 エイルはシュレンが本気で殺しに来るだろうと思った。


 ――だって似ているから。

 ――自分が獲物を狙う時、同じように極端に気配も呼吸も小さくなるから。





 エイルは腰の革袋を外し、シュレンに差し出した。


 そしてシュレンは離れ、中身を確認し――それをエヴァネスクに提出したのだった。






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