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208.メガネ君、カロなんとかの話に興味を抱く





「――ダメよ。当番は当番。任せられた仕事は任された人がやらなければ」


「――いや、しかしだな」


「――あなたが自分で作って自分で食べる分には何も言わない。それ以外で誰に腕を振るうのもいい。

 でも当番を変わるのは違うわ。教官の言いつけくらい守らないと」


 真面目と言うべきなのか、忠実と言うべきなのか。

 巨大シカをさばき、自然にそのまま料理体勢に入ったベルジュを、ハイドラが冷静に諫めたのだ。


 料理当番は狼煙を回収する訓練で決まったので、決まってない者は手を出すな、と。

 そういうことらしい。


「ハイドラ! 見ろ! この肉を!」


 だがベルジュは諦めない。

 やはり奴は強引に行く、俺の苦手なタイプのようだ。


 まあそれはいいとして。


 血を洗い流し水分を拭き取った巨大シカの巨大なもも肉を、巨大な彼はハイドラに見せつける。


「鮮やかな赤! 差し込んだ輝く脂! 大きい生き物は大味なものが多いが、このぎっしりと詰まった赤身はどうだ!? 確実に旨いぞ!? これは冬越えを前に肥えてきた絶妙のタイミングの肉だ! 食べごたえのある赤にあっさりとしていながらしっかり旨味の乗った脂の完璧な黄金比! これを料理したくない料理人がいると思うか!? そしてこれほどの肉を素人が悪戯に触れて許されると思うのか!? 見ろよこの赤身! 死にたてなんだぜ!?」


 ものすごく冷めた顔をしているハイドラに、情熱が溢れた説得の言葉が襲い掛かる。


 が――


「それで? だから?」


 ハイドラは冷めきっている。情熱の余熱程度も伝わっていないようだ。


「集団生活の基礎にして、結局最も難しいのはルールを守りきることよ。これを逸脱する者が出たらすべてが狂い出すわ。少しずつ、でも確実に。


 あなたの勝手な想いと自己満足で、私の訓練生活を乱さないで。私はここに強くなるために来たの。あなたのワガママを認めるために来たわけじゃないの」


 ……うん、とにかく、温度差がすごいね。





 候補生全員で対処したので、シカ肉の処理はもう終わっている。

 かなりの量があるが、地下の食糧庫に置いて少し寝かせるといい。


 それでも食べきれるかどうかわからないので、状態を見て孤児院に持って行ったり、クロズハイトで売ったりしてもいいかもしれない。


 まあ、教官の許可が出たらの話だが。

 こっち側の物をクロズハイトに持ち込むのは、あまり歓迎されないみたいだから、どうなるかはわからない。


 まあなんにしろ、まだ夕飯には早い時間だ。

 陽は傾いているが、もう少しだけ猶予がありそうだ。


 ただ、俺と同じように、シカ肉がこれからどういう扱いになるのか、気になる者は多いみたいだ。

 二人の言い合いをそのまま静観している候補生は多い。


 特に、さっきの訓練で決まった料理当番であるマリオン、ジオダイン、フロランタンにカロなんとかは、むしろ決まらないと今後の予定が立てられないのではなかろうか。


 ……今の二人の間に入るのも気が進まないから、見ているだけなんだろうなぁ。俺? 俺は絶対に関わらないです。関わるくらいなら逃げます。


「あ、あの」


 ん? ああ、カロなんとかか。……この人、本当に名前なんだったかな? カロンでいいのか? でも全然親しいわけでもないのに愛称呼びってのもないよなぁ。


 あとでハイドラに聞いておこう。怖くない顔してる時に聞いてみよう。


「どうしたの?」


 それより、彼女が話しかけてきた理由である。


「シカの角、ど、どうするのかな? いらないなら、ちょっと、ほしいんだけど」


 ああ、角か。

 めちゃくちゃ大きな角である。一抱えもあるようなものが一対だ。


 恐らくは雄に対する威嚇と、雌に対するアピールの意味があるんだと思うが、こうなってしまうとただの角である。


 角や骨などは、物によっては武具の一部や細工物に使われる。

 今回は、骨はベルジュがほしいと言ったのであげることにしたが、角は何も言われていない。


 ここまでのサイズとなると、アディーロばあさんやベッケンバーグのようなお金持ちの屋敷に飾られていても不思議はないかもしれない。


 まあ、でも、売る以外の使い道が思い浮かばないなぁ。


 強いて別の使い道を探すなら、タツナミじいさんに渡したら喜ぶかなぁくらいのものである。たぶん何かの部品に加工するだろう。


「あげるのはいいんだけど、何に使うの?」


 およそカロなんとかが欲しがるようなものとも思えないんだけど。


「あのね、シカの角はね、特殊な調合で薬になるんだよ」


 え。


 ……シカの角が、薬に?


「初耳なんだけど。本当に?」


「う、うん。……錬金術の分類だから、普通の調合とはちょっと違うんだけど」


 錬金術……って、名前は聞いたことがあるけど。


 確か、現代に残っている復元不可能にして複製不可能な魔法の道具――古代魔道具も、昔の魔術師や錬金術が造ったとかなんとかって話だったかな。


「鉄を金に変えるとかいう噂のアレ?」


「正確には鉄じゃないけど、昔の偉人には、そういうことができた人もいる、らしいよ」


 へえ。すごいんだな。錬金術って。


「すごく興味があるんだけど、今度ゆっくり聞かせてくれる?」


「え、あ、うん、いい、けど……」


「ありがとう。角は好きにしていいよ」


 錬金術かぁ。


 完全に未知の世界である。

 どんなことができるかもわからないけど、今以上に獲物を無駄にしなくてよくなるなら、嬉しいな。ぜひ身に付けたい。

 それこそシカの角とか、使い道はあるけど局所的なんだよね。


 もし薬にする方法があるなら、それもまた犠牲にした命への感謝と敬意に繋がる。その命のおかげで命を繋ぐ者もいるだろう。一片たりとも無駄にはしたくないから。


 …………


 それにしても、ハイドラとベルジュは揉めてるなぁ。


 ……というかハイドラの冷めた顔が怖すぎて、もし俺がベルジュの立場なら、もう黙ってしまっているだろう。たとえ自分が悪くなくても謝ってしまいそうだ。


 そういう意味では、ベルジュは強いなぁ。肉体的にも確実に強いだろうけど、精神も強いね。俺じゃきっと耐えられない。でもその精神的な強さ、俺は苦手。


「――めんどくせーなぁてめえらは! いつまでやってんだ!」


 あ、サッシュがキレた。


 肉の行方が気になって見ていたが、そろそろ静観するのも飽きたのだろう。


「――リッセ! 言ってやれ!」


「は、……はあ!? 私!? え、何!?」


 うわ、無茶振りした。

 たまたま近くにいたリッセに無茶振りした。そういうのやめろよ。リッセ、すごく驚いてるぞ。


「……え? え?」


「お気になさらず」


 まあでも、俺はとりあえず、まだ近くにいたカロなんとかの後ろに非難しておくことにするけど。


 怖いハイドラと熱いベルジュの視線が、リッセに向いているのだ。

 いきなり巻き込まれる形となってしまったリッセが、血迷って俺を巻き込むかもしれない。


 あんなのに巻き込まれるのはごめんだ。絶対イヤだ。


「あ、あー……サッシュあとでぶっ飛ばすね」


 うん。これはぶっとばしていいと思うよ。


「えっと、どっちも言ってることはわかるし、間を取ったらどうかな? どっちかにしなきゃいけないわけでもないんだし」


 うん。その辺が妥協点だよね。


「みんなだって、せっかくならおいしい料理が食べたいでしょ? ハイドラもそうでしょ? まずいものを食べたいなんて人はいないんだから。


 だから、とりあえず料理当番がスープだかなんだかを作って、ベルジュがシカ肉でメイン料理を作るっていうのはどうかな?


 あるいは、ベルジュが料理当番に指導しながら作らせるとか、そういうのでもいいかもしれないし」


 おお……いきなり巻き込まれた割に、綺麗にまとめたな。さすがリッセだ。


 ハイドラとベルジュもちょっと考え込んでいるので、どうやらこの線でまとまりそうだ。いやあよかったよかった。主に俺が巻き込まれなくてよかった。よ


 ――あ、サッシュが殴られた。うん、その平手は避けられないよね。でも殴られても仕方ないと思う。





 それから各々が自主訓練なり予定なりをこなし、訓練開始一日目が終了する。


 そして二日目。

 俺たちは選択を迫られる。


「それでは、各自の判断により教室を分けることとする。


 暗殺者の道を行くか、それ以外を行くか。


 ――希望するコースを選びなさい」


 きっとこの選択は、今後を大きく左右することになるのだろう。





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― 新着の感想 ―
生まれて初めて、なろうの「お気に入りエピソード機能」を使いました(*´ω`*) いいよね〜〜ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪ 急に出てくる、 「死にたてなんだぜ!?」 の破壊力d('∀'*)
[一言] ストーリーはおもしろい、キャラもユニーク ただし、その代償として、爽快感が犠牲になっている もう少し、その爽快感(あるいはカタルシス感)を多めに頻度上げて出した方がウケがいいんじゃないかな〜…
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