213.メガネ君、勝負が見える
対抗戦、か。
俺はふと、すでになんとなくチームごとに別れているこちらの面々を見た。
リッセ、サッシュ、フロランタン、ベルジュ、トラゥウルル、ハリアタン、ジオダイン、そして最後に俺。
そして向こうは、ハイドラ、セリエ、シュレン、カロなんとか、マリオン、エオラゼル。
…………
うん、勝機はありそうだ。
「――ルールは、多く狼煙を集めて提出した方の勝ち。バラバラでもいいし、一つずつでも構わない。
今日は九個投げるので、九個揃うまでは続行とする。
それと、狼煙を提出した者はその時点で参加権を失うものとする」
狼煙を多めに集めろ。
合計個数が多いチームの勝ち、と。
なるほど、やっぱり勝機はありそうだ。
実力的にもハイドラは怖いし、リッセと肩を並べるほど強いエオラゼルも要注意だし。
まだわからないけど、シュレンは本質的に俺に近いかもしれない。ならきっとえげつない卑怯なことも平気でするんじゃないかな。
でも、こっちのメンツも決して負けてない。
それに何より、数で勝っているという点こそ――
「――しかし暗殺者チームは六人しかいないため、一人だけ魔物狩りチームから一時移籍すること。それで人数的にはちょうどになるから」
……え? 一人移籍? 数の有利が消えるの?
…………
ちょっと待ってほしい。
これ、リッセ取られたら勝負ありなんだけど。
その一人移籍の移籍にリッセが選ばれたら、もう決着が着いちゃうんだけど。
チラリとハイドラを見ると――ハイドラが露骨にリッセを見ていた。
まずい。
あいつ容赦なくリッセ取る気だ。
勝つために手段を選ばない気だ。
というか、やっぱりハイドラが怖いな。
まだまだ短い付き合いなのに、彼女はすでに、候補生たちのことをよく知っている。
「――暗殺者チーム、希望者がいたら」
「リッセが欲しいです」
ほんとに容赦なく、食い気味に答えやがった。待て。待ちなさいよ。この時点でもう勝負が決まっちゃうぞ。
「そう。リッセ、呼ばれているけれどどうする?」
と、エヴァネスク教官はリッセに判断を委ねた。
そうか、希望されたまま本人が動くルールではないのか。
つまりは本人次第だと。
「えっと、私は……」
リッセは迷っているようだ。
向こうのハイドラを見たり、こっちのメンツを見たりして、行っていいやら残るべきやらという感じだ。
これなら大丈夫。
ならばまだ望みはある。
「おい、リッセ」
来た。
目つきの悪い少年ハリアタンだ。
同郷なんだよね? 彼女を止めるんだ。止めるんだっ。
「――久しぶりに勝負だ! 負けねえからな!」
え、なんで? なんでだよ。なんで追い出しに行くんだよ。周りを見ろよ。
「え? ああ……そう。じゃあ向こう行くね」
…………
本当に、周りを見ろよ。
そもそも誰がリーダーやれるんだよ。
リッセを取られたのは実力的にも痛いけど、それ以上に彼女はリーダー格だよ。
このメンツの中、リッセ以外の誰がリーダーやれるというんだ。チーム対抗戦は個人技だけじゃどうにもならないんだぞ。
ハイドラは、早くもそれがわかっていた。
対抗戦の概要もそうだが、チームとして考えたら誰が中心となるか、ちゃんとわかっていた。
新人の通過儀礼でリッセの実力は多くに知れているし、あれで人付き合いも悪い方じゃない。
真面目すぎるけど、それは時々瑕にはなっても基本的には美点である。
すでに何人かは「リッセになら従ってもいい」と思っている者も多いのではなかろうか。
少なくとも、彼女と一緒に過ごした俺たちは、リッセの指揮で魔物狩りをしたこともある。彼女の実力と指揮力の高さは知っているので、安心して任せられる。
そんなリッセを、ハイドラは見抜いていた。
一番重要な――烏合の衆を束ねる者を削ると同時に、味方に付けてしまった。
……まあ、もう勝負ありかな。
「――無様ね」
二日目の対抗戦は、あっという間に終わった。
エヴァネスク教官の辛辣な言葉は、まあ、仕方ないだろう。甘んじて受け入れるしかない。
勝負の結果を見れば、そりゃそんな言葉も出るだろうから。
結果は、八対一。
狼煙球を八個集めた、暗殺者チームの圧勝である。
まあ、予想通りとしか言いようがないよね。
案の定、向こうは組織立って計画的に動いていた。
それに対し、こっちは指揮する者もいない、リーダーを決めようという向きもない、全員がバラバラで連携もなく動いていた。
サッシュが最速でゲットして最速で提出したのが、唯一回収できた狼煙である。
残りは全部向こうに取られた。
「こんなに一方的になるとは思わなかった。なんなの? 手を抜いたの? 真面目にやる気がないなら故郷に帰りなさい」
言いたくもなる結果である。仕方ない。
「ちょっと待ってくれよ!」
「そうだよー。向こうずるいよー」
ハリアタンとトラゥウルルが声を上げた。
「俺たち襲われたんだぜ! こんなのありなのかよ!」
「痛かったよー」
あ、そこからして意識してなかったのか。ただの競争だと思っていたわけだ。
違うからね。これ、完全な奪い合いだから。
それも実力行使ありのやつだから。
この様子だと、昨日はすんなり「競争」できたんだろう。率直に言って昨日から奪い合いは始まっていたんだけど。
でも、チーム対抗戦なんて、むしろ「どう奪うか」だからね。
一人で回収した者から数人がかりでどう簡単に取り上げるか、とか。
そういう有利や、小さな勝利を積み重ねていった先に、勝敗の結果があるからね。
だから個人がどれだけ強かろうと、実力があろうと、対抗戦では勝てないのだ。
「――何を生温いことを言っているの?」
おっ、と。
エヴァネスク教官から殺気が漏れ始めている。これ相当怒ってるぞ。
「貴方たちは何をしにここに来たの? 仲良く競争して楽しく暮らすため? だったら本当に故郷に帰りなさい。
仲良くするなとは言わない、楽しく訓練するなとも言わない。
でも根本をはき違えないように。
貴方たちの隣にいる友は、同時にライバルでもあるの。
強くなりたいなら張り合いなさい。精一杯必死で勝ちさない。そして負けない努力をしなさい。
その拮抗、対立、競争こそ、互いが互いを高め合うことに繋がるの。
わかったら、二度とこんな無様な結果を出さないで。そして生温いことを言わないで。
――次は追い出すわよ。ここはブラインの塔で、優秀な暗殺者を育てる場所。いるだけで悪影響な邪魔者はいらない」
…………
え? 次?
「明日、もう一度このメンツで同じ訓練をする。魔物狩りチームは私が満足する結果を出しなさい」
…………
このメンツで?
もう一度?
リッセ抜きのままで?
…………
……やれやれ、どうするかな……