211.メガネ君、七つの秘術を知る
「七つの秘術――それは歩行術、走行術、疾行術、隠行術、探行術、遠行術、禁行術。
これこそナスティアラ王国を支えてきた暗殺者たちが肉体の限界に挑み、辿り着いた境地と言われている」
……ふうん。
歩行術、走行術、隠行術辺りはどんなものか想像できる気がするけど、ほかは全然わからないな。
「昔は全てを修めてようやく一人前の暗殺者になれると言われていたけれど、現在は一つか二つ修めれば合格ということになっているわ。
私やヨルゴ氏、ソリチカ氏も全ては修めていない。
貴方たちもできる限りでいい。期間も限られているし、無理して修めようとしないこと」
……うーん。
「――エイル。なぜ無理に修めてはいけないと思う?」
もうこのパターンはいいです。
「肉体の限界を追求するからでしょ?」
「正解」
そりゃ正解だよね。まさに今エヴァネスク教官自身が言ったからね。
「考え方が違った。
昔はできたのに今はできない、ではなく、昔はできなかったら身体を壊すか最悪死んでいたから、よ。
露骨に言ってしまえば、一人前になるか死ぬかしかなかった。
――結局、強い暗殺者を作ろうとする行為が、逆に暗殺者業界衰退の原因となってしまったわけね。孤高を目指しすぎて誰もついて来れなくなったのよ」
これもワイズ・リーヴァントが言ってたなぁ。
そもそも君は本物の暗殺者にはなれない、とかなんとか。
「小さな頃から下地を作り、その中でも運動能力が高い者のみ七つの秘術を身に付け生き残ることができた。
けれど、ここにいる皆はある種の才覚を認められて声を掛けられた者ばかり。
つまり、すべてを修められるだけの基礎ができていない。
以上のことから、無理に七つ修めようとしないこと。高確率で身体を壊すわ。
――何人かわかってなさそうだから、わかりやすく言うわ。
限界に挑戦するとは、全力疾走して息切れしている状態から、更に全力疾走を続けるような行為よ。
最初のうちは耐えられるかもしれないけど、そのうち身体が壊れる。
昔はそれに耐えられるものだけが一人前になれたけれど、そんなの何十人に一人しかいない。それも能力が高いと見込まれた者何十人の中の一人よ。
もし現在ここにいる十四人の候補生に全部修めさせようとした場合、合格者は一人か二人。残りは全員死ぬわ。それほど過酷なものなの」
……そうか。
わかってなさそうなハリアタン、サッシュ、フロランタンに念を押すくらいには、本当に危険なんだろうな。
恐らく、七つの秘術はここでしか身に付けられない技である。
だとすれば、できるだけ知りたいし、できるかぎり習得もしたいんだけど。
でも、全部身に付けようとすると身体が壊れる、か。確かにそうだよなぁ。
…………
となると、ちょっと考え方を変えれば――
「エイル。今何か思いついたわね?」
「もうやめてもらっていいですか」
さすがにもう直訴してしまった。
「後日、訓練や課題の前に私とヨルゴ氏、ソリチカ氏で実演して見せるから、今はどんなものかだけ頭に入れていおくように。まず――」
――まず、歩行術。
ものすごく簡単に言うと、どんな状況でも足音を出さないという技術。
足元に集中しがちになるため、上から罠だのなんだのを落とされ、訓練中に死ぬこともあったそうだ。
――走行術。
ものすごく簡単に言うと、あらゆる場所を走る技術。具体的には木に登ったり、壁を駆け上がったり、また壁を横に走ったりも含まれる。
登った木や壁から落ちたり、壁を走っている時に足を滑らせて落下したりして、訓練中に死ぬこともあったそうだ。
――疾行術。
ものすごく簡単に言うと、短距離のみだがとんでもない速さで走り抜ける技術。
これは普通に障害物につまづいたり、身体の限界突破に衣服の方が耐えられず靴紐が切れたりして、派手に転んで頭を打つなどで訓練中に死ぬこともあったそうだ。
――隠行術。
ものすごく簡単に言うと、気配を殺し隠れる技術。
ただし人間は汗を掻いたり空腹を抱えたり排泄欲求が出たりするので、「隠れること」は簡単でも「隠れ続けること」は非常に難しく、結局野生動物や魔物に見つかって訓練中に死ぬこともあったそうだ。
――探行術。
ものすごく簡単に言うと、気配で物まで探す技術。
これは死ぬ恐れがないと思われがちだが、逆である。
探行術で見つけられなかった、見誤った場合は、むしろ逆に無警戒に罠に突っ込んだりして、普段なら回避できることも無警戒ゆえにできないまま、やはり訓練中に死ぬこともあったそうだ。
――遠行術。
ものすごく簡単に言うと、遠くの気配を探る技術。
これはさすがに死なないだろう、死ぬ要素がないだろう、死ぬ意味がわからない。
そう思った俺を含めた訓練生たちの予想を裏切るように、やはり死ぬ。
遠くを探ることに集中しすぎて、自分の周りの気配や様子に非常に疎かになることが多いそうだ。つまり無防備になる。よって些細な外的要因でさえ訓練中に死ぬこともあったそうだ。
――禁行術。
ものすごく簡単に言うと、最後の切り札だ。
これは多岐に渡りいろんな切り札があるので、自分に合うものを選ぶといいそうだ。折を見て教官から「こういうのはどうか」みたいな紹介をしてくれるらしい。もちろん死ぬ。
「概要はこんなところね。
貴方たちの場合、事あるごとに走らされてきたと思う。それは歩行術、走行術、疾行術の基盤となるものよ。
何か一つ修めるなら、疾行術を除いた歩行術と走行術がもっとも習得しやすく、またあらゆる面で利用できる便利な秘術となる。
何を修めるか迷う、修める自信がないなら、歩行術と走行術にしておきなさい。
かつては死ぬような罠も使った実戦形式で訓練をしていたけれど、現代はそんなことはしないから」
うん。
歩行と走行は、普段使いができる便利な技だ。あるのとないのとでは大違いだろう。
そして、説明を聞いていて気付いたが、何より大事なことがある。
「エイル」
「重要なのは『素養』に関係なく修められるという点」
「正解」
絶対当ててくると思って構えていたら本当に来たよ。有無を言わさず反応して戸惑わせてやろうと思ったのに平然と返してくるし。そうですか。俺の返答は予想の内でしたか。
……本当にやめてくれないかなぁ。
「今エイルが言った通り、これらの強みは『素養』に関係なく身に付けられる点よ。まあ、禁行術は例外も含めてしまうけれど、残りの六つは関係ない。
たとえば、今行った秘術を『持ち前の素養』で再現あるいは上位版として行うことができたとしても、身に付けておいて損はないわ」
確かに、俺はいくつかは「素養」で補えるだろう。
歩行術は「砂上歩行」の方が優れているし、聞く限りでは疾行術なんてサッシュの「即迅足」そのものだ。
「特に『素養で再現できる場合』は、身に付ける必要はないと判断されがちだけれど、それは違うとだけ言っておくわ。
『素養』は成長も進化もする。
秘術を身に付ける段階、あるいは身に付けた時、『素養』にも影響が出ることが多い。
自分には何が必要なのか、しっかり見極めるように」




