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218.教官に怒られて二度目の対抗戦 2





 トラゥウルルを行かせた直後に、サッシュとハイドラたちは邂逅を果たす。


 一瞬の間を置き、ハイドラは身体ごと反転した。


「――後退! 塔に戻るわ!」


 サッシュを見た瞬間、ハイドラはサッシュが囮であることを看破した。


 ――ここまで革袋に放り込んでいた狼煙を、わざわざ手に持っている意味がわからない。革袋を背に担ぎ、片方の手は空けておくのは鉄則以前の常識だ。


 不自然。

 つまり「仕組まれた形」だ。

 いかにも「狼煙を持っている」と見せつける行為に他ならない。


「――お、おい! 俺狼煙持ってるぞ! いいのか!?」


 いいに決まっている。

 囮であることはすでに見破っているのだから。


 それに、サッシュの近くには、すでにトラゥウルルがいなかった。


 でも彼女を探す必要はない。

 サッシュが囮であるなら、もうここら一帯にはいない。彼女はそこまで遅くない。


 どこですれ違ったのかはわからないが、行く先は限られている。

 塔に向かったか、違うのであっても必ず塔には向かうのだ。


 探索しながら、最速で引き返す。

 それがハイドラの判断である。


 サッシュには追い付けないが、トラゥウルルなら追いつける可能性はある。


 まっすぐ塔へ向かうのなら好都合。

 伏兵はすでに置いてある。

 一瞬でも待ち伏せ役が彼女を足止めしてくれれば、追いかけるハイドラたちが合流した時点で、挟み撃ちになる。


 もし塔へ向かわない場合は、塔近辺で張ればいい。


 訓練の内容からして「ちゃんと狼煙を奪い合う」という形でやってきたが、すでに狼煙は全部回収されている。

 この状況ならば、全員で狼煙を持つ者に対し待ち伏せを仕掛けても、教官たちは文句を言わないだろう。


 ――それにしても恐ろしい。


 元々能力が高い者ばかりいるが、噛み合っている時と、噛み合っていない時のこの落差である。


 昨日はあっと言う間に勝機を掴むことができた。

 それなのに、その翌日。

 同じメンバーで同じルールで同じことをしているにも関わらず。


 完全に、後手に回っている。


 しかもハイドラは、自分が気づかないところでも後手に回っている気がしている。

 見えない場所で見えない何かが動いているのに、それがまったくわかっていない気がしている。

 見落としだとか想定不足だとかではなく、完全に裏を掻かれている気がしている。


 あくまでも気がするだけだ。

 だが、ハイドラの勘はよく当たる。


 もしかしたら、初手からして、もう負けが決まって――


「ハイドラさん! 上!」


 考えを巡らせながら走っていたハイドラは、セリエの声で我に返り、言われた通り空を見た。


「……!」


 それを見て、足が止まる。

 驚いたからでも思わずでもなく、必要だったからである。


 決断を、迫られたからだ。


 枝木の隙間から覗く青空に、一本の赤い煙が塔へ向かって走っているのが見えたからだ。

 

「――遠投だわ!」


 誰かがどこかから、塔へ向かって狼煙を投げたのだ。この感じだとそう遠くはない場所だろう。


 誰が?


 ――ハリアタンだ。


 トラゥウルルは塔へは向かわず、どこかに潜伏していたハリアタンへ狼煙を渡した。

 そしてハリアタンが、受け取った狼煙を塔へ向かって投げている。


「――ハイドラ。僕が行くよ」


「――お願い」


 ハイドラとエオラゼルが考えたことは同じである。


 遠投は狼煙の数――サッシュが持っていた一つを除き、八回行われる。


 一つはすでに投げられた。

 二つ目は、今飛んでいった。


 間違いなく今投げているし、投げる場所も変えていない。

 きっと大急ぎで全部投げるつもりなのだろう。


 この中で一番足が速く、また現地でハリアタンとトラゥウルルを相手に狼煙を奪える可能性があるのは、エオラゼルだけである。


 ハイドラは指揮があるので行けないし、セリエとカロフェロンは実戦が得意なタイプではない。連れて行ったところで足手まといになりかねない。


 何より、今は遠投を中止させることが先決。

 最速のエオラゼルを行かせるのが、色々と早い。


「――こっちが済んだら塔へ向かうよ。麗しい君たちのためにね」


 その言葉は聞こえないふりをして、ハイドラたちはエオラゼルを置き去りにするかのごとく、さっさと走り出していた。





「――おまたせー」


「――おう、急げ! 一個ずつ渡せ!」


 サッシュたちが狼煙を集めている間に、一直線に待ち合わせ場所――早くも候補生たちの中で森の目印としている大岩の上に、ハリアタンはスタンバイしていた。


 予定通り、トラゥウルルが集めた狼煙を持ってきた。


 ――まだ何も安心なことなどない。


 サッシュが囮であることにハイドラたちが気づくまでしか、ハリアタンには猶予はない。


 囮だと気付けば、ハイドラたちは間違いなく一直線に塔へ帰るだろう、と。

 四回も作戦を確認したのだ、さすがにしっかり覚えた。


 ハリアタンの肩の問題もあり、あまり遠くからは飛ばせない。

 だから、どうしてもハイドラたちが帰還するルートより、ほんの少しだけズレた場所を選ばざるを得なかった。


 問題は時間だ。

 トラゥウルルがハリアタンと合流するまでの時間と、ハイドラたちが塔へ戻る時間と。


 どうしてもハイドラたちが戻る前に、すべてを投げてしまわないといけない。


 そうじゃないと、「投げて運ぶ」という運搬方法を選んだ理由がなくなってしまう。

 彼女らが塔に帰還してしまえば、投げた狼煙を普通に拾われてしまう。


「うわー。すごいねー」


 砂煙に覆われた塔を眺めて、トラゥウルルは呑気なことを言う。


 この大岩を選んだのは、もう一つ理由がある。

 ここなら投げる動作をするスペースがあり、また、そこらの木々と同じくらい高いので、塔が見えるのだ。


「いいから早く渡せ!」


 狼煙を持つ内は襲われるのだ。

 速く投げてしまわないと、ハイドラたちが来たら厄介なことになる。


 ――何より、エイルと約束している。


「見える? だいじょうぶ?」


「任せろ! 狙うは――」


 ハリアタンは、手渡された狼煙を大きく振りかぶる。


 「命中補正」の上位版「素養・狙撃的中(イーグルショット)」を発動させる。


「かろうじて見える塔のてっぺん!」


 力の限り投げ放たれた狼煙球は、赤い尾を引き、多少山なりに塔へと飛んでいった。


「てめえの注文通りだ、ちゃんと取れよ0点! ――おい次だ! よこせ!」


「はいはーい」


 二投、三投と順調に投げたところで、


「――楽しそうだね。僕も混ざっていいかな?」


 声は、思ったより近かった。

 油断していたつもりはないが……やはり、相手が悪いということだ。


 気付かなかったのはハリアタンだけではなく、トラゥウルルもである。急に登場した男に「にゃっ」と驚きの声を漏らした。


「――……来たなヘンタイ」


 振り向けば、すでに大岩の上に……想像以上にすぐ近くに、エオラゼルが立っていた。


「うわーあいつ苦手ー」


「でも足止め頼むな」


 でも、これも想定内。

 四回も確認した想定の中にちゃんとあった。


 ――もし投げている間に誰かが割り込んできたら。 


 その時は、トラゥウルルが足止めして、ハリアタンは遠投を続けることになっていた。


「うー……やだなー……」


 狼煙全てを投げ切るのなんてあっという間だ。

 その間の足止めである。

 相手が複数名であっても、トラゥウルルなら数秒の時間稼ぎくらいはできるだろう、と見越してのことである。


「悪いね。たとえ可愛い女の子が相手でも、今だけは訓練を優先するよ。あとで僕を罵ってなじって激しく愛してくれても構わないから許してほしい」


「にゃははー。まるであたしに勝てるような口ぶり――にゃーーーーー!?」


「え、おい!? やられんの速ぇよ!」


 トラゥウルルはあっという間にやられた。


 やられたというか、大岩から投げ落とされた。

 ハリアタンが次の狼煙を持つ間さえ持たなかった。


「……くそ。相変わらず強いなおまえ……」


 エオラゼルとハリアタンは同郷である。

 同じ施設で育ったので、お互いよく知っている。


 エオラゼルは、同年代では別格で強くて能力も高かったリッセといい勝負ができたし、時々は勝ちさえしていた男である。

 昔からヘンタイの気が非常に強いが、実力だけはかなりのものだ。性格も悪くはない。そこそこ本気のヘンタイなだけだ。


「男の子に優しくする趣味はないけど、手荒な真似はしたくない。狼煙を渡してほしい。そうしたら手にキスくらいは許すけど?」


「おまえは見境なしか。つか男の子って。手にキスって」


 色々と恐ろしい男である。

 どこまで本気なのかわからない部分も含めて、本当に恐ろしい男だ。彼をよく知るハリアタンでさえ結構怖い本物なのだ。本物の本物なのだ。本当に、本物なのだ。


 ――投げた狼煙はまだ四個。


 ――渡したら負けが確定する。


 ――どうする? 実技ではハリアタンはエオラゼルには勝てないし、逃げるのも難しいだろう。


 どうする?


 どうすればいい?





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― 新着の感想 ―
[気になる点] サッシュが1個持ってるから4個投げたなら負けが確定する訳ではないよね?
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