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216.メガネ君、柄にもないことをすげーしゃべる





「最後にもう一度だけ確認します」


 確認作業は、これで四回目である。


 なんというか……アレだ。

 きっと本人が誰よりも緊張しているのだろう。上がっているのだろう。


 昨日のエヴァネスク教官の怒りっぷりから、今日も失態を晒したら相当まずいと、全員がわかっていた。


 その上で、今日のリーダーを務めるリオダインのプレッシャーは、かなり重いのだと思う。本人気が弱そうだし、周囲の期待だのプレッシャーだのにも弱そうだしね。


「おいおい、さすがにしつこ――いてっ!」


 ハリアタンがぼやきかけたところで、俺の蹴りが奴の尻を捉えた。なんか言うと思ったから蹴る準備はしてましたよ。


「何すんだ!?」


「――リーダーに従うって約束しただろ。リーダーが確認って言ったら確認だから」


 たぶん、初めて真正面からハリアタンを見た。

 見据えた。


 口ごたえするな、という意志を込めて。


 ……こんなに正面から人の目を見たのは久しぶりだと思う。なんか嫌だねぇ、目を合わせるって。


 もちろん俺だって、今の状況は相当まずいと思っている。

 昨日に続き今日も失敗したら、どうなるかわからない。


 しかも、表向きはリオダインの立てた作戦だということに念を押してしてもらったが、本当は俺が立てたような作戦である。

 これで失敗したら、本当にどうなるかわからない。


 成功の功績は全部上げてもいいが、失敗は俺の責任になるからなぁ。


「リオダインがもう三回言ったよね? 誰一人欠けても勝てないって。君のそういう態度がすごく心配だから四回目の確認なんだよ。


 連帯責任って知ってる? 君一人の失敗のせいで俺たち全員教官から処分を受けるって意味なんだけど」


「ぐ……」


「――四回目の確認だから。文句ないよね?」


 悔しげにハリアタンを黙らせると、リオダインに頷いて見せた。


 ――ちなみに四度目の確認は誰のためでもなく、やっぱり緊張しまくっているリオダイン自身のためだと思う。





 一昨日、昨日の時間帯からして、午後の訓練はもうすぐ始まるだろう。

 魔物狩りチームの面々は、すでに塔の前に出て、四度目の作戦の確認をする。


 ――そんな光景を目の前に、俺は周囲に気を配っていた。


 訓練前は塔の前か一階の広間に集合なので、見えるところに暗殺者チームの顔もあるのだ。もちろん離れた場所にいるが。

 万が一にでも聞かれたらシャレにならない。


 俺たちは朝から昼食時まで、集まってはこそこそ相談していた。

 ここまで露骨に「作戦があります!」という体でいるのだ。向こうだってそれなりに警戒しているだろう。


 …………


 目が合うなぁ。ハイドラと目が合うなぁ。こっち見てるなぁ。……じっくり見てるなぁ。すごい見てるなぁ。……ねぶるような視線で見られてるなぁ。


 昨日のアレで後がない俺たちに、ハイドラは今日も油断なしか。


 というか、やると決めれば徹底的にやるタイプなんだろう。

 相手の状況が悪かろうがなんだろうが、手加減なんてする気はなさそうだ。


 まあ、手を抜いたらそれはそれで教官たちに怒られそうだしね。


 ……にしても見てるなぁ。そんなに見ることあるかなってくらい見てるなぁ。がっつり見てる。こってり見てる。遠慮なく見てる。情け容赦なく見てる。なんのつもりで見てるのかわからないけど見てる。もしかしたらいやらしい視線で見ている可能性もあるほど見ている。……やっぱり見られるのは嫌だなぁ。


 何かしら情報を拾おうとしているのか、それとも――いや、まあいい。


 彼らの様子を見るに、特別何か指示や作戦を用意したようには見えなかった。

 この時間帯に集まって話し合いをしていないのであれば、焦って作戦を変更したという線はないだろう。見てるけど。


 魔物狩りチームのメンバーに狼煙を奪われた時のことを聞いたところ、どうもハイドラたちは3・2・2の待ち伏せ主体で構えていたようだ。


 まず、俺たちに狼煙球を回収させる。

 回収して塔に戻ってくるところを、一番手の三人が三人掛かりで奪いに行く。


 その三人が抜かれた場合、次点の二人が向かう。


 更には、待ち伏せしていた俺が動けなくなった塔付近の待ち伏せの二人。これが三番手の待ち伏せだったのだろう。


 ちなみに、俺はたぶん見つかってないと思う。

 俺が一方的に見つけたのだ。


 そして、俺は見つかるのを警戒して、動けなかった。動くタイミングもなかったしね。

 相手が一人だったら不意打ちで何とかなったかもしれないが、二人は絶対に無理だから。


 まあ、結果的に三番手は動かなかったが。


 きっと、単純に考えて3・2・2の三重構造の罠になっていたのだろう。


 狼煙を回収して帰ってくる者が、次々に網に掛かる仕掛けなわけだ。烏合の衆相手ならそれで充分だと俺も思う。


 そもそも、全員運動能力や戦闘能力は高いわけだ。

 ここに来たということは、最低限の能力は確実に備えているという証拠だから。


 だから一対一なら誰もそう簡単には負けないし、また逆に勝つこともできないと思う。逃げるって手もあるしね。それに今回の訓練は、戦うことに比重を置いていないから。


 そこが憎い3・2・2の構成だ。


 一対一ではなかなか決着がつかない――つまり一対一なら拮抗する実力差に、同じくらいできる者がもう一人加わると考えれば。


 これはもう、瞬殺ものである。

 一対一で苦戦するのに、二対一になってしまえば、勝てる要素なんてほぼない。


 こうして、なんの打ち合わせも策もなかった俺たちは、狼煙を回収して一人ずつ戻ってくる段階で、次々に罠にハマって狼煙球を巻き上げられたわけだ。

 それも数の差で瞬殺気味に。


 その結果、八対一という大差で負けたのだ。

 ……と、こんな風に考えると、やっぱり待ち伏せをぶっちぎったサッシュの速度がすごいな。圧倒的だと思う。


「――おい、0点」


 色々と考えを巡らせていると、ハリアタンに声を掛けられた。

 あまり構いたくはないが、彼は俺の反応を待たず、睨みながら言う。


「おまえ、俺の『素養』知ってるのか?」


 ……ああ、そのことか。


「詳しくは聞いてない。ただ『命中率がいい』とだけ。通過儀礼でやったんでしょ?」


 作戦を立てる段階で、リオダインに教えてもらったのだ。


 皆は通過儀礼で何をしたのか、と。

 少しくらいは誰が何をできるのかわからないと、作戦を立てようがなかったから。


 その中で、ハリアタンの特技(・・)を聞いた。

 

 でも、それが「素養」によるものなのか、彼自身が努力で身に付けたものなのかはわからない。


 だって「彼の素養」も「視え」ないから。

 というか、ほぼ全員「視え」ないんだけどね。


「――どの辺だよ」


「ん?」


「どの辺狙えばいいのか教えろよ。寸分違わず狙ってやる」


 …………


 はあ、なるほど。


 やっと本気になったみたいだ。

 そうそう、最初からそんな本気の面構えしといてくれよ。心配になるだろ。


「じゃあ、あの辺狙ってくれる? 当てるつもりで」


「あの辺って……マジか?」


 ええ、マジですとも。





「サッシュ」


 四度目の作戦の確認をしっかりこなし、緊張が高まってきたところでサッシュに声を掛けてみた。


 昨日「君が一番悪い」と指摘してそれっきり話をしていないから、サッシュはちょっと気まずいようだ。俺? 俺は全然平気。


「わかってる。ちゃんと作戦通りやるよ」


「頼むよ」


 と、俺はサッシュの腕をグッと掴んだ。グッと。想いを体温で伝えるように。


「――昨日も言ったけど、この訓練は君が主役なんだ。逆に言うと君が活躍しないと俺たちは勝てない。


 剣の才能がないチンピラだった頃とは違う。

 君はもう立派な戦力で、将来有望な暗殺者候補生だから。


 そろそろ『素養を使う』んじゃなくて、『素養を使いこなして』欲しい。君自身のためにも」


 我ながら柄にもないことを言ったものだが、サッシュは真顔で聞いていた。


「おまえたまにすげーしゃべるよな」


「しゃべりたくはないんだけどね。俺は人に説教できるほど立派な人間でもないんだから。……本当に頼むからね」


「わかった。やることは教えてもらったからな。今日は一個もしくじらねえ」


 うん。

 サッシュは元々逆境に強いから、これくらいプレッシャー掛けとけばいい仕事をするだろう。





 それぞれが緊張感を高めていく中、いよいよ教官たちがやってきた。


「――これより、昨日に引き続き対抗戦を行う」


 俺たちが露骨に作戦を立てているのを、ハイドラはじっくりねっとりねぶるようにいやらしい視線で見ていた。


 その上で、対抗策を取るのか。

 それともあえて策は取らず、こっちの作戦を無視して自分たちの動きを守るのか。


 …………


 対抗策が取れない策を練ったつもりだし、こっちの作戦を無視するなら俺たちの勝利は確定している。


 ……何事もないわけがない、一筋縄ではいかない気はするけど、果たしてどうかな。





 ――こうして、何気に俺たちの進退が問われる訓練が始まった。


 ――そして、割と早い段階で、決着が着いたのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりヘンタイとヘンタイは通じ合う
[一言] エイルの言い草からすると、ハイドラのそれはもうガン見レベルっすか 変質者かな(違
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