210.メガネ君、それ以外コースの話を聞く
「それでは、それ以外のコースの具体的な話をする」
ハイドラ、セリエ、シュレン、カロなんとか、マリオン、エオラゼルの六名が隣の教室に移ったところで、エヴァネスク教官は具体的な話に入った。
「なお、向こうでも同じような話をしているはずなので、迷っているなら候補生の誰かにでも説明を求めること。
ここからすでに、選んだコースによる差別と区別が付いている。コース変更はメリットもデメリットも考慮するように。
――老婆心ながら言わせてもらうと、移るなら早い方がいいわ。見極めは慎重に、でも決断は早めにすることね」
そうか。
この時点から、すでに選んだコースで差が出ているわけか。一日二日くらいの遅れはどうとでもなりそうだが。
……まあ、未だに隠密技術に関しては気になっているが、今は説明をちゃんと聞いておこう。
「まず、それ以外とは何を指すか。そこから説明するわ。
さっきはざっくり魔物退治と割り切る、と言ったけれど、それは大きな括りであって内部事情はかなり細分化されていく」
まあ、そうだね。
どういう立場で魔物を狩る者になるのか、って話だよね。
「まずは冒険者志望。
これはもう、ほぼ民間人という扱いになる。密かに国に仕えつつ冒険者家業を営む者もいるけれど、国からの要請はあまりない。
迷い込んだ大物の魔物を狩るように要請が出るとか、それくらいだと思うわ」
黒皇狼の件がそれだな。
それにしても国って……あ、そうか。
いきなり「国」なんて言葉が出て違和感があったが、そういえばここは、というか、教官たちはナスティアラ王国の暗殺者組織の一員なんだよな。
つまり、「国に仕えている人たち」だ。
ロダもそうだ。
確かロダは「動くべき案件」とか言って、黒皇狼狩りに赴いたんだよな。命令があったのかどうかはわからないが、あの件は国に従事した行動である。
だからこそ、俺たちも自然と「国に仕える暗殺者候補生」という扱いになっているわけだ。
ワイズ・リーヴァントは、確か国に仕える必要はないと言っていたはずだから、強いて国の仕事に就職しろとは言わないだろう。
…………
ただ、国に仕えなくてもナスティアラ王国にいる内はいいが、他国に渡る時は色々と危ないかもしれない。
暗殺者組織は、ナスティアラ王国には存在しないことになっている。
書類上は存在しないし国との因果関係はないと言っていたが、見ての通りである。
存在しないのは、あくまでも表向きのことだ。
その繋がりを証言できる候補生たちは、他国に情報を漏らされると困る――いわゆる秘匿すべき情報を知ってしまった者たちである。
たとえば、俺の秘密を全部知っている者が「誰にも言わないから」などとほざいて他国に行く、となると。
うーん。
俺ならほっとかないし、ほっとけないだろうなぁ。
無理に口を割らせる、口を割らせなくても情報を引き出す、そんな「素養」もなくはない。
俺の「メガネ」の「強制情報開示」もそれに類するし、ベッケンバーグの「扇動者」も情報収集には持ってこいだ。
そんな手段が存在する以上、「誰にも言わないから」なんて言葉、信じる信じない以前の問題だもんな。
意思に関係なく情報が漏れる可能性があるのだから。
「次に、騎士や兵士という職業の外敵処理部隊。
これはあまり知られていないけれど、魔物退治をメインに動いている部隊ね。騎士だ兵だと言わず民間に紛れているケースも少なくない。冒険者の振りをしたりね」
民間に紛れて……? ああ、そういうことか。
「なんで民間に紛れるんだ?」
ハリアタンが問うと、エヴァネスク教官は俺を見た。え? なんでこっちを?
「エイル。説明しなさい」
え、そういうパターンもあるの?
「えーと……冒険者の仕事を横取りする形になって揉めることがあるから?」
「大体正解」
あ、そうですか。大体、か。
「補足すると、仕留めた魔物を冒険者ギルドに卸す義務がない、ということも含む。冒険者ギルドを介して動かないのだから当然ね。
しかしそれは、魔物の素材などを巡って市場の価格相場が大きく変わることがある。
簡単に言うと冒険者ギルド、狩猟ギルド、商人ギルドで調整している魔物の価格・価値が想定外に上下してしまうの。
結果、冒険者や商人が困ることになりかねない。見越した利益を得られないことになるから」
ほう。なるほど。
冒険者ギルドを通さず勝手に売り買いすると迷惑って話だな。
「仕留めた魔物は国に献上するとか、そういう決まりもないんですか? 勝手に扱っていいんですか?」
リッセが問うと、エヴァネスク教官は俺を……見なかった。もういいようだ。よかった。
「エイル」
えっ。
「今油断したわね? 答えなさい」
えぇ……そんなパターンもあるのか。
えっと、国に献上する決まりはないのか、って? うーん……
「決まりはあるけど、時々つくおまけは対象外だから?」
「大体正解」
あ、そう。……これやめてくれないかな。
「たとえば国の要請で特定の魔物を狩れと命令が下った場合、その『特定の魔物のみ』が国に納める対象となる。
しかし、現場ではその魔物しかいない、その魔物以外狩れない、というわけではない。
番だったら二頭仕留めないといけない場合もあるし、その魔物を狩るまでの行程で貴重な薬草や鉱石を発見したりするかもしれない。
何にせよ、そもそもが『特定の魔物のみしか収穫がない』というケースの方が少ない。エイルの言った通り、何かしらのおまけが付く方が自然なのよ。
では、このおまけはどうするか? それは拾得した者が自由にしていいことになっている」
で、それを民間に売りさばけば市場が荒れると。
「そういうわけで、民間に紛れるのよ。市場を荒らしたのが騎士や兵士だなんてことになったら国への心象が悪くなるから」
……難しいところな気がするなぁ。
たとえば、勝手に拾得物を売り買いしてはいけない、という規則ができたところで、守られるかどうかって話だ。
俺にはわからないが、規則を作っていない理由がちゃんとあるんだろう。
聞いたら教えてくれるかもしれない。
が、法や規制はよくわからないけど、法や規制を学んでいるわけではないから、この話はこれくらいでいいかな。
「なんで規制しないんだ?」
おいハリアタン。知りたいか? 本当に知りたいのか? 本当にこの話長々と聞きたいのか? すでに長い話になってるのにまだ聞きたいか?
「――エイル」
また俺に! これももうやめろ!
「もう俺には何もわかりません。……なんとなくですか?」
「正解」
嘘だろ。ちょっと待って。
考えた答えは「大体正解」なのに、投げやりに答えたら「正解」だと? 何? 何がどうなってるんだ。なんなんだ。
「正確に言うと、王族の意向。でも恐らくはこれまで疑問視さえされていないわ。だから『なんとなく』まだ生きている法というわけ。
少し詳しく述べるなら、ナスティアラ王国の歴史の根幹にある法なの。
なんでも初代国王が拾った拾得物から建国が始まり歴史が動いた、とかなんとか。
これ以上詳しく話すと時間が足りないから、以上とする」
はい。もう、どんどん進めてください。
話をまとめると、冒険者、騎士や兵士、配達業や護衛業、密偵と、この辺が主な就職先になるそうだ。
確かに魔物と遭遇しそうな職業ばかりである。
あるいは戦闘がありそうな職かな。
まあ、俺は故郷に帰って狩人だけど。
そして、話が一区切りついたところで、元々冷徹なエヴァネスク教官の瞳に異様な強さがこもる。
「――今から話すことは、非常に大事で公にできない話となる。絶対に外部の者には漏らさないこと。
ナスティアラ王国を影から支えてきた暗殺者たちが生み出した、七つの秘術について話す。よく聞いておきなさい」
七つの技術……ああ、もしかしてワイズ・リーヴァントが言っていた七つのカリキュラムのことか?
すっかり忘れていたが、なんか俺ならいくつか納められるだろうとかなんとか言っていたっけ。
…………
いかにも「深刻なことを話します」という体のエヴァネスク教官の迫力を見るに、ワイズはあんなにさらっと初見の俺に言っちゃいけなかったんじゃなかろうか。




